●第271話●ヘミングウェイか三平君か
「おはようございます~」
「にゃふ~ん」
「あ、イサム様。おはようございます。先生もおはようございます」
空が白み始めた頃、船長室から織姫を肩に乗せた勇が出てきた。
昨日の暁番だったフェリクスと挨拶を交わす。
「今日もアレですか?」
「あはは、そうです。何か一番の楽しみになってるかも」
「良いのでは? 実益を兼ねた趣味ですし」
勇が担いでいる棒状のモノを見たフェリクスが、手首をクイッとさせながらイサムに尋ねると、頭を掻きながら勇が笑顔で応えた。
「おはようございますっすー!」
「お、マツモト様は今日もか」
「なんじゃ、またこの面子か」
「おはようございます。これは皆さんお揃いで」
イサムが棒状のものと一緒に持って来ていた箱の中を探っていると、船室からさらに続々と人が出てくる。
甲板に集まったのはイサムに加えてティラミス、レベッキオ、エト、ヴィレムだ。
皆、勇と同じように棒状のものと箱や袋を手にしている。
「さてさて、今日はどうですかね?」
一足先に来ていた勇が、棒の先から垂れている何かを左舷からポチャンと海中へと投下した。
瑠璃猫号朝の風物詩となった、釣り大会の始まりである。
瑠璃猫号で釣りを始めたのは、釣り好きの勇だった。
夜間航行は危険なため仮泊するのだが、当直業務がある者以外は自由時間になる。
船内には談話室があるので、そちらで話をしたり簡単なゲームをしたりするのが基本だが、せっかく海の上にいるし貴重な生鮮食料を確保できる可能性があるからと、試しに釣りを始めた。
――と言うのは表向きの話で、実際はこの航海が決まった時点から、勇は釣りをする気マンマンであった。
その証拠に、地球の釣り道具を参考にした新たな釣り具一式を試作して持ち込んでいる。
釣りをするのは日の出前後の時間、釣り業界では“朝マヅメ”と呼ばれるゴールデンタイムだ。
夜から朝まで仮泊する事は決まっていたのだが、その朝の時間が丁度この朝マヅメの時間帯と被る。
勇が釣りをしようと決めた大きな理由の一つだ。
この世界でも、地域限定ではあるが釣りは行われている。
ちょうど勇の領地にあるメルビナの村はその対象地域で、釣り具の入手自体は容易だった。
とは言え木製の釣り竿に簡易な糸巻きをつけただけの簡素なものだ。
それでも釣りをする人間が少ないためある程度釣れるのだが、釣り好きの勇としてはもう少しちゃんと釣りをしたい。
そこで夜な夜な、釣り具の試作を始めた。
と言っても、竿と糸、針については素材ありきとなるのですぐに試作は終わる。
まず釣り竿だが、こちらはトレントと呼ばれる木の魔物の素材を使った。
移動する木のような魔物なのだが、太い本体ではなくそこから伸びる枝のような触手が釣り竿に丁度良かったのだ。
先に向けて細くなるように削れば出来上がりである。
糸についても魔物素材だ。
この世界では普通の木綿や麻の糸が使われているのだが、テグスと呼ばれるほぼ透明な釣り糸を使っていた勇としては気に食わない。
冒険者ギルドのロッペンにお願いして、何か良い素材は無いかギルドの倉庫を荒らした結果良さげなものが見つかった。
トビケラのような形、生態をした魔物「石編蜉蝣」の幼虫が作る巣の素材だ。
地球のトビケラ類の幼虫は水棲で、自ら出した糸で水中の小石で繭のような巣を作る習性がある。
石編蜉蝣もその名の通り同じ習性を持っており、巣を構成する糸が透明度、強度、そして長さ共に釣り糸に最適だった。
水棲なので、完全防水なのも都合が良い。
針は時間も惜しかったので、メタルリーチでワンオフだ。
量産する際には型を作って鉄なりで鋳造する事になるだろう。
唯一作り込んだと言えるのがリールだ。
この世界の物は竿に取り付ける糸巻き以上でも以下でもない。
浅いところであればそれでもあまり不都合はないが、深場ではせめて糸を巻き取る機能が無いと扱いづらい。
そこで作ったのが、地球ではタイコリール、ドラムリールなどと呼ばれている簡易なリールだった。
フライフィッシングで使われるリールもこれに近い構造だ。
円形の糸巻きの側面に、糸巻きを回転させるためのハンドルがついており、それを回すことで糸を巻き取る単純な構造だ。
簡易なストッパーが付いており、それで回転をロックする事で糸が出ていくことを抑える事が出来る。
リールの元祖のようなもので、今でも足下を狙って釣りをするのに使われているものだ。
ただし、広く使われているスピニングリールやベイトリールと違って、仕掛けを遠くへ投げる事には向かない。
もっとも今回は基本船からその足下を狙う釣りなので、すぐに作れるタイコリールで十分だろう。
そしてそのスピニングリールも、実はすでに開発には着手していた。
原始的なスピニングリールであれば、ベベルギアなどで回転軸を九十度ずらしてやれば割とすぐに出来そうなので、航海から戻ったら試作品は出来上がっているかもしれない。
「お? 掛かった!」
そんな釣り道具で糸を垂らしていた勇の竿に、早速魚が掛かったようだ。
ちなみに餌は生餌ではなく、小型のメタルジグのような金属製のルアーだ。
ククッと竿先が小気味よく引かれ、魚が泳ぐ感覚が竿を伝って勇の手に伝わる。
革手袋をした右手で竿を持ちつつ糸の出を抑えながら、左手でリールを巻いていく。
ストッパーはあくまで補助機能なので、こうして糸の出を調整する必要があるのだ。
「お、紅鯵だ」
やがて水面から、オレンジがかった二十センチメートルほどの魚が姿を現した。
主に沖合に生息する魚だからなのか、誰も正式な名称を知らなかったその魚は、地球の鯵に似た形で赤っぽい色だった事から紅鯵と名付けられていた。
「おお、お見事」
「おかずが出来たっす!」
ぴちぴちと跳ねるそれを、水の入ったバケツに素早く入れる勇に、隣で準備をしていたヴィレムとティラミスが嬉しそうに声をかけた。
紅鯵は中々に食味が良いので、釣れたらうれしい魚として、瑠璃猫号ではすっかりお馴染みになっていた。
「今日はブイに魚がついているっぽいので、そっちが狙い目です」
「了解だよ」
「狙い打ちっす!!」
準備を終えたヴィレムとティラミスが、勇のアドバイスを聞いて、船の脇に浮かんでいる直径一メートル程の物体のすぐ近くに仕掛けを投入した。
その物体は海面に浮かんでおり、そこから伸びたロープが左舷の手摺に結わえられていた。
よく見ると物体の下からも何本かロープのようなものが伸び、海中を漂っているのが分かる。
勇が“ブイ”と呼んだそれは、簡易なFAD――Fish Aggregating Devices――人工の浮き漁礁とでも言うべきものだ。
FADは地球でも漁に使われており、その原理は単純だ。
魚、特に回遊魚の中には、海面を漂う漂流物の下に付きやすい性質を持った魚がいる。
有名な所だと、マグロやカツオ、シイラ、ブリなどだろうか。
面白いのは餌となる小魚等がそこにいなくても居付く種類もいると言うところだ。
マグロやカツオがその典型で、逆にブリなどは漂流物があるだけではそこに寄る事は少なく、餌となる小型の魚がいる場合に寄ってくるそうだ。
出航後にそれを思い出した勇が、この世界でも効果がありそうだと在りもので作ったのが、現在左右両舷に一つずつ浮かんでいるブイである。
使い方は単純で、夕方に停泊した後、海へ浮かべておくだけだ。
果たして狙いどおりその効果は発揮された。
マグロのように小魚がいなくても居付く魚にはまだ出会っていないが、小魚が寄った場合、それを追ってくる中型魚がいる事が確認されている。
なお、初日はブイに灯りをともして投下していた。いわゆる集魚灯になるだろうという目論見である。
そしてその目論見は大成功。初日は小型~中型魚が入れ食いの様相を呈していた。
当然翌日も灯り付きのブイが投入されたのだが、ここで大問題が発生する。
魚と共に、魔物まで寄って来てしまったのだ。
考えてみれば、海洋性の魔物なので魚と同じような習性を持っていても当然なのだが時すでに遅し。
大わらわでどうにか退治し、それ以降ブイからは当然灯りが外され、念のため夜間は外に明かりが漏れないよう灯火管制が敷かれる事となった。
「おおっ? 掛かったっすぅぅぅわぁぁぁっ!!!」
その後もブイに寄った紅鯵をコンスタントに釣り上げ、そろそろ時合も終了かと言うタイミングで、ティラミスの竿が大きく曲がった。
突然の強烈な引きに危うく海へと転落しそうになるのをどうにかこらえる。それでも釣竿を手放さなかったあたりは、さすが一流の騎士と言ったところか。
「うぎぎ……、どんどん糸が出ていくっす」
「無理に巻こうとせず、指でテンションをコントロールしてください! ここからは根競べですよ!」
「り、了解っす!」
勇からの指示にどうにか返事を返すティラミス。
現代のリールのように、糸の出方を調整するドラグ機能などついていないので、人力で糸の出方を調整するしかない。
出し過ぎると巻いてある糸が尽きてしまうし、抑えすぎると糸が切れてしまう。
勇の言う通り、駆け引きをしながら魚を弱らせる根競べだ。
「なんだなんだ?」
「おおっ、すっげぇ竿が曲がってんなぁ」
「ティラミスちゃんがんばれ~っ!」
途中から勇もラインコントロールのサポートに入り五分ほど魚と格闘していると、起きてきた船員たちが甲板に集まってきた。
今まで見た事がない竿の曲がり方に、やんやの大歓声だ。
ドパァッ!
船から三十メートル程先で、大きな水飛沫が上がる。
バシャーーン!
水面を割って巨大な魚体が宙を舞い、再び大きな水柱と共に水中へと消えた。
「うおぉぉ、でけぇぞ!?」
「なんだありゃあ!」
「角みてぇなのがなかったか!?」
朝日に照らされた青緑色に輝く巨大魚の姿に、船上のボルテージが上がる。
(おおおぉっ! カジキっぽいぞ!! すげーーーっ! ブルー・マーリン編みたいだっ!!!)
その魚体を見た勇も、父親が持っていた少々センシティブなタイトルの釣りマンガを思い出して内心テンションマックスだ。
「うひぃぃぃぃ、ようやく弱ってきたっすよ……」
その後さらに二十分ほど。時々全身強化の魔法も使いながら格闘し、ついに相手が弱り始める。
「油断禁物です。ヴィレムさん、雷玉を!」
「了解~」
慎重に船へと引き寄せながら、ヴィレムから手渡された雷玉の投入タイミングを勇が窺う。
そして……。
バチチィィ!
船から五メートル程まで引き寄せたところで雷玉を投入、ついに大物との格闘に終止符が打たれた。
「はぁぁぁ~~~、疲れたっす!」
「「「「「おおお~~~~~~っっ!!!!」」」」
パチパチパチパチパチパチ
汗だくのティラミスが甲板に大の字で寝転がると、ギャラリーしていたほぼ全ての船員から万雷の拍手と歓声が巻き起こった。
魚との格闘中にエトに頼んで作ってもらった射槍砲の槍の先を換装したフックで、気を失った巨大魚を引き上げる。
これだけの巨大魚と三十分近くやり取りをしてついに切れることのなかった、石編蜉蝣の糸も大概だ。
甲板に引き上げられたのは、体長三メートルを超える巨大なカジキのような魚だった。
魚体は銀色をベースに背中側三分の一ほどがエメラルドグリーンに光り輝いている。
そして最も特徴的なのが、二本の角のようなものだ。
一本は地球のカジキの吻と同じように口から生えているが、もう一本は頭から生えていた。
「う~~ん、フタツノカジキ、ってところかなぁ」
ひとまず甲板に横たわらせた巨大カジキもどきを眺めながら、勇がそれっぽいネーミングをする。
ここまで大きいと解体に時間がかかりそうなので、血抜きだけした後氷魔法で作った氷を盛って朝食を優先させようというのだ。
「うにゃっ!」
「なーーん!」
「みゅみゅっ」
すっかり昇った朝日に照らされた美しい魚体の角やヒレで、織姫やにゃんずたちが楽しそうに遊ぶ声が、甲板に響いていた。
なお、今日をきっかけにすっかり釣りの虜になったティラミスは、その後もますます釣りにはまっていく。
そしていつしか、この世界初の釣りガールとして王国中に名を馳せることになるのだが、それはまた別の話――
◇
「う~~ん、マツモト様、こいつぁ避けるのは難しそうですぜ……」
マスト最上段の物見から降りてきた男が、勇へと報告する。
男の名はカッサノ。元シャルトリューズ領の船乗りで、瑠璃猫号の船員にすべく勇がリクルーティングした人材だ。
操船技術は練習やレベッキオのノウハウでどうにかなるが、海の事についてはそうはいかない。
海流や風、そして天候についてだ。
そのあたりのノウハウを持ち込んでもらうため、海洋貿易船に乗っている人員が必要だった。
派遣してもらう手もあったが、これ以上シャルトリューズ家に技術流出させるのは憚られたので、引き抜くこととなったのだ。
もちろんシャルトリューズ侯爵には一報を入れている。
暗に「ある程度の技術は公開しただろ」と匂わせたためか、特に問題視されることは無かった。
そんなカッサノがマストの上から見ていたのは、進行方向の空模様だ。
二日に一度の割合で、魔法巨人の頭部を搭載した気球を打ち上げて観測をしているのだが、今朝の観測でイーリースが不穏な雲を発見した。
カッサノは魔法巨人を操作できないので、注意点を聞いたイーリースが再び観測、その結果とこの船で一番高い所にあるマストの物見から、詳しく観測してもらったのだ。
その結果……
「このあと、嵐になりやす」
航海に出て十日。文字通りの暗雲が、瑠璃猫号に迫っていた。
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週1~2話更新中。
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