●第270話●船の上の日常
軽い飯テロ回
「やった! やっぱりお肉だ!!」
「ガハハ、おめぇは陸でも海でも肉ばっかだな」
自身の予想が当たった事に大喜びするマルセラ。
その様子を見ながら、焼き上がった肉を次々と皿に盛り付けていくバルボの顔も嬉しそうだ。
本日のメインディッシュは、塩漬けのボア肉を塩抜きして焼いたソテーに、少し酸味を利かせたマスタードソースをかけたものだ。
魔法コンロを改造して作ったオーブンでじっくり焼くことで、固くならないように工夫されたバルボの自信作である。
地球の大航海時代でも、日持ちのする塩漬け肉は船上のメイン食材の一つだった。
しかし真水が貴重だったので、何度も水を交換する塩抜きをする事はほとんどなく、スープ等に入れるのが一般的だ。
ガッツリ塩抜きをしての焼き戻しは、真水を文字通り湯水のように使える瑠璃猫号ならではのメニューと言えるだろう。
「ほらよ。付け合わせのポテトサラダもちゃんと食っとけよ!」
「はーい」
「あ、ポテサラ作ったんですね」
「おお、これはイサム様。そうなんでさぁ。教えてもらったマヨネーズってのがあまりに美味いもんで、卵が新鮮なうちに使ってみたんでさぁ!」
ソテーの脇に添えられた白っぽい塊を見て呟いた勇に、バルボが答える。
この世界でも卵は食材としてはポピュラーだ。
さすがに地球の卵程リーズナブルな食材ではないが、他の家畜類と比べて飼育に必要なスペースが狭くて済むため、庶民でもたまに口にする程度の価格帯である。
しかし生食する文化は無く焼くか茹でて食べるため、マヨネーズは存在していなかった。
勇は特にマヨラーと言うわけでは無かったが、せっかく自領の特産が菜種油なのだからと、少し前に試作していたのだ。
その作り方を教わったバルボが試しに宿舎で騎士や兵士たちに提供したところ、たちどころに評判となり、マツモト家騎士団秘伝の調味料と相成った。
卵は加熱前提であれば三週間程度は日持ちがするため、少量を持ち込んでいた。
マヨネーズにするなら早いうちが良いという事で、三日目の今日に使ったのだろう。
殻に菌が付着している可能性があることと、その菌が酸に弱いことまでは勇も知識としては知っていたので、念のため使用直前に酢で殻を洗ってから使用している。
「やった! 今夜は肉っす! あたしはゴハンでよろしくっす!!」
「はいよ~」
後から食堂に入ってきたティラミスも、メインディッシュが肉だった事に喜ぶ。
そして主食にご飯をオーダーした。
瑠璃猫号の艦内食の特徴の一つが、この選べる主食だ。
朝昼は決められた一種類だが、夕食だけはパンかご飯を選べるのである。
米は、今年初めて本格的に栽培を開始した桜米の収穫・乾燥がギリギリ間に合ったため、勇たっての希望で持ち込んでいたものだ。
なお、米は研いで炊くのに多くの水を使うので本来は艦内食との相性は最悪なのだが、魔法具&魔法万々歳といったところだろう。
主菜、付け合わせ、主食、それにスープと柑橘類というのが、瑠璃猫号の夕食メニューとなっている。
柑橘類は壊血病予防のためにも意識的に取り入れるようにしていた。
もっともイモ類や野菜類もあるため、そうそうビタミンCが不足する事は無いだろう。
今回の船旅用に積み込まれた食料は、大きめの木箱三十箱と樽が十二樽程である。
一番多いのが主食となる小麦粉と米で、全部で七樽だ。
続いて主食にも主菜にも出来る豆類が二樽、たんぱく源の干し肉や塩漬け肉、干魚が三樽と四箱。
チーズが三箱に、イモ類が十箱、玉ねぎ、人参、カボチャなどの日持ちのする野菜類が計八箱、そして柑橘類が五箱だ。
これは四十余名の船員が四十日間は余裕をもって三食食べることが出来る分量なので、三十日を想定している航海としては妥当な量だろう。
その他に前述の卵や調味料、酒類などが船倉と冷蔵箱に格納されているのだが、冷蔵箱だけでなく船倉にも魔法具が使われており、食料の保存状態を飛躍的に向上させていた。
中近世の木造船における、食料保存最大の敵は何だったのか?
それは、ネズミと湿気である。
この二つに対応する事が出来なかった頃の船内の食事は、かなり酷いものだったと言う。
まずネズミについてだが、こちらはイメージを思い浮かべやすいだろう。
船に限らず世界中のいたるところで被害を出す奴らは、農耕を始めて以来人類にとっての大敵として君臨し続けている。
その上、食料だけでなく船内の木製部品やロープなど何でも齧る上、さまざまな菌を媒介する厄介者でもある。
そんなネズミを退治するため、古くから船内では猫を飼う事が多かった。
いわゆる”船乗り猫”というやつである。大航海時代以降、欧州の猫が世界中に散っていったといわれる所以だ。
有名なアメリカンショートヘアーという猫も、イギリスから持ち込まれた織姫と同じブリティッシュショートヘアーが先祖であると言われている。
欧州だけでなく、日本でも昔から船で猫が飼われていたのは面白い点だ。
猫は、世界各国で船乗りの神様として大切にされているのだった。
そして瑠璃猫号には、文字通り猫の神様とその仲間たちが乗船している。
暇つぶしの良い運動だとばかりに彼女らが狩りをしてくれるので、ネズミに困らせられる事はないのであった。
湿気については、その構造や運用環境を考えると、おおよそ船には最悪の条件が揃っていると言っても過言ではない。
まずそもそも海の上に浮かんでいる時点で、地上と比べて湿度が高い。
この時点でいきなり負け戦のようなものなのだが、こればかりは如何ともしがたい。
二点目にあげられるのは気密性だ。
船は外部からの浸水を防ぐことが必須条件となるため、基本的に密閉された空間になりやすい。
甲板上の船室であれば外気を取り込むための窓を設ける事も出来ようが、倉庫として使われる下層部分は喫水の下、常に海中にあるので開口部を作れないのだ。
しかも木造であるが故に完全に気密する事が出来ないため、中途半端に密閉されている上、水が入り込む、という二重苦となってしまう。
そして三点目。意外な盲点であり最も恐ろしいもの――結露だ。
前述の通り、船倉は船底に近い下層に設けられることがほとんどで、板を隔てた船外は海の中である。
海水の温度は余程の例外を除き気温より低いため船体が冷やされ、船内の気温差によって内壁が一日中結露してしまう。
すると壁板や床板が常に濡れた状態となり、置いてある箱なども湿ってしまう。
カビの温床にもなり、あっという間に倉庫内のもの全てが駄目になるのだ。
これらを解決するのに、勇の開発した魔法具やその産物が大活躍する。
最初にやったのは、外壁の内側に内壁を設けた上で、その間に断熱材として保温石を貼り付けた事だ。
土の魔法具で生み出した、発泡ウレタンもどきの軽石のようなアレだ。
これだけでも随分と結露を防ぐ事が出来るが、加えてさらに内壁一面に熱の付与を施した。
熱の付与は魔力量により温度調整が可能なので、極微量の魔力で内壁を室温より少しだけ高い温度に加熱してやる。
そうすることで結露を防ぐのだが、副次効果として防臭やネズミの忌避にもつながると言うオマケまでついてきた。
そしてもう一つが、繰風球を活用した常時換気のシステムだ。これは船倉だけではなく艦内全体に施している。
空気が対流しないと湿度の高い重たい空気は船底に溜まりやすいため、艦内の空気を甲板方面へ、外気を船底方面へ緩やかに流れるように繰風球を配置した。
これらの施策に冷蔵箱を組み合わせることで質の高い食料保存システムを構築する事に成功、食事レベルの著しい向上に繋がっていた。
◇
「にゃっふ!」
げしっ
「うわっ!!」
どすん
夕日が水平線に沈みゆく甲板で、何人かの男たちが小さな影に翻弄されていた。
「ドラス、足下には常に気を付けろと言っているだろうっ!」
「す、すみません!!」
その様子を見ていたフェリクスから叱責が飛ぶ。
ドラスと呼ばれた男以外も似たり寄ったりの様子だ。
「にゃーふー」
まだまだね、と言わんばかりに、今しがた尻尾の一撃でドラスの足元を掬った織姫が、その尻尾でテシテシとドラスの頬を叩く。
「オリヒメ先生、もう一戦お願いします!」
すぐに立ち上がったドラスが、織姫に頭を下げる。
「うにゃっ」
いいわよ、とでも返事をしたのか、すぐに織姫との再戦が始まった。
何をしているのかと言うと、夕食前後の時間を使った戦闘訓練だ。
夜間は基本的に停泊するため、手の空く者が増える。
加えて航行中と違って突発的な揺れが無くなるため、比較的安全に甲板上で動くことが出来る。
身体が鈍るのを防ぐための運動をするにはもってこいの時間なのだ。
「やはり騎士の皆さんと比べると、動きに隙がある感じですね」
甲板の外周をジョギングして戻ってきた勇が、フェリクスに声をかける。
「こればかりは仕方がありませんね。彼らも職業軍人ではありますが、訓練に使える時間も我々より少ないですし」
模擬戦の様子を見たまま、フェリクスが答える。
現在織姫をはじめとしたニャンずと模擬戦を繰り広げているのは、ドラスをはじめとしたマツモト領の兵士たちだ。
フェリクスの言う通り、彼らも市民兵ではなく専業の職業軍人である。
厳しい試験がある騎士とは違い、年齢条項と最低限の筆記試験と体力検査に合格すれば入隊する事が出来る。
騎士は最高戦力ではあるのだがいかんせん人数が少ないため、領地の治安維持の主役は彼ら兵士たちだ。
そんな彼らの業務は多岐に渡る。
街や村の治安維持はもちろん、領内の巡回や魔物の討伐、街道などのインフラ整備等々、一日中忙しく働いている。
そのため、入隊後最初の数ヶ月間行われるブートキャンプでによる集中訓練以降、シフト制で週に二日ほど実施される騎士との合同訓練以外に公的な訓練時間がない。
騎士達にほぼ毎日訓練の時間がある事を考えると、元の素養以上に練度に差が出てしまうのは仕方が無い所だろう。
なお、今回連れてきた兵士たちは、先々必要になってくるであろう水兵の一期生になることを想定している。
狭くて揺れる船上での戦い方や、効率の良い動き方を模索する模擬戦は、陽が水平線に隠れるまで続くのだった。
◇
「はぁ~~~~~、運動後の風呂は最高だなぁ」
「……にゃふ」
甲板船室の屋上、第二甲板とでも言うべきそこの一角に作られた、衝立のような壁で隔てられた場所から、勇の声と織姫の声、そして湯気が立ち昇っていた。
「しかし遠征、それも海の上でまさか風呂に入れるとは、いまだに信じられません……」
「ええ、むしろ家にも風呂なんてないですからね……」
勇と共に湯に浸かっている二人の兵士が、少々緊張気味に言う。
領主と同じ風呂に浸かっているのだから仕方がないだろう。
ここは、勇たっての希望で瑠璃猫号に作られた露天風呂だ。
普段はフラットなのだが、第二甲板の床板の一部を外せるようになっており、そこから湯舟が出てくる。
外した板でそこを取り囲むように設置すれば、露天風呂の出来上がりだ。
脇にはテントのようなものが簡単に組み立てられるようなっており、そこが脱衣所になる。
混浴、と言うわけにもいかないので、日替わりで男女を入れ替えていた。
地下船室にもシャワー完備の風呂があるのだが、どうしても星空を見ながら風呂に入りたい勇が、この世界の風呂好き一号であるエトと共に作り上げた渾身の仕掛けである。
「あはは、まぁ私の趣味みたいなもんだからね。それに一日中海の上にいると、どうしても潮風で体中がベタつくからね。ほら、姫も身体だけ拭くよ」
「……なーーふーー」
そんな二人に笑って答えた勇が、きつく絞った手ぬぐいで織姫の体表を撫でていく。
べた付くのは嫌だが風呂も好きではない織姫は、実に微妙な表情だ。
「……よし、きれいになった。じゃあ私は上がるから、ゆっくり楽しむといいよ。あ、のぼせないように気を付けるように」
「「はいっ!」」
そう言って織姫を小脇に抱えて風呂から上がった勇は、着替えた後しばらく甲板で火照りを冷ますと、船尾にある船長の私室へと向かった。
「ふぅ、いい湯だったな」
四畳半ほどの部屋の多くを占めるベッドに腰掛けて独り言ちると、小さな戸棚から金属製のカップを取り出した。
『凍てつく空気を纏いしこの手には、冷涼たる氷の礫がもたらされん。氷弾』
かららん
カップに指先を向けて魔法を唱えると、ピンポン玉サイズの氷が二つカップへと滑り込んだ。
ガチャリ
今度はベッド脇にある小型の冷蔵箱から、半分にカットされたライムに似た柑橘を取り出すと、ギュッと絞ってカップへ入れる。
そして同じく冷蔵庫から透明な液体が入った瓶を二つ取り出した。
その内の小さい方の瓶から、少量の透明な液体をカップへ注ぐ。
何とも言えない香り――日本人なら病院っぽいと感じる――が一瞬鼻を刺激する。
続けて大きい方の瓶から水を注ぎ入れ、最後にマドラーで数回かき回した。
「くぅぅっ、美味い」
うっすら水滴の付いたカップからよく冷えた液体を飲んだ勇が、目を瞑って小さく首を振りながら思わず唸る。
「ほぼウォッカだな、やっぱり。こうやって割って飲むと美味しいなぁ……。炭酸水が欲しいところだ」
そんな事を言いながら小さい方の瓶をカンテラの明かりにかざしてゆっくり揺らす。
ウィスキーを仕込む際に一部をさらに蒸留して作ったウォッカもどきである。
実験的に何種類かの果実酒を漬ける傍ら、こうして割って飲むために船に持ち込んでいたものだ。
一段アルコール度が高くなっているので、少量を持ち込むのには都合が良かったのだ。
その後もゆっくりカップを傾けながら航海日誌を書いた勇は、明かりを消してベッドへと潜り込む。
ちゃぷちゃぷという微かな水の音と、僅かに聞こえる木の軋む音だけが世界を満たした。
こうして瑠璃猫号の一日は、今日も終わりを迎えるのだ。
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