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或る世界の勇者と魔王  作者: 古鷹かなりあ
第一章:入学式篇
14/70

第十四話「“能力吸収”と“能力解放” 」



 023



 ゴールデンウィーク三日目。

 前々日、女装している姿を佐藤真桜に見られて相当、ショックだった奏は次の日、バイトを休むことになった。

 当然、店長の佐々原二葉からは同情の電話があったが一日、部屋に引き籠っていても精神は戻らない。同意した奏自身も悪い。全てを二葉になすりつけるつもりはないが、どうしてかやる気が起こらなかった。


 このまま、一生部屋から出られない気もしてきたそんな奏の長期休暇三日目。


「……はあ、死にたい」


 やはり、奏の寝起きを促すのは彼の妹である響であった。

 事情を知らない響は昨日、一日中引き籠っている兄を心配して献身的な介護を行ってきたが一向に回復の見込みのない兄にしばらくそっとして置いてやろう、とため息をついて部屋を出た。

 そして、十二時間後の現在。そろそろ治った頃だろうと思って朝食の呼び出しに赴いた響であったが、応答がない以上、寝ていると想定して扉を開ける。


「あれ、お兄ちゃん。起きてたんだ?」


 ベッドの上に跨って、カーテンを開ける。

 まったく変化のない様子に内心、心配をしながらも、明るさを見せれば元気になるだろうといつも通りの一条響で兄に接する。

 一方、奏の方はというとベッドの隅で布団を巻きながら、今にも死にそうな目付きで部屋に入って来た響に顔を向ける。魂でも出るんじゃないかと心配するほどの深いため息をした。


「それで今日はどうするの?」

「……ああ」


 奏のゴールデンウィークの計画は最終日以外、空いていない。

 全ての時間を長門京子に協力するためにバイトにつぎ込んでいるので遊ぶ暇は無かった。

 しかし、あんなことが起こった以上、バイトに来いと二葉が脅せるわけもなく、来れる時でいいからね。とまで店長に言われる始末の結果だった。


「お兄ちゃん」


 そんな、絶望状態(ダークモード)の奏に向かって響は真正面から立ち向かおうと決意を奮わせた。

 こんな奏は自分の大好きな兄ではないと。そんな弱々しい奏は理想のあにではないんだと。どんな結果であれ、自分が最後まで頑張ればいいと覚悟を決めた響は立ち向かう。


「私はね、どんな事情があったのか知らないけど、いつものお兄ちゃんが大好き。頑張って努力をして、必死に戦おうとしている姿のお兄ちゃんが好き」


 布団を剥がされ、両頬をパチンっ、と叩かれると餅のように引き伸ばされた。

 暗い目付きをしていた奏の瞳が次第に明るく染まっていく。


「だから、そんな意気地なしなお兄ちゃんがみたくない。馬鹿みたいに落ち込んでいる姿は見たくない。元気で、真面目で、いつも私達の愛情表現を悉く無視してくれるお兄ちゃんが良いの。だから、そんなに落ち込まないで、駄目だったら挽回すればいい。誰かを傷つけたなら誤ればいい。誤解を生んだのならば事情を説明すればいい」


 ベッドの上に座り込んで落ち込んでいる姿の奏に説教を続けた。

 その言葉に聞き覚えのある、奏は言われた当人に言われているような錯覚が生まれてくる。小さい頃によく言われていた母親からの言葉を思い出していた。


「今のお兄ちゃんは情けないよ」

「……そうだな」

「それで何が起こって、そんなに落ち込んでるの?」


 説教が終わり、ようやく気分が回復して来た奏は落ち着かせてくれた響に虚ろながらも彼が落ち込んだ理由を簡単に説明する。

 とりわけ、難しい話でもないし、三分もあれば十分だった。


「――――って、わけだ」


 説明を終えた。

 そして、話をしている中で整理をする奏だったが自分がどれだけ馬鹿な誘いに乗ったということがよくわかったような気がした。

 誰かにこのことを喋ったお蔭で胸の苦しみが安らいだらしい。響にお礼を言おうとすると、


「……ぷっ、お、お兄ちゃん」


 全力で笑いを堪えている響が誤魔化そうと話題を必死に変えようとしていた。

 口元を隠して、笑っていることを覚られないように必死にしているが流石に漏れた笑い声は落ち込んだ奏の胸にグサグサと突き刺さる。

 全てが嫌になって、奏は再び布団を奪取すると響をベッドから放り投げて再度、引き籠りを開始した。

 涙をふき取って笑い止めた響は過呼吸気味に笑いを押さえると、布団を引っ張り上げる。


「取りあえず、今日はいい天気だから布団を干そうと思ってるから、お兄ちゃんはさっさと服を着替えて家から出た出た―」

「ちょ、まっ、俺の心は超繊細(ナイーブ)なんだよ!」

「はいはい、繊細(ナイーブ)繊細(ナイーブ)


 適当な服をクローゼットから取り出した響はそれを奏に投げつけると部屋から蹴飛ばした。

 廊下にスライディング気味で飛び込んだ奏は腰を押さえながら、自分に部屋に振り返る。


「あんまり、引き籠っているなら、お母さんに協力して貰って強引に引き出すからね」

「……そ、それは勘弁してください」

「わかったなら、さっさとバイトに行って、その子の誤解を解いてきなって」

「分かりました」


 しょぼん、と気分の落ち込んだ奏は洋服を手に取るとそのまま階段を下って行った。

 自分の兄の情けない姿を見て、少し落ち込み気味だった響はそのまま、ベッドに飛び込むと実に一日もそこにいた兄の匂いを堪能しながら、ゴロゴロと転がり始めた。


「それにしても、女装したお兄ちゃんかぁ……」


 もう二度と見る機会なんてないんだろうな、と思いながら、布団を持ち上げてベランダへと移動をする。そして、いいことを思いついた響は自然とあくどい表情を浮かべていた。


「律ちゃんにお店の監視カメラをハッキングして貰って、女装お兄ちゃんの姿を。ぐへへ」


 そんなことを計画しているだなんて、奏は予想もしていないことだろう。響はそんな企みを考えながら、奏の隣の部屋をノックした。

 響と同じ兄を愛する、最愛の妹に頼みごとをするためだ。



 024



 妹、響に説教をされた奏はあれから急いでシャワーを浴びて着替えると物の十五分で全ての支度を終え、一日振りの繁華街にある喫茶店「にゃんにゃん♪」に向かった。

 明らかに外を歩くのが、ぎこちなかった奏だが喫茶店に着いた頃には幾分かマシになった。お店裏から従業員専用の通路を歩いていると店長、佐々原二葉に遭遇。

 動揺していたが、きっちりと昨日休んだことを誤る。二葉もそのことは悪いことをしたので謝らなくていいと奏に逆に謝って、その場は相殺という形で終わる。


 次に控室に向かうと明らかに驚いて立ち上がった三人を見て、奏は再び謝罪。

 終始、笑っていた伊御を半分無視して京子と渚に慰められながら、改めて人生初のバイトを経験する。

 料理を偶に作っている奏は経験者だけあって、器用なまでに注文通りの料理を作っていく。対するのは伊御だが、奏より二日間もバイトをしているが寮生活で普段、料理をしないだけあって初めて見る器具に手間取って、破損をしたりしていた。

 それは流石に悪意のない天然(イノセントナチュラル)も、頬を引きつらせていた。

 渚はというと自分を表に出すことが少なからず得意ではない性格なため、緊張して、上手に出来てない。しかし、周囲と打ち解けるのは早く周りに支えられながら、頑張っていた。


「――――それじゃあ、奏くんと鳶姫くん、それと渚ちゃんと京子ちゃんは休憩ね」

『はーい』


 ぞろぞろと学生バイト組四人が一斉に休憩室へと入って来る。

 現在はお昼も過ぎた午後二時。

人も少なくなる時間帯なので四人一気に休憩を入れてもお店は十分回っている。

 それぞれの定位置に腰を下ろすと各々で休憩している中、奏がゴールデンウィーク後にある新入生対抗トーナメントについての話題を持ち出してきた。


「それでまずは俺ら全員の能力を把握しておいた方が良いと思うんだ」

「それはいい提案だな、そうじゃないと危なくなった時の対処が出来なくなりそうだ」

「じゃあ、まず誰から喋るんだ? あたしからでもいいけど」

「お言葉に甘えて最初は長門の能力を説明してくれ」

「あいよ」


 奏が告げると上機嫌に京子が頷いた。

 ゴールデンウィーク中に三人が働いたバイト代は全てが京子の元に来ると言うだけあってか交渉をする前までは嫌々と断っていた話も二つ返事で了承してくれた。

 銀色のポニーテールを軽く撫でると両腕を組んで机に手を置いた。


「あたしの能力は暴風振動(バイオレンスインパクト)。簡単に言えば攻撃した物質に衝撃をプラスさせて威力を倍増させるっていう原理としては簡単な能力だな」

「つまり、拳が1だとすると衝撃も1衝撃で放った拳が2になるってことか?」

「そうだ。小学生でもわかる原理の話だ。簡単だろ?」

「ちなみにその衝撃は攻撃した物質と同等の力しか倍増出来ないのか?」

「いや、前に試した時は三倍まで出来たな。けど四倍以上になると肉体なら痙攣を起こすし、他の物質で使えば恐らく普通の怪我じゃ済まなくなると思う」

「なるほど……」


 なんとも不良らしい見た目にピッタリの能力だ、と三人は思っていたが誰も言わず心の中に留めて置いて改めて超攻撃型の能力を持っていることを知る。

 京子の話が終わると奏は隣にいる伊御に能力の説明を振った。


「俺の能力は重力操作(グラビティートランス)。ちなみに今は「負荷(ロード)」「浮遊(フロート)」「圧縮(プレス)」の三項目しか出来ない」

「まあ、重力は使いこなせれば最強になるだろう。それに一応は七色家だしな」

「褒めても何も出ないぜ?」

「何もいらねぇよ」


 胸を張る伊御の腹に肘を入れて黙らせると真正面にいた渚が「次は私が説明します」と率先して声を上げた。今までに見たことない真剣な目付きをした渚はゆっくりと手を伸ばす。

 そして何を思ったのか常に着用している眼鏡を取り外すとゆっくりと数回ほど瞬きをした。


「何やってるんだ? 間宮」


 思わず隣の京子も声を掛けてしまった。

 それくらい今の彼女からは先ほどまでの委員長っぽさが失われている。


「私の能力は神聖の瞳(ホーリーアイ)って言うらしいです」

神聖の瞳(ホーリーアイ)?」

「実は私、目は悪くないんです。ただ、この力を長く使うと気分が悪くなるので基本的には眼鏡をして、視界を不安定にしているんです」


 そう言った渚の瞳は瞬きをするにつれて瞳が歪に変化していった。最初は普通の瞳だったのが一度瞬きをすると三段階に分かれた黒色のリングに変化した。

 思わず息を殺して、彼女の瞳の中を見ていると接近してきた奏と伊御に驚いて頬を真っ赤に染めると急いで眼鏡をかけ直してしまった。

 あーあ、と残念がる奏に対して目を見開いて驚いた顔つきを浮かべる伊御。


「そ、そんなに近づかれると……」

「悪い。それにしても瞳に宿る能力か。それに「神聖(ホーリー)」と名前が付く力はかなり珍しいぞ。それなのに、どうして間宮はE組にいるんだ? A組、S組のレベル能力だぞ」

「そ、それはその……。入試会場に言ったら人が多くて、それで気絶しちゃいまして。気付いた時には筆記試験しか残っていませんでした」

「ということは……、間宮ちゃんも奏と同じ筆記試験のみで百点なのか! 凄いな」


 入試の話をして縮こまっていた渚は素直に褒められたことで、少しだけ喜んでいた。そんな入試のことで盛り上がっている三人を余所に奏は一人考える。

 世界でも稀少種とまでされている「神聖(ホーリー)」と「治療」の能力を持っている生徒が二人もE組にいるのは少し疑問に思う。中等部からいる人間からしてみればクラスはほとんど変わらないと聞いているけれど、流石にその二つの能力を持っている渚と山瀬はS組、A組になっても可笑しくないほどの力を思っている。


 ――――理事長の策略か……。いや、考え過ぎだな。


 少し考え込んでいた奏は隣から聞こえてくる、騒音まがいの伊御の大声に気付かなかった。しばらくして我に返った奏は隣で騒ぐ伊御に気付いて横を向く。


「それでいい加減教えてくれないか? お前の能力」

「そうです。私も気になりました!」

「あたしもあの時の「能力対決」は見たぜ? どう見てもお前の能力は理解できない」

「あー、それか。その話か」

「俺達全員言ったんだ。別にいいじゃねぇか、仲間なんだしよ」

「ま、別に隠して置く必要はないか」


 「一年E組、一条奏の能力」。

それは恐らく現在、全校中が注目している生徒の能力だろう。その能力は全てを見抜くと、自信のある新聞部部長ですら解明できなかった超難問。

 しかし、ここに至るまで様々な要素は散りばめられていた。



「俺の能力は、そうだな……。簡単に一言で言えば引力《ヽヽ》だな」



 聞きなれない言葉に思わず面をくらった三人はしばらく、動きを停止する。

 マイペースに奏は手元にあったコップを手に取ると静かな休憩室にお茶を啜る音が響いた。

 呆然とする三人を前にして、温かいお茶を飲み干した奏は、ふぅ、と一息ついてテーブルにコップを置いたと当時に三人が一斉に驚きを声に変えた。


「引力!? 嘘だろ。だ、だってよ、なんか手から黒色のオーラ放ってたぞ?」

「そ、そうですよ! なんだか歪な感じがしました」

「あたしはてっきり、身体を強化する能力かと思ってたぞ」


 三者三様の言葉が返ってくる。その動揺っぷりをしている三人を目の前に淹れなおした茶を啜りながら、静かにほっと息を付いた奏は荒れ狂う三人を押さえながら自分の能力について解説を入れる。


「まず、伊御が見た黒色のオーラって言うのは、引力を使う時に発生する渦だ」


 そう告げると奏は左手を机の上にあげて能力を発動させる。先ほど言った通り、奏の掌から腕を包み込むように黒色のオーラが満ちている。


「引力ってのは引き合う力なんだけど、物質の大小によってある程度動かせる物と出来ない物があるんだ。これは俺の実力不足ってのもあるんだけど」


 黒色のオーラを纏った掌の方に向けた。

 すると机の上に置いてあるコップが糸で括り付けられているように引き寄せられていった。タイミングよく、キャッチすると能力を解除させてコップを机に置き直す。


「次に間宮の言っていた歪な感じって言うのは恐らく、これのことだろう」


 奏は徐に両手を伸ばすと瞑想するように瞳を閉じて静かに息をはく。そして、黒色のオーラを纏った掌から黒色の雷のようなものが鳴ると静かに音を立てて何かが発生した。

 それは黒色の球。円型で2cm程度しかない物の作り上げた奏の額からは尋常ではない汗が流れている。呼吸を整えて黒色の球を片手に移動させると部屋を見渡して近くにあった段ボール箱に目を付けた。


「なあ、長門。あの段ボール壊してもいいか?」

「別に重要なものは入ってないと思うからいいぞ」

「ありがとう」


 そう告げると2cm程度の黒色の球を段ボール目がけて軽く投げつけた。――――そして次の瞬間、数秒前まであった段ボール箱が一瞬にして黒色の球に吸い込まれていく。

 あたかも以前からその場に無かったかのように塵一つ残さずに。


「な、なんなんだ。今のは?」

「今のは、簡単に言えば引力の力で発生した小さな球だな。ミニブラックボールみたいな」

「凄いです! 一条くんってこんな力も持ってるんですね」

「褒めても何も出ないぞ、間宮」

「それじゃあ、「能力対決」の時に見せたあの力も引力なのか?」

「んー。そうだな、それじゃあ簡単に実験してみるか。伊御、立ってくれ」


 実験と称して休憩室で立ち上がった奏と伊御。椅子から少し離れて机からも距離を取った。そして、何を思ったのか奏は伊御にこう指示をした。


「それじゃあ、お前の重力。そうだな「負荷」の方を俺に掛けて見てくれ」

「は? い、いや。いいのか使っても?」

「別にいいぞ。それともなんだ、俺に使えないわけでもあるのか?」


 挑発するかのようにアピールした奏を見て「手加減しねぇぞ!」と大きく叫んだ伊御は手を振りかざす。次の瞬間、見た感じでもわかる空気の微妙な変化に渚も京子も奏も気づいた。

 そして瞬時に奏の身体にはタダならぬ重圧が押し寄せられる。


「まあ、全力ってのも芸が無い。これは今の俺の半分くらいだな」

「半分か……。まあ、これで十分だ」

「それでこれからどうするんだ? 俺は何をすればいい」

「何もしなくていい。そのまま、俺に重さを与えていてくれ」


 自分の体重が倍になった奏は先ほどよりも膝を曲げて地面に崩れ落ちそうなくらいしゃがみ込む。片手を付いて意識が吹き飛びそうなほど馬鹿げた重圧が彼の上にのしかかっていた。

 例えるなら奏の背中の上に力士が乗っているような感覚。

 そんな今にも意識が飛びそうな奏は左手を少しだけ伸ばした。そして息もつかぬ重圧の中、能力発動のためのある一言を発した。


「――能力吸収(アブソープション)


 再び彼の腕から湧き出るように黒色のオーラが纏い始める。それはまるで重力を喰い始めるように炎のようにうねり始めたオーラは次第に奏に掛かっている重圧を消していく。

 そして三十秒もすれば奏の表情は青ざめた圧迫感のある表情から凛々しい表情に元に戻って行った。思わず驚いく伊御を余所にお返しの意を込めて奏は伊御と同じ動作を取る。


「――能力解放(リベレーション)


 次の瞬間、唖然としながら口を開いていた伊御の身体が一瞬で地面に這いつくばる。一体、何が起きたのか瞬時に理解できなかった伊御は唸り声を上げながら奏の方を見る。

 そして全てを理解した。


「これがあの時、俺が使った引力の応用。“能力吸収(アブソープション)”と“能力解放(リベレーション)”だ」

「これは……」

「何て言えばいいのかわからないが、とにかくこれだけは言わせてくれ一条。なんでそんな能力と実力を持っているのにお前はE組に居るんだ?」

「まあ、遅刻とか色々あるんだけど、一言で言うなら簡単だ。俺の実力不足、そして弱点」

『弱点!?』


 伊御が押しつぶされて気絶しそうな様子を窺うと奏は即座に負荷を解除する。危うく自分の能力で死に掛ける所だった伊御は押しつぶされていた肺に名一杯空気を入れ込むと生きていることを実感する。

 そして一件、攻防揃っている無敵の能力にも弱点があることを知った三人は興味津々そうに瞳を輝かせて奏を一心に見つめ始める。


「弱点ってなんだよ、教えてくれ」

「クラス内で密かに完璧超人と呼ばれている一条くんの弱点。私、気になりますっ!」

「弱点いわねぇと、あたしの暴風振動(バイオレスインパクト)で吹き飛ばすぜ?」

「最後の人は完全に脅迫だな、それと俺ってクラスで完璧超人って呼ばれているの?」


 三人がじわじわと近づいてくる中、差し迫る恐怖が訪れようとした。

 眼鏡が光る渚、指をバキバキと鳴らしながら脅迫してくる京子、面白そうな表情で接近する伊御。だが、そんな三人の思惑は一瞬にして儚く散ることとなった。

 なぜならば、扉の前には二葉が鬼のような形相で仁王立ちしているからだ。

 背後にいたにも関わらず、三人はありえない殺気で振り返る。


「ほらほらー、休憩は終わったよ。みんな働いた、働いた」


 拳を握りしめながら、京子も唖然とするほどの怖さで休憩室に入って来た。

 そして、一瞬にして奏の前から散会した伊御達はそれぞれ別々の口笛を吹きながら、部屋を出ていく。驚いて言葉の出ない奏に二葉は肩を叩く。


「さて、昨日休んだ分、君にも取り返して貰うよ」


 元気よく、ニコニコと微笑みながら、奏の尻を思い切り引っ叩いて休憩室から奏を出した。

 そして、キッチンフロアに向かおうとした奏を二葉は呼び止めた。


「あ、そうだ。奏くんはキッチンにあるゴミ袋、裏に捨てて来てくれないかな?」

「わかりました」


 休憩も終えてホールに再び京子と渚を出陣させると伊御はキッチンへと向かって奏はゴミ袋を運ぶために喫茶店裏へと来ていた。

 黒色の中が見えないゴミ袋を二、三個運びながらせっせとキッチンと外を往復する。

 そして最後のゴミ袋を運び終えて汗を拭い、喫茶店内に戻ろうと背を向けようとした。その瞬間、何気なく表通りの方を見た奏はそこにいた人物とふと目が合い、凍りついた。

 何故なら、そこにいたのは――――――



「ど、どうも……」



 奏を女装趣味のある男子高校生と誤認識しているA組優等生、佐藤真桜だった。




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