●第280話●ならではの職業体験授業
この世界で最もポピュラーな就職方法は、家業の手伝いだろう。
料理屋をやっていれば料理屋を、農家であれば農家を継ぐのが常道だ。広い意味では貴族も家業と言える。
おおよそ二人目の子供までは家業を継ぐ。三人目以降は家業の規模次第で、規模が小さい場合は独立する事が多い。
そのためこの世界では、あまり子沢山な家庭は少ない。一人っ子も少ないが、二~三人兄弟が平均であろう。
男子相続の考え方が緩い事も影響しており、貴族であってもそれほど子の数は多くはない。
例外的な職業が、騎士や兵士、そして冒険者だ。
騎士や兵士は警備の関係上小さな村でも目にする機会が多いため、子供たちの人気職業ぶっちぎりナンバーワンだ。
女性騎士の数も多いため、女の子からの人気も高い。
試験に合格する必要がある狭き門なので、現代で言えばプロ野球選手のようなものだろう。
一方の冒険者は、十三歳以上であれば基本的に誰でもなれる職業だ。
魔物討伐のような戦闘系の依頼が目立つが、採集系や配達、掃除、農家の手伝いや子守りまで、様々な依頼がある。
絶対的な人口が少ないためニッチな仕事が事業化せず、いわゆる“その他の仕事”が集約されている場とも言えよう。
こんな状況でまずまず回っている世の中なので、職業訓練のような概念がほとんど存在しない。
現状のままでも大きな問題は無いかもしれないが、せっかくなら向いていることを仕事にした方が、質も生産性も上がるだろうというのが勇の考えだ。
そこで試験導入したのが、適性検査の側面も持たせた職業体験である。
体験を通じて子供たち自身の気付きの誘発はもちろん、その道の才能がありそうな子をスカウトする場にするのが狙いだ。
基本的には好きな職業を体験してもらうのだが、単純に好きなものだけやらせると偏りが出来てしまう。
なので、ある程度グループ分けをして、ローテーションしながら様々な職を体験してもらう方式をとっている。
それを週に三回ほど、午後からの授業としていた。
そしてその体験できる職のラインナップこそが、この試みの大きなポイントとなっていた。
「よ~し、ちびっ子ども、一列に並ぶっす!」
教会の裏庭に、ティラミスの声が響く。
魔物が跋扈しているこの世界の聖職者が、僧兵とまではいかないまでも最低限の戦闘技術を身に付けるための場所である。
「は~~い」
その声に、十名程の子供たちがバラバラと動き始めた。
「駆け足っ!」
「「「!!」」」
それを見たティラミスから強い口調で指示が飛ぶと、子供たちは一瞬驚いた顔をした後駆け足でティラミスの前に並んだ。
「よしっ! 騎士は、指示に正しく素早く従う事が大切っす。これが出来ないと自分だけでなく、仲間を危険に晒してしまうっす。分かったっすか?」
「「「は、はいっ!」」」
満足そうに頷きながら話すティラミスの言葉に、子供たちがやや緊張した面持ちで返事をした。
午後の部、職業体験の一番人気である騎士体験グループの授業だ。
職業体験は、グループごとに分かれて一つの職業を二週間かけて体験するのを一クールとしている。
その後また同じグループで別の職業を体験していき、一通り全てを体験した後に適正と希望を鑑みて一つの職業に絞って深堀するシステムだ。
先週一クール目の体験が終わり、今日は二クールの三日目となる。
「今日は後で、槍の使い方の基礎を教えるっす」
「やった!」
「すげぇ!!」
続けて出て来たティラミスの言葉に、子供たちが色めき立つ。
「じゃあまずは、いつも通りの準備運動からいくっすよ? 駆け足五周からっす!」
「「「はいっ!」」」
先程までより明らかに大きな返事をして、子供たちが一斉に走り出した。
騎士の職業体験は、多くは地球の体育の授業のような基礎体力づくりメニューで、少しだけ戦い方や武器の扱い方を教えている感じだ。
なお、子供向けとは言え職業体験なので、教師・指導者はなるべく本職の人間にお願いをしている。
しかし本業もあるため毎回と言う訳にはいかない。
騎士も人数が少ないため普段は非番の兵士が指導しており、週に一、二回騎士が足を運ぶ感じになっていた。
二クール目は今日が初めて本物の騎士が指導に来る日だったので、子供たちは皆ハイテンションである。
野球少年を現役バリバリのプロ野球選手が指導してくれるようなものなので、さもありなんだろう。
そんな騎士体験チームの他に、もう二つの集団が中庭にあった。
その片方では、アンネマリーが子供たちに指導をしているようだ。人数は少なく三名である。
「さぁ、目を瞑って。体を流れる魔力を感じ取ってみましょう」
分厚めの布を敷いた上に座ったアンネマリーが、穏やかな口調で言う。
同じように布の上に座った子供たちは、言われた通り目を瞑る。その表情は真剣そのものだ。
「魔力の感じ方は人それぞれです。背中に感じる人、お腹に感じる人……。巡っていることを意識しましょう」
子供たちの様子を見ながら、アンネマリーが優しく語りかけていく。
アンネマリーの担当は魔法使いの体験だ。
とは言え一朝一夕で身に付くものではないので、簡単な魔法に関する知識と魔力を感じるための瞑想が主である。
また、このグループだけはローテーションではなく指名制で行われている。
魔力の無い者に体験してもらってもほとんど意味がないためだ。
そもそも最初は、魔法に関する体験はする予定は無かった。
理由は単純で、魔力の有無を調べるのが大変だからである。
各地の大きめの教会には、かつて織姫も使った“鑑定の魔水晶”と呼ばれる魔法具がある。
この魔法具は、加護や能力の有無を調べるための物で、ほぼ全ての領地で一定の年齢になると無料で鑑定が受けられる。
加護や能力を持った者は貴重なので、領主が費用負担して実施され、有能な者を囲い込むためだ。
ただし鑑定の魔水晶では、魔力などの能力値までは測定できない。
測定するには、勇がこの世界に来た時に使った“神眼の魔宝玉”が必要だ。
しかし“神眼の魔宝玉”は数が少なく非常に高価である。
王都と、各地域の大貴族家の領都の教会くらいにしかないため、滅多にお目にかかる事は無い。
この辺りだと今は無きヤーデルード公爵家の領都にあるくらいだ。
各領の騎士となった者は能力値の鑑定を行うのだが、それも王都かこうした近郊の大都市まで出向いて行われている。
旧セードルフ子爵領であるマツモト領にも、当然神眼の魔宝玉など無い。
無いのだが、代わりに躍進著しい大司教様がいた。
ベネディクトのマツモト領赴任にあたって教会を建て替える際に、中央教会からとある秘宝を分捕ることに成功していた。
その名も“魔眼の水鏡”。神眼の魔宝玉程ではないが、国内に十は無いレアものだ。
見た目はシンプルな直径十センチほどの水鏡だが、湛えられた水は逆さにしても一切零れることが無いというアーティファクトである。
その効果は、水に人の姿形を映す代わりに、その者の持つ魔力量によって色が変わるというものだ。
数値化されるわけではないのだが、かつて神眼の魔宝玉と組み合わせた調査が行われ、水の色とおおよその魔力量の関係性が解明されている。
そんなレアアイテムがある事が判明したため、子供たちの魔力量を計測して、一定以上の魔力を持った者を選抜したのだ。
魔法を使えるものはやはり貴重だし、旧魔法を教えることが出来るマツモト領においてはさらにその価値は高い。
英才教育とまではいかないが、いかにもマツモト領らしい取り組みと言えよう。
マツモト領らしいと言えば、裏庭にいるもう一つの集団も実にマツモト領らしい。
「よ~~しガキども! 今日は帆の部分を作るからな! ちゃんと布は持って来たか?」
「持って来たぜ!」
「俺も!!」
こちらの集団では、日に焼けた逞しい男が声を張り上げていた。
参加している子供たちは五名程。
シンプルなアンネマリーの所と比べて、木材や様々な道具類が置いてあり中々に賑やかだ。
子供たちは、男に言われた布を作業台の上に載せる。その脇には、木で出来た箱のようなものが置いてあった。
「よし、えらいぞ。きちんと材料を確保すんのはモノ作りの基本だ。じゃあ早速帆を作っていくぞ。まずはマストを建てるとっからだ!」
「よっしゃー!」
「やるぞー」
男の声に盛り上がる子供たち。
彼らが作っているのは、帆船の模型だ。
教えているのは船大工の一人。そう、こちらは船大工の職業体験である。
マツモト領は魔道船という他領には無いチートな乗物が存在している。
すでに自前で建造する事は可能だが、作れる船大工の数がまだまだ少ない。
販売するかどうかはさておき、今後増産やさらなる改良をする事は確定しているため、将来の船大工を育てようというのだ。
「作ったら実際に浮かべて競争すっからな! 優勝者には領主様がお菓子を下さるらしいから、しっかり作れよ!」
「え? ホント!?」
「お菓子!? すげー!」
流石に魔道船はトップシークレットなので公開できないため、実際に走らせる事が出来る船の模型を作る授業だ。
モチベーションアップのために賞品も提供されるため、こちらも人気のコースとなっていた。
盛り上がる裏庭以外でも、職業体験の授業は行われている。
そしてまたこちらも、マツモト領色が強いものが多い。
「うわっ! はみ出た!?」
「真っすぐ線が引けないよぉ~~」
「がっはっは、最初はそんなもんじゃわい」
午前中に座学を行っていた大教室では、エトが十名程の子供たちの様子を見て笑っていた。
子供たちの手元には小さな板があり、皆それに真剣な表情で線を引いているが、どうやらうまくいかず悪戦苦闘しているようだ。
ここでは見ての通り、魔法陣の描き方を体験できる。
勇が数々の魔法具を作っている事は領民にも広く知られているし、魔動車をはじめとした製造工房もあるため、こちらも大人気のコースだ。
まだまだ当面魔法陣は手書きとなる。しかし魔法陣を描くための魔法インクとペンは普通の筆記用具とは違う癖があり、半分職人技だ。
そのため今後の量産体制強化には、魔法陣職人の育成が必須となる。
今のうちに体験してもらい、何人かでも興味を持ってもらえるようにとの狙いだ。
ちなみに魔法陣職人はかなりの高給取りな上、騎士のような危険も無く肉体的な才能もあまり関係ないので、子供たちの親からの人気はナンバーワンである。
そしてもう一つのコースは、厨房にて行われていた。
「ここからは体力勝負だ。坊主ども、女に良い所を見せたかったら気張れよ?」
「へっ、そんなの関係ねーけど、やってやるよ!」
「そ、そーだぜ、そんなの関係ねーよっ!」
「ふふふ、二人ともがんばってー!」
こちらは、兵舎の料理長兼瑠璃猫号の料理長でもあるバルボ自らが教える、料理人の職業体験だ。
これくらいの年齢層だとやはり女の子に人気のコースだが、少数ながら男の子もいる。
二人しかいないその男子が、バルボの軽い煽りを口では否定しながらも、女子からの声援に顔を赤くしている様子が微笑ましい。
今回教えている料理は、騎士団名物となっているポテトサラダだ。
そして今取り掛かっているのが、その肝となるマヨネーズ作りである。
卵と酢、塩をボウルに入れたところで、男子の出番だ。
「よし、一気にいけ!」
「うぉぉぉっ!」
シャカシャカシャカシャカ
バルボの合図で、ボウルを抱えた男子が泡立て器を使って一心不乱に材料を混ぜ始める。
ワイヤーを使ったホイッパーは最近になって作られたもので、子供向けにマヨネーズ作りを選択出来たのは、これのおかげでもある。
ホイッパー無しでは、少々子供が作るにはハードルが高いのだ。
ちなみにホイッパーが出来たことで、メレンゲを使った料理やお菓子のレシピが、マツモト領には徐々に広がり始めている。
「よ~し、そこからは少しずつ油を入れて行け。坊主どもは手を止めるなよ~」
「代わるぜ! おりゃーー」
ある程度混ざったところで、マツモト領名産の菜種油を女子が少しずつ垂らしていく。
撹拌係の男子は、ここでメンバーチェンジだ。
その後も皆で交代しながら混ぜ続けること三分ほど。全員がバテバテになった頃にマヨネーズが出来上がった。
「うん、まぁまぁの出来だな。さっき潰したイモにコイツを混ぜて仕上げだ!」
「はい!」
出来上がったマヨネーズをあらかじめ潰して置いたマッシュポテトに混ぜ合わせれば、ポテトサラダの完成である。
「!! なんだこれっ!?」
「おいしい~~~っ!!」
「がっはっは、そうだろ? 自分で作ったメシだからな、さらにうめぇんだ」
出来上がったポテトサラダを美味しそうに食べる子供たちを見て、バルボも目を細めた。
これら以外に、鍛冶や木工などの職人体験や、新たな名産品を目指すオリーブオイル作りを交えた農業体験など色々なジャンルの職業体験が取り揃えられている。
今後も試行錯誤しながら、人材育成の一環として続けていくことになるだろう。
ちなみに勇の肝入りで米作り体験は必修科目として組み入れられており、来年の春から実地が始まるとの事だ。
こうして領地の運営と海洋探索リベンジの準備を並行させながら、勇の貴族一年目は過ぎていった。
◇
年は明けて三月。
恙無く新年の大評定も終え、そろそろ田起こしをしようかという春の日。海の町メルビナに勇の姿があった。
「おお~~、これまたカッコいい船が出来ましたね!!」
「気合い入れやしたからね!」
感嘆の声を上げる勇の横で、船大工のツィーゴが胸を張る。
随分と拡張された港には、すっかり修理されて綺麗になった瑠璃猫号が停泊している。
そしてそこから少し離れた造船所内。勇達の目の前で、瑠璃猫号よりさらに一回り大きい真っ新な船が、その真っ青な船体を誇らしげに披露していた。
今日は、兵装品の改良と共に建造を進めていた二代目瑠璃猫号の進水式である。
週1~2話更新中。
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