食べていいのは、食べられる分だけ取れる人だけですわ
鋼の巨人が鍋を振るう、一心不乱にふるい続ける。炒められる具材たちがより混ざっていくようにするために。
正直なところ、この光景は私にとっては想像すらできない姿だった。
だって、聖機士はどこまで言っても兵器に過ぎなくて、それで料理をするなんて考えもしなかったから。
「……まさか聖機士で料理をするとはな」
ウィリアム王子も同様の意見だった様子で、だけど視線は驚きよりも関心といった様子。
それもそのはずでしょう、リーリエ様の操る聖機士の動きの一つ一つは、まるで職人の手作業のように繊細かつ正確な代物。
スケールを人間のモノに合わせれば、史上最高峰の料理人の動きと言っても過言ではありません。
「だが、デモンストレーションとしては上出来じゃあないか? お飾りの貴族ではなく、貴族としてすべきことができる貴族であると示している」
それはアレックス王子の言葉、最前線の戦場帰りという経歴からか、ウィリアム王子以上に、リーリエ様の操縦を見つめていました。
「アイビー、お前が学園の卒業後どうするのかは知らない。聖機士の担い手に必ずしもなる必要はないからな」
隣に立っている私に対して視線を向けた彼は、じっと私の顔を見てそう口にしました。きっと分かっているのでしょう。私が学園に来ているのは、聖機士が使えるからであって、来たくて来ているわけではないということを。
別に聖機士になど興味は無くて、それこそ普通の生活をして、普通に良い男性と結婚して、普通に子どもを産んで、普通の幸せを手に出来ればそれで十分と考えていることを。
だからこそ、彼は私に対して言葉をぶつけてくるのでしょう。
「だけれども、聖機士を操る道を選ぶんだったら、あいつを手本にしろ」
そう告げた彼は、リーリエ様の操る聖機士の右手を指さして―。
「あそこ迄繊細な動きができるなら、戦いができなくてもお前の未来はそう困ることはないはずだ」
卵のケースに指を伸ばしている姿が目に移りました。
ごくごく一般的な鶏の生卵、料理に使うのだと考えれば普通のことではありますが、しかし伸びる指のサイズは決して常識的なものではありません。
卵何て、それこそひ弱な子どもであっても簡単に割れてしまう代物です。
人間とは比べ物にならないパワーがある、そんな聖機士の指で挟めばそれこそ簡単につぶれてしまうはずで―。
「……すごい」
リーリエ様は、同時に三つの卵を指の間に挟んで持ち上げて見せました。まるで傷一つ付けずにできるというのは、それこそ驚異的な調整と言えるでしょう。
「正直なところ、前線帰りなんて言われている俺だが、同時にあの数は俺でも無理だ」
彼の言葉は一つの尊敬の念とでも言うべきものなのでしょう
「アレックスは豪快だからね、繊細さとは程遠いから仕方ないさ」
そんな彼を茶化すように、しかし方向性が違うだけだと自慢するようにウィリアム様は口にします。
「だけれど、確かにあの動きができるようになれば、将来の仕事で困ることはまずないだろう。それこそ救助隊なんかには引く手数多だろうさ」
その上で、リーリエ様の動きを賞賛しつつ、彼は私の生き方の一つについて提案していただきました。
『救助隊』
聖機士を使った仕事の一つで、災害などの復興支援や危険地帯に取り残された人を安全な場所に運ぶ仕事。
「卵を割ることなく持ち上げられるということは、人間を傷つけずに持ち上げることにもつながる技術だ、本来そういうことはしない方がいいけれど、できるのならばできるようにしておいた方がいい」
戦うことなんてしたくはないけれど、それでも乗らなければならないと考えていた私にとっては、希望の光にも感じられて、もしかしてこのパーティーで態々こんなことをしているのは、リーリエ様がそこまで考えてのことではないのかと思えてなりません。
「っと、どうやら出来たらしいな」
私が少し考えていれば、どうやらリーリエ様の活躍は終わったご様子。
私が見たことも聞いたこともないような、なんとも不思議な料理が大きな机の上でふるまわれようとしていて―。
「さて、食事の前に二つ、私から皆様へ大切なお話があります」
コックピットから顔を出された少女の姿が目につきました。
言うまでもありません、あの方は―。
「さて、まず食事を手に取る前に私から皆様へのお願いがあるのです」
普段とは異なって、豪華なドレスを着飾ってはいますがリーリエ様その人。愛機に乗っているのだから当然の話ではありますが、それにしても学園のいる時とは、見た目の雰囲気がまるで異なります。
「前線の兵士たちや、その近くで暮らしている人々は食事も満足に取れない時もあるのです。ですから、この場で私が作った料理について、一つ大切なルールを設けさせていただきます」
そう柔らかい声色で口にしたかと思えば、その次の瞬間。学園にいる時の彼女の雰囲気に近いモノに変わっていきます。まるで纏っている空気が変わったとでも言いましょうか。
「本日の料理はビュッフェ形式ですが、私の手料理を食べていいのは、食べられる分だけ取れる人だけですわ。取った分は絶対にお残しは許しません、良いですわね!!」
まるで鬼神か、それとも魔界の大魔王か、なんて形容詞が付きそうなほどに覇気に溢れた、力強い言葉はこの場にいた貴族たちも、ぴしっと背筋を伸ばしてしまうほど。まるでこの世に地獄を顕現させるのではないかと思わせるモノでした。
その様子を見て満足したのでしょうか、先ほどの通りやわらかい雰囲気に戻っていけば、にこりと笑いこちらの方を見て手招きをして―。
「主役には早く出てきていただかないと、私困ってしまいますわよ。これは私のためのパーティーじゃなくて、貴女のためのパーティーなのですから」
早くこちらに来いと催促をしてきました。
あぁ、これこそがリーリエ様です。
「それでは、私が学園に行って出来た友の初陣にして初勝利を祝うパーティーの開催を、主役に宣言していただきましょうか」
私も小走りで彼女の下へと向かえば、聖機士の掌に載せていただき、高いところから会場全体を見回し、自分が立っている場所がそれはもう不相応に感じられて―。
「しっかりと頑張って見せなさい。貴女の人生は貴女が主役なんて陳腐なことを言うつもりはありませんが、適当言ってれば皆都合がいいように考えますわ」
この人は本当に、支えてくれていた。