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3-7

「――っ」

 

 ユニは目を見開く。

 目の前のモノクロの世界は停止していた。

 否、あまりにも高速で演算をしているため、時間が停止していると錯覚しているだけだ。

 今もこうしてスカイフィッシュが最後の力を振り絞って放った膨大なNEØNエネルギーはその場に居た全員を飲み込もうとしている。

 

 何とかしないとと思う。

 でもどうすればいいのかわからずユニは立ち尽くす。

 

 そんな時だった。

 

 ――やぁ

 

 声がした。

 

「誰ですか……!?」

 

 ユニは目を見開き、咄嗟に振り替える。

 

 しかし周囲にはそれらしき人物は居ない。

 その声はどうやら自分の内から直接響いていた。

 

 ――彼らを救いたいかい?

 

「お願いします! どなたかは知りませんが私に力をください!」

 

 ――それは出来ない相談だね。

 

「そんな……どうして!?」

 

 ――だって君は既に力を手にしているからさ

 

「私は力を持っている……?」

 

 ――そう。記憶を持たないキミは力の使い方を忘れているだけだ。ほんの少し自分を見つめなおせばその力をキミは自由に扱えるようになる。

 

 声は続く。

 

 ――五感でイメージするんだ。世界を満たすNEØNの流れを。

 ――AURANETというNEØNの粒子ひとつひとつが線を結び、それら無数の線が織りなし、天蓋(クラウド)を覆う膨大なネットワーク。

 ――キミはそれを知覚している筈だ。

 

「NEØNの流れ……AURANET……」

 

 ユニは目を閉じ、肌で世界を感じようとする。

 感覚が研ぎ澄まされ、まるで冷たい海の中に居るような、重力の無い無限に広がる宇宙の中を漂っているような感覚。

 しかしそこは虚無の世界ではない。

 ニコ、ルナ、セレン、オウカたち『小夜啼組』やリリアたち『ストークファミリー』が生み出すそれぞれの想いが宿ったNEØNが感じられる。

 それは星のようだと思った。

 虚空に浮かぶ無数の美しい星々の輝き。

 それを守りたいとユニは思う。

 

 ――そう、そのまま自分の心に従うんだ。

 

 ユニの中で明確に何かが変化したのを知覚した直後、一気に"声"は遠ざかる。

 

「待ってくださいあなたは――」

 

 返事はなく、徐々に加速していた世界が元の速度を取り戻し始める。

 もう猶予はない。

 ユニは迷いを振り切り、現実に意識を戻す。

 

(――翼だ)

 

 NEØNに満たされた空を自由に羽ばたく鳥。

 オウカやリリアの翼を間近で見たせいだろうか、はたまたニコが披露してくれたカラスのグラフィティアートの影響だろうか。

 ユニは大空を羽ばたく自分をイメージする。

 そして――

 

 Ø 

 

「……?」

 

 ニコは閉じていた目を開ける。

 間近でスカイフィッシュを抑え込んでいたニコだが、至近距離で励起したNEØNから放たれる爆発的な熱エネルギーを浴びたはずなのに一切ダメージはなかった。

 

「ユニ……?」

 

 ぼやけていた視界が徐々に明確になる。

 ニコの目の前にはユニが居た。しかし様子がおかしい。

 彼女の背中には巨大な機械の翼が浮かんでいた。青い光を放つそれは蝶の鱗粉のようにNEØNを周囲に拡散している。

 こちらに背を向けるユニの表情はわからない。

 しかし彼女はロボットになってしまったかのように生気が感じられず、右腕だけでスカイフィッシュの突進を受け止めている。

 

 スカイフィッシュは藻搔き、激しく暴れ回るが、みるみるうちに黒い結晶体の身体が白く濁ってゆき、全身に走る回路状の線の青い輝きも失われていく。

 やがてガラスが砕けるような音と共にスカイフィッシュは粉々に砕け、消滅した。

 あまりの出来事にニコをはじめとしたその場に居た誰も何も言わず、硬直していた。

 

「――」

 

 ユニは彼らから背中を向けたまま、ゆっくりとその体が浮かぶ。まるで天に吸い込まれるように。このままではきっと彼女は遠くへ行ってしまう。

 

「――ユニッ!」

 

 ニコは咄嗟にユニの右手を握った。

 するとユニの背中に浮かぶ翼型のユニットは構成していたNEØNに分解されて消え、宙に浮かび上がったユニの身体は再び地上に引き戻される。そのままユニは力なく倒れ、ニコはその身体を受け止める。

 ニコが心配そうにユニの顔をのぞき込むと彼女はゆっくりと目を開ける。

 

「ニコ……? 私、何が……?」

 

「ユニ! 心配したんだから!」

 

 ニコは安堵のあまり「うわーん!」と泣きながらユニの華奢な身体を抱きしめた。一方でユニは記憶に無いのか困惑した様子でニコの背中を撫でる。

 

「……無事で良かった」

 

「ひとまず一件落着、かな?」

 

 ルナとセレンもふたりに駆け寄り、笑みを浮かべる。

 

 そんな四人を見て、他の皆もひとまず笑みを浮かべた。

 

 Ø

 

 激戦が終わり、街の危機はひとまず去った。

 ニコたちはオウカの厚意により小夜啼組の屋敷で一泊した。そして四人は朝、マルクトに帰る身支度をしているとストークファミリーの四人が現れた。

 

「ありがとう『パンクロウラーズ』の方々。あなたたちのおかげで街の危機は去ったわ」

 

「リリアさん! 身体は大丈夫なの?」

 

「ええ。私の体を蝕んでいたNEØNは改善されて嘘みたいに良くなったわ。きっとユニのおかげね」

 

「私の力で……?」

 

「ああ。アンタが一番の功労者さね。ニューラル症患者たちの具合も快復の兆しがあるみたいだよ」

 

 すると彼らの前に患者たちやその付添人たちが笑顔で頭を下げる。まだ少し疲れは見えるが自分の足で歩けるようにまで回復したことに驚きを隠せない。

 

「完全回復には多少の時間は要するでしょうが地上と同様にニューラル症の撲滅は近いでしょう」

 

「我々の屋敷の患者の皆様からもパンクロウラーズの皆様へのお礼のお言葉を預かっています」

 

 クオンとミエルが代表して頭を下げた。

 

「まぁDUSTを蔓延させたクソ野郎どもを徹底的に叩きのめすのも必要だがな」

 

「それに関しては我々が責任を持って対処いたします」

 

 リュウエンとコルニスの言葉は力強い。

 

「それではこちらが今回の報酬でござる」

 

「どうぞお納めくださいませ」

 

「えっ、こんなに!? 本当にいいの!? アタシたちの平均手取りの3カ月分より多いんだけど!」

 

「ちょっとニコここで金額を確認するのはちょっと失礼じゃ――ってこれは確かに……」

 

「……これは喜んでもらうべき」

 

「寧ろ安いくらいでござるよ? これまでのニューラル症の患者たちの治療費と比べれば」

 

「お礼をし足りないくらいですわ」

 

「それじゃあお言葉に甘えて〜」

 

 ニコはぐへへとクレドの入金額を見て下品な笑みを浮かべた。

 ルナやセレンも同じくニコほどではないが少し口端が上がってしまう。

 

「これが私の初報酬ですか……」

 

 一方でユニは緊張した面持ちだった。

 しかし働きを認められて自分の力でお金を稼ぐということに誇りを感じる。

 

「それじゃあ貰うもんも貰ったし帰ろうか」

 

「そうですね。ソニックくんもきっとニコに会いたくて寂しがってるでしょうし」

 

「あー! そうだった! 駐輪場に停めてたうちのこを忘れてたよ!」

 

「うわめっちゃ「にゃーん(´;ω;`)」ってチャット来てるじゃん」

 

「……なんという薄情者」

 

「やめてー! そんな蔑みの目で見ないでー! ごめんソニック〜! 帰ったら高級オイル飲ませてピカピカに洗車して猫じゃらしで遊んであげるから〜!」

 

「それじゃあ早く戻らないとですねっ!」

 

「悪いけどちょっと待っておくれ」

 

 パンクロウラーズの四人は真剣な眼差しのオウカに呼び止められる。

 

「ユニ、ニコ。そしてセレン、ルナ。どうか、アタシたちの組に加わってはくれないだろうか」

 

「オウカ。抜け駆けはダメよ。私たちストークファミリーも彼女たちを是非迎えたいわ」

 

「私も……?」

 

 ルナがふたりの申し出に目を丸くする。

 

「当然よ。あなたもファミリーの一員よ。昔と変わらずね」

 

「何を言ってるのやら。ルナは元々うちの組の子だよ」

 

 オウカとリリアが火花を散らし、そんなボス2人を子分たちはやれやれと肩を竦めながら見守っていた。

 

「……ふたりともありがとう」

 

 ルナは俯き、フードを目深にかぶる。わだかまりは完全に晴れたようだ。

 

「……で、まぁどちらのクランに加わるかはともかくとしてこのジオフロントを拠点にする気は無いかしら? 収入は安定してるし地上のしがらみもない。それにあなたたちの活躍はすっかり広まってみんなあなたたちを歓迎してるわ。もちろん地上への行き来も自由にしてくれて構わないわ」

 

「この街を統治できるんだ。悪くない条件じゃないかね?」

 

 地下社会を治める二大クランからのスカウト。普通なら断る理由のない、破格の申し出だった。

 

 しかし、ニコは笑顔で首を横に振った。

 

「申し出は嬉しいよ、オウカさん、リリアさん。でも、それはできない」

 

「それはどうしてだい?  アンタたちなら、この地下都市一帯を丸ごと支配できる立場になれる」

 

「その権力に不満でもあるのかしら?」

 

 オウカとリリアは驚きを隠せない。

 ニコは、障子の向こうに広がる、暗い地下の空を見上げるように視線を向けた。

 

「不満ってわけじゃないんだけどさ……」

 

 ニコは素直な感情を口にした。

 

「空が見えなくて、窮屈なんだよね」

 

 その一言に、部屋に静寂が訪れた。オウカもリリアも、その純粋で真っ直ぐな言葉に何も言えなかった。

 

「空が……見えない、か。ルナ、16年前だったかね、「メルト・ネオン」が原因でニューラル症に罹ったアンタの母親がこの街に来てアンタを産んでいったのは。それで4年前、アンタは突然ニコと同じことを言って出ていってしまったね」

 

 ふたりはふとルナの顔を見て思い出す。

 4年前、ルナが何と言ってこの街を出ていったのか。

 自分たちがその時何故引き止めることができなかったのか。

 

「永遠に夜が続く街。太陽なんてもうどれくらい見ていないかしら……」

 

 オウカとリリアは、ずっと考えていた疑問に、答えを見出した気がした。

 

「私たちは、地上の差別からオルトたちを保護し、この地下都市で安住させているつもりだった。でも本当は……私たち自身が、彼らをこの小さな鳥籠に縛り付けて、空を忘れてさせていたのかもしれないわ」

 

「……目が覚めた気分だね」

 

 オウカも静かに頷く。

 

「アタシたちは、安全のためにこの地下を選んだ。だが、その安全と引き換えに、自由を奪ってしまっていたんだね……」

 

 ニコの言葉は、彼女らの凝り固まった考え方に、大きな変化をもたらしたようだ。

 

 ニコは胸を叩き、再び笑顔を見せた。

 

「私たちは『CROWS(カラス)』。何者にも囚われない、自由な存在だよ」

 

 オウカは、清々しい表情で笑った。

 

「そうだったね。アンタたちはどんな場所でも自由に生きていける逞しいカラスみたいな奴らだったね。ありがとうねパンクロウラーズ。アンタたちとの出会いは、アタシたちに大切なことを教えてくれた」

 

 リリアも微笑みながら言った。

 

「また困ったことがあったら、いつでも私たちを頼って。あなたたちもファミリーよ」

 

 ニコたちは、深々と頭を下げ、そして地上へと続くエレベーターへと向かう。

 

「それじゃあね、オウカさん! リリアさん! 小夜啼組のみんなもストークファミリーのみんなも!」

 

「お世話になったよ、どうか皆さんお元気で!」

 

「……また顔見せに来るね」

 

「皆さんありがとうございましたっ!」

 

 

 四人は2大クランおよび、1000人を超えるオルトたちから感謝の声を背に受けながら、地上の世界へと旅立っていった。

 

 Ø

 

「にゃーん!」

 

「お! ソニック~!」

 

 隠し出入り口である廃トンネルを出た直後、キャンディピンクのバイク・ソニックがニコの前に駆け寄り、ニコは愛車を笑顔で抱き締める。

 

「お元気でしたかソニックくん? よしよし」

 

 ユニもニコニコとソニックのボディを優しく撫でると再び「にゃーん!」と元気に返事をした。

 

「ってあなたは……」

 

 すると物陰からゆっくりと別の人物が現れ、ルナは驚いた声をあげた。

 

「ハンドラー……! どうしてこちらに?」

 

 セレンがぺこりとお辞儀する。

 彼女たちの前に現れたのは全身黒尽くめで銀色の長い髪を一本に纏めた鋭い目付きの老女――『鷲の女帝』ことイーグラだった。

 

「久しぶりだねセレン。まぁ野暮用みたいなもんさ。あと無人バイクがその辺を泣きながらウロウロしてたから気になっただけだよ……それに小悪魔っ子。どうだったい久々の馴染みの土地は? 昔と変わらなかったろ。街も人も」

 

 イーグラは旧友に思いを馳せ、右手に提げた紙袋に入った日本酒に視線を落とす。友人ふたりと呑むために持ってきたものだ。

 

「……結構変わってたよ。これからも少しずつ変わっていくと思う」

 

「……そうかい」

 

 しかしルナの返答は少し意外なものでイーグラは小さく笑った。

 

「ユニて言ったかね? どうだった? あのふたりは」

 

「オウカさんとリリアさんのことですか? ふたりともかっこいい方々でした」

 

「なら良かったよ。まぁ力になってくれてありがとうね。困ったことがあったらアタシを頼りなよ」

 

 イーグラは仏頂面のままユニの頭を撫でる。

 

「あのおばあちゃんがお礼を言うなんて珍しいね」

 

 ルナがぼそりと零すとイーグラはぴたっと足を止める。ぎくりとしたセレンがルナに「おばあちゃん呼ばわりはするな」と耳打ちするが

 

「あ、おばあちゃーん! ソニックのお世話ありがとー!」

 

 ニコは大声を出してセレンは頭を抱えた。

 

「……年寄り扱いするんじゃないよ猫娘……まぁそのバイク猫は良い聞き相手になってくれし別になんてことはないさね。最近の若いもんは年寄りの話は聴きたがらないからね……全く困ったもんだよ、特にうちの10課の連中はね」

 

 ホークアイの一等将(ファースト)なだけあって色々とストレスを抱えてるらしい。

 

「まぁこれからも10課の連中を頼むよ」

 

「おっけー! 任せて!」

 

 ニコの威勢のいい返事にイーグラはにやりと笑みを浮かべ、トンネルを潜るのだった。

 

 Ø

 

『……それじゃあ今日の配信はここまでだよ〜みんなバイバーイ』

 

「今日もルナエルの配信は最高だったねぇ」

 

「そうね。つい2万クレドスパチャしてしまったわ」

 

「アンタたち久々に呑もうって誘ったのにVの配信観てんのかい」


 Ø


「スカーレットさーん!」

 

「いらっしゃいませパンクロウラーズの皆様」


 スナック「ローズ」の扉が開くなりニコの大きな声が店内に響き渡り、メイドのレトリーがぺこりとお辞儀した。

 

「あらあらいきなりどうしたの? またツケの支払期限の延長とかかしら? 流石にアンタのDOGEZAは見飽きたわよ?」


 カウンターのスカーレットが怪訝そうに尋ねるが、ニコは心外そうに頬を膨らませた。

 

「もう違うよ〜! 今まで借りてたお金全部返しに来たの!」

 

「「……!?」」

 

 スカーレットは手にしていたアイスティーのグラスを落としてテーブルを濡らし、レトリーも手にしていた皿を床に落として割ってしまう。

 その言葉に驚いたのは店内に居る客も同様で、口にしていた酒を噴き出したり、火をつけたタバコをうっかりズボンに落として慌てていた。

 

「まさかアンタ……盗みに手を染めたんじゃ――」


「マスター、10課のシオン様に連絡いたしましょうか」

 

「だから違うってば! ちゃんと依頼で稼いだお金だって! ほらクレド振り込んだから確認してよ〜!」


 ニコの言葉通りホログラムウィンドウで口座を確認するとニコに貸していた額が振り込まれていた。

 

「た、確かに……ごめんなさいね疑ってしまって」


「レトリーも反省いたします。申し訳ございません」


 謝る2人だが、いつもニコが金を貸してくれと頼み込んでいたこともあっていざ完済されると逆に居心地が悪そうだった。

 

「……これに関してはスカーレットさんたちの信頼を裏切りまくったニコが悪い」

 

「まぁ日頃の行いが行いだからなぁ」

 

「ふたりともひどいよ〜」


 ルナとセレンに関しては完全にニコを責める立場だった。

 

「まぁこれでニコも借金を全部完済して真人間さんですね!」


 ユニの笑顔を見てニコは遂にその場に崩れ落ちる。

 

「何気にユニの言葉が一番胸に刺さるんだけど〜」

 

 自分の人望のなさに嘆くニコはゴールデンタマ子を抱っこして慰めてもらおうとしたが三毛猫はひょいとニコの腕を躱すとキャットタワーに飛び乗って昼寝を決め込むのだった。

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