●第277話●浪渡り(なみわたり)
「なみわたり?」
耳慣れない言葉にヴィレムが首を傾げる。他の面々も似た様なリアクションだ。
「ヴィレムさんでもご存じなかったですか。カッサノさんはどうですか?」
「いや、あっしも初耳ですね。侯爵様の所でも聞いた事はありやせん」
「ふむ、海洋交易をしているシャルトリューズ閣下の所でも知らないとなると、やはりほとんど知られていない話のようですね」
「むしろ知っていたカリナ嬢がとんでもないんじゃないかなぁ……」
「あはは、確かにそうですね」
驚き半分、呆れ半分で言うヴィレム。
以前にも、遺跡で魔法巨人のパーツに刻まれていたアバルーシの紋章を見極めたこともあるカリナ。
いわゆる「歴女」のような感じかなと思っていた勇だが、どうやら超一流の歴史学者と言って差し支えないレベルのようだ。
「ん? 今、やはりって言ったのかな?? やはりとは?」
「ああ、元々彼女も、名前だけは聞いたことがある程度だったらしいんですが、最近読んだワミ・ナシャーラさんの手記に、浪渡りについての記述があったそうなんです」
「ワミ・ナシャーラと言うと、ナシャーラ商会を興した迷い人の??」
「はい、そのワミ・ナシャーラさんです。少し前にナシャーラ商会と知り合った時に、初代のワミ・ナシャーラさんの手記の写しを頂いていて、伝承好きのカリナに渡してあったんですよ」
ワミ・ナシャーラは、後に王国西方で一番大きな商会となるナシャーラ商会をおよそ四百年前に興した人物だ。
迷い人であり猫の獣人でもあった彼女。
そんな彼女がこの世界へ来る時に離れ離れになってしまったケット・シーが、二足歩行する猫にそっくりだったこともあって、勇たちは知己を得ていた。
彼女は晩年にそのケット・シーを探す旅に出ており、それをまとめた手記がナシャーラ商会には残されていたのだ。
「なんでも、大きな港のあるところに定期的にやってきて、色々と買い付けをしていく船団があったそうなんです」
そう切り出した勇が、カリナから聞いた浪渡りに関する内容を説明し始める。
当時も外洋に出て交易を行っている国は非常に少なく、昔から使われている一部の航路以外は沿岸航行を主軸とした海運が主だった。
そんな中で明らかに遠方からやってきては大量の買い付けをする謎の船団のことは、港町では少々噂になっていたらしい。
どこから来ているのかと尋ねてもはぐらかされるばかりで、全容は不明。
酒場で酔った船員らが、「地図に無い島から来ている」と度々言っていたそうだが、そもそも地図にある島の方が少ないのでやはり真偽のほどは闇だった。
当然連れて行けと言う者もいたのだが、掟でよそ者は入れられないと拒否され、船で後をつけようにも船足が違い過ぎて誰も追いつけなかったそうだ。
そんな彼らはいつしか、海の向こうからやって来る謎の一族――浪渡りと呼ばれるようになった。
「そんな浪渡りの噂を聞きつけたワミさんは、未開の地の可能性があるその島にケット・シーがいるかもしれないと思い、同船の交渉をしたそうです」
大陸内の目ぼしい場所は全て回り手詰まりとなっていた彼女にとって、未開の地はどうしても行きたい場所だっただろう。
もちろん最初はすげなく断られるも、何年にもわたって交渉してついに同船を許可される。
「よく認められましたね」
「ええ。ワミさんの能力である架空倉庫で輸送を手伝うのが条件だったそうです。年々港に来る浪渡りの船の数が減っていたので、積載量を稼ぐために仕方がなかったというのがワミさんの考察ですね」
迷い人ワミ・ナシャーラが授かった能力である架空倉庫は、いわゆるアイテムボックスと呼ばれる、異空間にサイズや重量を無視して物を収納できるスキルだ。
この世界へやってきた当初はコンテナ二つ分ほどの容量だったのが、晩年には倍以上になっていたというのが、手記を読み込んだカリナの見解である。
「お酒とか鉱石類、木材などが主な輸送品だったそうなので、船の数が減ったことで需要があったんでしょうね」
広さも重さも無視できるアイテムボックスは船の数が多い場合はあまり効果的ではないが、積載制限がある場合の効果は計り知れない。
状況の変化が彼女に味方した形だろう。
「ただ、やはりその先にもケット・シーは居なかったようです」
「なるほど……」
生涯再会する事が叶わなかった事実を先に知ってはいるが、あらためて聞くとやはり堪えるものがある。
しんみりとした空気が、研究室に流れた。
「で、その地図に載っていない島と言うのを見たワミさんの感想が、“四角い島”だったんですよ」
「四角い島……」
そんな空気を振り払うように勇が話を続ける。
「上陸もしたそうですが、残念ながら詳細を語る事は禁止されたそうで……。それ以上の詳しい情報は無いのですが、人がちゃんと住んでいたのは確かなようです」
「なるほどのぅ。確かにあの船島は、まさに四角い島だの……」
勇の話にエトが大きく頷く。
「ええ。それと、彼らがこの島は守護者に守られている、と言っていたとも……」
「「「「「守護者!?」」」」」
続けて出て来た勇の言葉に、一同の声が綺麗にハーモニーを奏でた。
「地図に載らない島。四角い島。守護者がいる島。どこかで聞いた気がしますよねぇ」
「……聞き覚えがあり過ぎますね」
苦笑して言うフェリクスに一同も頷く。
「まぁ攻略法が見つかったわけでもないのでアレですけど、あれがまだ生きている古代の遺跡だとしたら……?」
「なるほど。生きた魔法具がある可能性も高い、か」
「ええ。魔法具だけでなく、浪渡りの末裔がまだ生きている可能性も出てきました」
「……最後に島の方から飛んできた光線ですね?」
「はい。何らかの兵器もしくは魔法で、誰かが助けてくれたかもしれません」
「……そりゃあお礼をせんとなぁ」
「ええ。これでますます、あの島へ行きたくなってきましたよ」
そう言ってニヤリと笑う勇。それを見た一同も、皆良い笑顔になった。
◇
「さて、あの島の正体が何なのかに関わらず、上陸するためには例の海竜をどうにかしないといけません」
あらためて船島へ挑戦するモチベーションを上げたところで、話は本題へと移る。
「まずは今回の反省点や気付いた事を洗っていきましょうか」
最初に取り掛かったのは良かった点、悪かった点の整理と共有だ。
良い点は活かし悪い点は直す。
当たり前のことではあるが、課題をちゃんと整理するのとしないのとでは大違いだし、それを共通認識として全員が正しく把握する事で、目標達成のためのチームは盤石なものとなる。
この辺りを疎かにして大失敗した大規模な開発プロジェクトの苦い経験から、勇が学んだ大切な反省点だ。
「有効な攻撃方法と言うか、決定的なダメージを与える攻撃が出来ませんでしたね」
最初に口を開いたのは、戦闘面の総責任者とも言えるフェリクスだった。
「全く効いていない訳ではないですし、嫌がる素振りも見せてはいましたが、しっかりダメージを与えられていたかというと……」
「そうですね。ダメージもですけど、何より攻撃を当てるのが難しかったです」
フェリクスの話を継ぐ形で、ユリシーズが言葉を続けた。
「これまでは大概こっちの魔剣やら魔法具が効いとったからの。攻撃が効かん奴は初めてじゃないのか?」
「遠距離で戦う事もなかったしねぇ」
専門家ではないエトとヴィレムも思案顔で頷いている。
「なるほど……。雷属性の攻撃は効いていたので、有効打についてはこれの威力を上げる方向かなぁ」
皆の話を聞きながら勇が壁の一面を占める黒板もどきにメモをしていく。
言葉を発せない魔法巨人用に作ったものを応用した黒板だ。
「当たり前っちゃあ当たり前だがよ、口ん中にぶちかました時が一番嫌がってやがったな」
「ああ、最初の射槍砲による一撃ですね。今考えてみると、あれが一番ダメージを与えていたかもしれません」
「鱗が硬そうだったからねぇ」
思い出したように言うレベッキオの言葉にフェリクスも賛同し、ヴィレムがそれに続く。
たまたま口を開けて威嚇していたところに雷槍が飛び込んだ初撃の話だろう。
同じ距離から放たれて首のまわりなど鱗のある部分に当たったものは、その鱗に阻まれて有効打にはなっていなかった。
「ふむ。どうにかして内部に雷撃を届かせたいところ、と……」
勇はそれもメモしていく。
「当たらないと言えば、水中に対する攻撃手段が乏しかったように思います」
「あ~~、確かに。これは割と致命的だったかもしれないですねぇ……」
フェリクスの言葉に勇が項垂れる。
水中の敵へ直接打撃を与えられる攻撃手段は、雷玉を使った雷導索くらいしかなかったのだ。
射槍砲による攻撃は水面近くならまだ良いが、少し潜られると水の抵抗で威力が激減してしまう。
爆裂玉は威力こそ減衰しないが自然に沈むのに任せるしかない。機雷のように設置して使うのであればよいが、遭遇戦ではいかにも命中率が悪い。
「水中への有効な攻撃手段、っと」
そう呟きながら書いた言葉を、グリグリと丸で囲む。
攻撃に関しては、他にも固定式の砲台だけでは足りなかった事や、そもそも敵の大きさや脅威度に対して手数が足りていなかった事などが挙げられ、話は防御の方へと移っていった。
「あのブレスがまずは厄介でしたね……」
「威力重視のと速度重視の物を撃ち分けてましたよね。速度重視でもとんでもない威力でしたけど」
ユリシーズが苦笑しながら言う。
「こちらの射程外から一方的に攻撃されますからね、あれは。気が短いのか、今回はたまたますぐに近距離に切り替えてくれましたけど、アレを続けられたら魔力が切れた瞬間おしまいでしたね……」
その時の事を思い出したのか、勇が小さく身震いしながら言う。
「まぁ、かと言って近付かれたら大丈夫かと言うと、危険度で言ったらそっちの方が上かもしれないけどね」
「一発で半分魔力を持ってきおったからのぅ……」
苦笑するヴィレムの言葉にエトが呆れたように同意する。
ブレスを風壁で防がれた海竜は、最も原始的かつ効果的な攻撃である体当たりを繰り出してきた。
瑠璃猫号の外装は複数の魔法陣の組み合わせで非常に強固なのだが、その源泉たる魔石の魔力を一撃で半分近く持っていかれていた。
魔石の交換には少々時間がかかるので、連続攻撃でも受けようものならひとたまりもないだろう。
「戦闘時用に魔石を増やして、基本は近付かれないようにしつつブレスをどう防ぐか、にかかってくるのかぁ」
勇は少し思案しながら、装甲用魔石の追加、中距離戦闘、対ブレス用の魔法具と書き加えていく。
それ以外にも、船体速度の上昇や運動性能の向上なども課題として挙げられていく。
こうして昼を挟んで午後まで続けられた反省会は、最終局面を迎えていた。
「やはり色々と反省点はありましたが、まずは……」
課題をまとめた黒板を腕組みしながら見ていた勇が、ぐりぐりと印の付けられた記述の部分をパンと軽く叩いて言う。
「……まずは、有効な水中攻撃手段が最重要ですね」
「まぁ、そうなるじゃろうが……」
「……その顔は何か思いついた、って事でいいのかな?」
少し笑っているような勇の表情を見たエトとヴィレムが、顔を見合わせてから勇に問う。
「上手くいくかは分かりませんが……。魚雷を作ろうと思います」
こうしてマツモト家の魔法研究所は、第二次海洋探索に向けて再び始動するのだった。
週1~2話更新中。
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