もう一つの日常
前書きカード紹介第八弾。今回は伊香保卯月対篠崎隼人戦で使われたカードの紹介です。
ジュエルウィッチ・クアロシリカ
天属性魔法使い族の魔法転移モンスターです。
魔法転移条件は5ターン目以降、HP170以上ジュエルウィッチモンスター1体となっています。
効果は全部で四つあり、一つ目は魔法転移召喚に成功した場合に、墓地か封印からジュエルウィッチ一体を回収する誘発効果。ラピスが鉱石魔術、こっちがモンスターのサルベージですね。
二つ目は、自分のターンに鉱石魔術が発動した場合に、対象をとってバックを剥すことの出来る誘発効果。この効果の対象になった魔法カードは発動出来ないので、少なくともそのカードにカウンターされる心配はないです。
三つ目の効果は、相手ターンに鉱石魔術が発動した場合、手札、手元のカードをコストに、フィールドのカードを破壊する効果。単純に妨害としても使えますし、除去にも使えます。
ただし、コストはジュエルウィッチモンスター一体と鉱石魔術一枚の二枚を使うことには注意です。
最後の効果は手元かフィールドから墓地へ送られた場合にデッキからジュエルウィッチ一体を墓地へ送る効果です。
鉱石魔術の墓地効果はジュエルウィッチを要求するので、コストの捻出としても使えると思います。
近頃皐月はなんとかという男に夢中らしい。名前は忘れた。興味もない。
その男に会うために今日は卯月まで巻き込んだ。
誰が誰を好きになろうと勝手だし別に気があるわけでもなければ面白くないという事でもない。
ただ、周りを巻き込むのは程々にしてもらいたいだけだ。
「はぁ……」
「ゆーり。どうしたの?」
声をかけてきたのは僕の隣でくつろいでいる水無月かえでという女の子。
「別にどうもしてないよ。ただ皐月の事を考えていてね。なんとかって男にお熱なのはいいけど、あんまり周りを巻き込まないでほしいな、と」
「周り。弥生?」
中らずと雖も遠からず、図星と言えば図星というので笑ってしまう。
苦笑いだけど。
「ゆーりにとってそれは邪魔なの? 敵なの? 殺す? 命令して。かえで、喜んで殺しに行くよ?」
「さあ、わからない。情報が少ないからね。だからだめ」
「わかった。まだ殺さない」
かえでがゆっくりと抱き着いてくる。
いつもの事だけどあまり弥生には見せたくないし見られたくもない。
離れろと、たった一言呟くだけで離れてくれるだろうけど、その一言を呟く勇気すら僕にはなかった。
かえでの柔らかさや温もり、匂いが惜しいわけでもこの状況に酔い痴れているわけでもない。
ただ僕が、臆病で強欲で怖がりだというだけのことだ。
抱きしめたくなることもある。それでも僕がそれをするわけにはいかない。
「ゆーり……。かえでじゃだめ? どうしてもだめ? かえで、なんでもするよ? どんなことでもするよ? だれだってころすよ? かえでは……、弥生の代用品にもなれないの?」
「かえで……。かえではかえでだろ?」
頭をゆっくりぽんぽんとすると、僕の服を掴んできた。
好意を持ってくれるのは嬉しいけど、僕はそれに答えられない。
それは、裏切りだから。
理性ではわかっている。わかっているけど拒めない。
理性よりもっと奥の方、本能からくるもっと原始的な部分がこの娘を、僕が、求めているような気がする。
だからといってかえでに手は出せない。
手を出せば、間違いなくはまってしまうのは目に見えている。
いつ消えるか、そもそも消えるかもわからないこの思いを感覚を、表の僕が抑えておくしかない。
かえでは自分の事を弥生の代用品と言ったけどそれは違う。
目を閉じて大きく息を吐くと何となく眠気を感じた。
目覚ましなんかかけなくても二、三十分程で目は覚めるだろう。
仮眠を取り始めて幾らか時が過ぎた頃、玄関のドアが開く音で目が覚めた。
時計を見ると十分、十五分程しか経ってないみたいで、もう少し、それこそ後五分程寝ていたかったような気もする。
「よう。悠里とかえで……、だけみたいだな」
部屋に入ってきたのは、僕より背が高くて明るい雰囲気の青年だ。
帰りにスーパーへ寄っていたらしく、大きく膨らんだレジ袋を提げている。
「そっちこそ一人か、睦月」
「まあな。それより悠里」
「ん?」
「あんまりべたべたしすぎてるとさ、弥生に怒られるぞ」
ごもっともな忠告ありがとう。一応、わかってはいるのだけど。
「睦月、皐月の男、名前、覚えてるか?」
「皐月、男、あー、なんつったけな。割と普通な名前だよな、確か。もっとさ、万事屋宇兵衛門だとか、塞翁菊太郎みたいな名前だったら聞き直したりするだろうし記憶に残るんだけどな」
「そうか、そうだよな。僕も最初は気になんかしていなかったし、仕方ないか」
最初はとつけたけど、今だってそこまで気にしてない。
「聞けばすぐだけどな。皐月に」
「わからないならそれでいい。少なくとも、今はまだ」
「篠崎隼人?」
聞いた方とは違うところから答えが返ってきた。
「ああっ、そんな名前だったかもなっ。ってか悠里、俺に聞いたのにかえでには聞いてなかったのか」
「……まあ、そういうこともあるさ」
「ゆーり、やっぱりそれ、殺す?」
かえでは左腕につけたB.S.D.、バトルシステムデバイスを見せてくる。
バトルフィールドにいなくてもモンスターを実体化させ、ライフシールドを展開できる装置だ。
「殺さない。少なくとも、今はまだ」
「ま、ひとまず様子見だな。俺にもわっかんねえんだよなあ。なんであいつあんな興味持ってんのか」
「皐月はきっと、男なら誰でもいい」
「おいかえで。お前皐月の事なんだと思ってんだ」
睦月、僕も同じことを思ったよ。
「……。かえでは眠い。ゆーり。かえで、もう寝るね?」
「おやすみ」
ゆっくりと奥の部屋へ歩いていき、静かにドアが閉められる。
と思ったら少しだけ開いて、隙間からかえでが顔を出した。
「ゆーり。かえでのこと、襲ってもいいよ」
少なくとも、今の僕にそんな気はない。
黙ってかえでの顔を見続ける。
「おやすみ、なさい」
「おやすみ、かえで」
今度こそドアは閉められた。はずだ。
「モテモテだな、お前。あいつに弥生と」
「嬉しくないわけじゃない。まあ、嬉しい。二人ともかわいいからね」
「お、悠里君がでれましたよ」
「やめろ」
素直に言っただけなのに、そう言われると途端に恥ずかしくなり、それを悟られないように、不愛想に返す。
少女、水無月かえではただ静かにドアに凭れかかる。
彼女の想い人には恋人がいる。たったそれだけのことが大きかった。
小さな溜息が漏れる。
彼のためなら何でもできる自信があった。
望まれれば体も許す、人だって殺す。死ねと言われれば自分も殺せる。
大切にされていることくらいはわかっていても、本物じゃないという事実がかえでを悩ませ苦しめる。
今さっきまで仮眠をとっていたはずなのに瞼が重く、欠伸が出た。
二人に寝る、と言ったのは一人になりたかったというのもあるが、純粋に眠たかったからだ。
ベッドの前まで行き手をつくと、四つん這いになってベッドの上を進み、真ん中あたりで倒れる。
かえではここしばらくの間外に出ていない。出る用事もなければ出る必要もない。
「篠崎隼人。ゆーり、困らすなら、かえでが殺さないと」
B.S.D.を外して身体を丸める。
「ゆーり。おやすみなさい」
その言葉と共に、少女の瞳は閉じられた。