●第274話●動く島
「は? 動いている?? 漂流物や魔物ではなく!?」
思わず間の抜けた返事を返す勇。
「違います! あ、いや……。あのサイズの漂流物や魔物である可能性はゼロでは無いですが、まずそれは無いかと思います。植物っぽい物が生えているのも確認しましたし」
それに勢いよく応えたイーリースだったが、少し冷静になりややトーンを落とした。
「ギリギリ視認できる距離なので、四十キロメートルくらい先だと思いますが、はっきり見えたので幅は最低でも数百メートルはありそうでした」
「それは大きいですね……。確かにそれだと島サイズだなぁ。と言うか、そのサイズの魔物とか考えたくもないし」
自分で言っておきながら少々フラグっぽい発言だな、と苦笑する勇。
「まだ観測球は降ろしてないですよね? ちょっと私も確認してみます」
「はい、まだ上げたままです!」
そんな事を話しながら操縦席のある甲板後方へと向かうと、魔法巨人を操縦できるリディルが、交代して確認を終えたところだった。
「どうでしたか、リディル?」
「ああイサム様。お聞きになったんですね。はい、あれは確かに島のように見えますね。そしてゆっくり西方向へ動いている気がします」
「なるほど……。では私もちょっと見てみますので、魔力パターンの書き換えを」
「了解です!」
利用者を限定・識別するための魔力パターンを再登録して、早速勇も動く島とやらを確認してみる。
(えーーっと、南東の方角に見えたって話だから……こっちか。どれどれ…………、あれか!? 確かに大きいな、それに結構高さもありそうだぞ?)
気球と魔法巨人の頭部の向きを調整すると、水平線付近にポツンと浮かぶ物体があるのを勇の目が捉えた。
(遠いからスピードは分からないけど、確かにゆっくり動いてるな……。イーリースの言う通り結構緑色が見えるから島っぽいと言えば島っぽいけど、あの感じはどちらかというと……)
さらに目を凝らして観察していくと、島の多くを植物が覆っているのが見て取れたが、勇の目はそれ以外の部分に注視していた。
緑色の間に見え隠れするモノが、妙に四角く大きい気がするのだ。それに気付いてしまうと、島全体まで角ばっているように見えてしまう。
それはまるで――
(……軍艦島みたいだ)
◇
「言われてみれば確かに人工物に見えるな、ありゃあ……」
「そうだね。まだこの距離だとはっきりとは分からないけど……、自然の島じゃないみたいだ」
緊急時の推進力用兼、帆船っぽい見た目にするための擬装であるマスト上部の物見から降りて来たレベッキオとヴィレムが感想を口にする。
ひとしきり魔法巨人で確認をした後、観測気球を上げるため停めていた船を再び動かし、マストの物見から視認できる距離まで近づいたところで再び停船させたところだ。
物見の定員は二名なので、交代で登って確認している最中である。
「ヴィレムさんの目から見てもやっぱりそうですか」
「うん。イサムさんも気付いてると思うけど、似てるんだよね……」
「……遺跡、ですね?」
「ああ」
ヴィレムが降りて来るのを見計らって声をかけた勇に、彼が頷きながら答える。
勇は島のフォルムが四角く“軍艦島”のようだと感じたのと同時に、“遺跡っぽい”とも感じていた。
この中で最も遺跡に潜ってきたであろうヴィレムに聞くことで、その答え合わせをしようと言うのである。
果たしてその結果はイエス。やはりヴィレムも同じ感想を抱いていた。
「もう少し近くで見てみないと何とも言えないけど、カレンベルクの遺跡に近い雰囲気かなぁ」
「なるほど……。じゃあ、もう少し近づいてみましょうか。レベッキオさん、微速前進でお願いします」
「了解だ」
これ以上はもっと近づいてみないと分からないという事で、そのまま微速前進で近づいていく。
彼我の距離が十キロメートルを切ったあたりから徐々にその姿が明らかになり、その後三十分ほどでほぼ全容が見えた時点で、再度船足を止めた。
「おいおいおいおい、こいつぁ……」
ほぼ全員が出てきている甲板に、驚愕の表情を浮かべたレベッキオの掠れた様な声が響く。
皆も一様に同じような表情だ。
「本当に軍艦島じゃないか……」
ポツリと勇が呟く。
端島――通称“軍艦島”は、長崎県の野母崎半島の西に浮かぶ人工島だ。
かつて海底炭鉱を掘り出すために埋め立てられ、その小さな面積を最大限活用するため日本で最初の鉄筋コンクリートの高層集合住宅が作られるなど、ある意味当時の最先端であった。
そんな四角い建造物が所狭しと並ぶ外観が、まるで海上に浮かぶ巨大な戦艦のように見えるため、軍艦島と呼ばれていた。
残念ながら今は廃墟となっているが、世界遺産にもなったそんな軍艦島によく似たそれが、本当の軍艦かの如くゆっくりと動く様は圧巻の一言だ。
「完全に人工物、いや遺跡じゃの」
「そうだね、あの質感は遺跡だろうね」
この世界でも勇を除いて最もアカデミックであろう二人、エトとヴィレムが最初に我に返る。
「あれ、建物ですよね。所々に窓みたいなのがありますし」
「多分そうじゃろうが、相当高くないか?」
「普通に王城くらいの高さはありそうだねぇ」
そんな二人と共に、勇も加わって分析が始まった。
「私のいた世界だと、あんな感じのマンション――集合住宅はよく見かけましたよ」
「ほぅ。となるとあれは人が住んどったことになるのか? ああ、今も住んどるかもしれんが……」
「古代文明の人たちが同じ考えだったかは分からないですけど、その可能性は高いと思いますよ」
動く遺跡らしき島、それを構成する主要な物体が、マンションのような四角い建物だった。
複数の棟が建っているのかその高さは幅はまちまちだが、最低でも五階建てくらい、高いものは十階を超えていそうなものもある。
そんな建物が、おそらく長方形に近い形であろう島の長辺の端から七割くらいまでの範囲に林立していた。
勇が軍艦島っぽいと感じた大きな要因の一つだろう。
「確かに遺跡っぽいがよ、すげぇ木が生えてねぇか? むしろ木の中に建物がある感じじゃねぇか??」
「かなり大きな木もありますね。相当な樹齢ですよ、あれは……」
他の面々もようやく落ち着いて来たのか、レベッキオとユリシーズがもう一つの見た目のインパクトについて言及する。
(あの有名な天空の城を海に浮かべたら、あんな感じかなぁ)
二人の言葉を聞きながら、勇は益体も無い事を想像して苦笑する。
しかしあながち的外れでもない。
空から女の子が降ってくるところから始まる国民的アニメ映画に出てきた天空に浮かぶ城。
栄華を誇った古代文明の城が巨木に飲み込まれたその見た目と、目の前に浮かぶ島の雰囲気はよく似ていた。
あの映画では、とてつもなく大きな一本の木が城を飲み込んだような状態だったのが、こちらは複数の木々に取り込まれているように見えるのが異なるが、多くの日本人がそれを想像するくらいには似ている。
「最初から木が生えていたのか、予期せず生えて来たのか……」
「……あれを計算してやってたらとんでもないけどねぇ」
「……魔法陣やら魔法巨人やらを生み出した連中じゃぞ? 何をやっても驚きはせんがな」
思わず呟いた勇の言葉に、ヴィレムとエトがしみじみと言葉を被せた。
その後距離を保ちながら、島の周囲をぐるりと一周して観測を続けた結果、島はやはりほぼ長方形である事が判明する。
長辺がおよそ五〇〇メートル、短辺が一五〇メートル。図らずも軍艦島とほぼ同サイズだ。
その七割ほどを十棟以上の大きな団地のような建築物が占めており、一際高い塔のような建物もあった。
それらを覆うように隙間なく大小様々な木が生えており、建物が建っていない場所も低木や藪に覆われ、島全体は緑色の割合が多い。
森の民の血を引くユリシーズの見立てでは、種類までは特定できないが王国に生えている植物と大きな違いは無さそうとの事だ。
そしてもう一点。かの島が、独自の推進力を持っており、それがまだ稼働しているらしきことも判明した。
近づいてみて分かったのだが、島の周りを流れる潮流とは異なる方向へ動いていたのだ。
完全に逆方向ではないし速度も微速だが、あれが想定通り古代文明が創り出した遺跡なのだとしたら、まだ“生きている”事になる。
それが判明した時には、再び長い沈黙が船上を包み込んでいた。
「さて、ではいよいよ上陸に向かいますか」
「……やっぱり行くんだな?」
「ええ。誤差はありましたが、あの小舟から逆算した位置と近いですからね」
観測を終えた勇が艦橋に戻って上陸の号令をかけると、念のためとばかりにレベッキオから確認が入る。
「まさか動いてるとは思いませんでしたけどね……。まぁ逆にそれで誤差が出ることが正当化されちゃいましたし、あれが目的地だったと断定しました」
「了解だ」
「一キロくらいまで近づいて、水上バイクを出しましょう。接岸できるかどうか分かりませんし」
「マルセラさんよ、聞いたな? 舵は四時。推力三点だ!」
「舵四時、推力三点ヨシ!」
確認を終えたレベッキオからの指示をマルセラが復唱し、ついに瑠璃猫号は、目的地に向かう最終アタックへと突入した。
◇
「近くで見るとでけぇな……」
「高さがある分威圧感が凄いですね……」
「こんなものが浮いて、まだ動いているなんて……」
「うにゃ~~ん」
艦橋から間近に迫った島を見て、レベッキオ、勇、マルセラがそれぞれ呟く。
近づいた事でその大きさをさらに実感し、何度目か分からないため息が漏れる。
最終アタックに入ったタイミングで船内ニャルソックから戻ってきた織姫は、定位置である勇の肩の上で眠そうだ。
予定距離まであと少しの所まで近づいた瑠璃猫号は、速度を落としてアプローチポイントを探していた。
と言うのも、どうやら船島――浮いていることがほぼ確定したことから命名――の周り百メートルくらいの範囲が、人工的に作られた浅瀬になっているためだ。
巨大な板のようなものが、船島の下からスカートのように全方位に広がっているのである。
物見からの観測では、おそらくその水深は三メートルくらいしかないとのことで、瑠璃猫号で突っ込むと座礁しかねない。
水上バイクによる偵察は行うのだが、ある程度あたりを付けてからでないとあまりに効率が悪いため、再びぐるりと一周しているのだ。
『あん? なんだぁっ?』
「フゥゥゥーーッ!!!」
観測を続けていた物見の声と、眠っていた織姫が突如毛を逆立てて唸り声をあげたのはほぼ同時だった。
「シャァァッ!!」
「姫っ!?」
織姫は勇の肩から飛び降りると、空いていた窓から甲板へと猛烈な勢いで飛び出していく。
「どうした!? 状況を!!」
『何か突っ込んでくる!? 正面だ! でけぇぞっ!!』
「!! 全員緊急戦闘態勢っ! 敵は正面。見張りは鐘をっ!!」
レベッキオの確認に、切羽詰まった返答が物見から返ってくる。
それを聞いた勇が、即座に艦内に戦闘態勢を指示する。
カァーーンカァーーンカァーーン!!
緊急事態を告げる鐘の音が、けたたましく打ち鳴らされた。
「操船は任せましたっ!」
そう言い残すと、勇は後艦橋を飛び出し、織姫を追って船首まで走っていった。
「雷導索は全部投下だっ! 魔弾砲は最大射程の手前五〇で威嚇射撃開始! 射槍砲も最大射程で雷槍準備だ!」
「ウーーーーッ!」
勇が船首へ辿り着くと、フェリクスが手際よく戦闘指示を出していた所だった。
依然として織姫は、姿勢を低くして唸り声をあげている。
「フェリクス、状況は?」
「イサム様! 雷導索は両サイド含めてすべて投入済みです。敵との距離は目測で七〇〇、速度はさほど速くありません。三五〇で魔弾砲による威嚇射撃を開始します」
勇の問いに、早口でフェリクスが答える。
「素早い対応、ありがとうございます」
「いえ、姫先生がすっ飛んできましたからね。皆、緊急事態とすぐに理解して動き出しましたよ」
「なるほど。何だと思います?」
「先生のあの感じ、まず間違いなく魔物かと。一当てしてしてみてどうか、ですね」
その後もお互い早口で確認を進めていく。
「分かりました。指示は任せますが一つだけ……。魔法は一旦、全員防御魔法を準備して様子見してください」
「……了解です。魔法を使えるものは、壁魔法を準備して待機! やや多めの魔力だ。相手はでかそうだからな!」
勇の言葉に小さく頷いたフェリクスが、再び大きな声で指示を出していく。
「距離四〇〇切った! 魔弾砲準備!」
間髪を入れずに、前方マストの中程にある物見からイーリースの声が飛ぶ。
「三、二、一、撃てっ!!」
ボシュボシュ ボシュシュッ!!
カウントダウンを経て、船首の二門と両舷の最前方にある魔弾砲二門の計四門から、最大射程で爆裂玉が飛んでいく。
放物線を描いて飛んでいった爆裂玉は、狙いたがわず突っ込んできた敵の眼前に着弾すると、五メートル程の高さの水柱を上げて爆散する。
ドパンドパンッ!!
「ギャオゥゥゥッッ!!!」
ザーーッっと巻き上げられた海水が降り注ぐ中、勢いよく海面を割って、大きな咢を開いた魔物が顔を覗かせた。
トカゲのようなやや面長の顔。大きな咢にびっしりと並んだ牙。鋭い目。青白い鱗の生えた長い胴体。その背中の中央部分から生えるトゲのようなヒレ。顔の後方からはヒレのような突起が無数に生えている。
そして後頭部から誇らしげに生える、四本の大きな角……。
「ド、ドラゴン……」
驚愕した勇の口から、伝説の魔物の名前が零れ落ちた。
週1~2話更新中。
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