第80話「避けられぬ死」
前回のあらすじ……。
担当:アスロック・タリスマン。
ほっほぉ、あらすじ、とな?
しょうがない、ワシが担当するとするかの。
ワシが外出しておった時、珍しくワシを探す男が家の前にいた。
脅かしてやろうと鉄の棒を付き付けたらまんまと引っ掛かったわい。
中へ招き入れて話を聞くと、色々まずい事になっとるようじゃった。
じゃが、じゃからこそワシら賢者がやすやすと手を結んではいかん。
ワシはあの男を信じて、ここは身を引いておく事にした。
――サリー島――
「ハッハッハァ! ごめ~ん! やっぱこのボート、1人が限界だわ~! それじゃっ! お達者で~~!!」
ニッとウザい笑みを零しながら、オレはボートで夜の海へと逃げ去った。
ふぅ……にしても、まさかこんな所でラインの息子に出会うとはねぇ。
小さい頃遠目で何度か目にした事はあったが、あれから変わってないもんだ。
にしても、ほんとラインにそっくりだな。
特にあのツッコミとか。
にしてもなんであんな場所へ降ってきたのか非常に気になる所だが、正直アークと会うことに驚いた反動で過剰にふざけ過ぎてすっかり聞くのを忘れてしまった。
……よくよく考えたら酷い事したかねぇ?
まあきっとタリスマンのジジイが見つけてなんとかしてくれるはずだ。
荒波の中そんな事を考えつつ必死にボートを操作していると、ふとテレスが鳴っている事に気付いた。
「もしもし?」
『こんばんは、ジルド・クロームド。王都軍戦略情報部、ヴィクトリア・マクラーレンだ』
電話の相手はノウスフローク北方軍基地で知り合った王都軍のスパイだった。
『首尾はどうだ?』
「駄目だ。注意は促したが、仲間にはなってくれなかった。そっちは?」
マクラーレンの方は、確かザイルと騎士団に繋がりが無いか調べていた筈だ。
『こっちは……予想以上の大物が釣れちまった』
「なに?」
『予想は当たっていた。サファールと繋がりがあるのは恐らく、帝国騎士団直轄の研究機関、第六魔法研究所の所長ローランド・ワインバーグという男だ』
第六魔法研究所……?
確かに騎士団は国立の研究所を持っていてそこで古代兵器や魔法の研究をしているが、オレの記憶だと第五までしか無かったはずだ。
その事を聞くと、
『当然だ。第六は表沙汰にしちゃヤバい研究をしてるって話だからな。場所は最北端、ウイングツリー氷原の地下』
「文字通り国の最北端だな。そりゃ人目に着かないわけだが、そんな情報をどこで?」
一番気になるのはそれだ。
マクラーレンは国にとっては敵国のスパイだ。
いくら俺が軍部に無関係だとしても、初対面である以上易々と信じてはいけない。
スパイと言えば、嘘を付き通す事などお手の物だろうしな。
『待て。それ以上は直接会って話がしたい。今どこにいる? 雑音が凄いが……』
「今は荒れた海の上だ! 港に着いてからまた連絡――うおぉッ!?」
テレスで話しているうちに、ボートが傾き、波によって半身が水没してしまった!
話してる場合じゃねぇ!
オレはテレスを懐に投げ入れるようにしまい、急いで舵を取る。
しかし、海は更に荒れ、波がボートを飲み込んだ。
オレはそれでも舵にしがみついていたが、いつの間にか意識は無くなっていた。
――――
気がつくとオレは岸壁に打ち上げられていた。
岩肌にうつ伏せになった体を起き上がらせる。
体が酷くダルいが、オレはまだ生きていた。
立ち上がり、磯に寄りかかりながらボーっとした頭で考える。
オレは確か、マクラーレンとかいう男の頼みでサリー島に行って、その帰りにボートに乗ってきたら急に海が荒れて……。
ああ、なるほど、記憶補完完了。
というか、ここはどこだ?
今は何月何日の何時なんだろうか?
つーか寒い、服が濡れているので凍える。
しかも腹が減って……マジで死にそうだ……。
現状が全く分からないで途方に暮れていると、テレスが鳴っている事に気づく。
マクラーレンか?
一向に連絡を寄こさないんで痺れを切らしたのか?
『阿保ぅ。やっと出よったか。何回鳴らしたと思っとんねん』
……ああ、この変な言葉はワルキスか……。
「げほっ、げほっ。あ~、声やばい……」
海水を飲んだせいか凄く声がガラガラだった。
『あ~、やけに海をただよっとると思ったら溺れとったんかい。よく生きてんのぉ~』
ノンキな声でワルキスは言う。
「なんで知ってんの? まさかどこかで見ていたとか?」
まさかな。
見ていたんなら助けてほしかったぜ。
『いや、ジブンに話しても分からへんって。それより、ベルナールの嬢ちゃん、こっちにホンマに来よったで。それとシュナイザーの坊っちゃんもなぁ』
そのワルキスの発言にオレは驚愕した。
「はぁぁ!? お前本当にバイアル中海の暗礁流域の船に住んでたのか!?」
ホントあれは諦めさせる為だけに言ったのに!!
いや、服装からしてグラウディーナ号艦隊が好きそうなのは分かったけど、というか、あれはもう何百年も前の話で、そもそも船が存在してる筈が無いのに……。
『ジルド・クロームド。世の中には、知らん方がええ事もあるモンや』
声色が変わった。
いつもの胡散臭い口調ではなく、声の中に刃物のような鋭利さをオレは感じ取った。
“これ以上聞くな”そう暗に言っている。
『ワシが言いたいのはそこや無い。サリー島で、アーク・シュナイザーとザイル・サファールが接触したで。しかも、アスロック・タリスマンはジブンが出て行ってからすぐに殺されとる。もちろん、ブラストレイズも取られとる』
――馬鹿な!
タリスマンのジジイが……殺された!?
しかも、あの後すぐに!?
……クソッ、何のために忠告したんだよオレは……。
その上、ザイルとアークが会っただって!?
「じゃあ……もしやアークも……」
嘘だろ……。寒気がする。
だが、賢者を殺せるザイルに、アークがかなう筈も無い……。
『シュナイザーは生きとるで。言ったやろ? さっきここにシュナイザーが来よったって』
ああ、そう言えばそうだった。
「んじゃアークはザイルに見逃して貰ったの? それとも、そもそも会っただけで戦わなかったとか?」
『いや、シュナイザーはブラストレイズ『ラプター』を持っとった。その力を発揮して、なんとか瀕死で生き残ったらしいな。さすがは賢者の息子や』
ラインが使っていたあのブラストレイズか……。
そう言えば、ザイルと戦ったあの日、ラインはラプターを家に置いてきたと言ってたな。
それがアークの手に渡ったという事か……。
『シュナイザーはシュナイザーで、ザイルと相対して父親の仇がザイルである事を知ったらしくて、復讐を企んどるようだったし。ベルナールも仇を討ちたいと言っとった。だから、そいつらにはザイルの今の居場所情報を提供してやったで』
楽しそうにワルキスは言うが、もうなんて言うか、なんという状況だ……。
子供にまで仇討ちなんてさせたくないのに、ワルキスが更に拍車を掛けてしまっている。
「……で、ザイルの居場所は?」
だが居場所が分かっているというなら話は早い。
オレがケリを付けてしまえば済む話になる。
『そうやな……、10万Jでどうや?』
「……は?」
『やから、情報料や情報料。ワシは情報屋やで? 情報をカネにすんのが仕事や』
……そう言えば忘れていた。
普通なら金を払う所なんだろうが。
「でも10万はぼったくりだろう! せめて5万Jぐらいで……」
そのぐらいなら最悪妻のミラルに借りればなんとか……。
『アカンで。情報の価値はワシが決めるモンや。坊っちゃん嬢ちゃん達には盗賊の排除っつー依頼で売ったモンやしなぁ』
「それだ! なんか依頼はないのか!? 多少面倒でも我慢するから!」
『今は特にあらへんで~。せやから、10万』
……ぐぬぬ。
こうなったら最後の手段だ。
「よし…………ツケでッ!」
後で払う……多分な。
『しゃーないな。その代わり絶対払えよ。サファールの居場所はドーイングから北に進んだ古代遺跡、バスキルト砦や。ちなみに坊っちゃん嬢ちゃん達は賢者のいるドーイングへ向かっとる。早く行った方がええで』
バスキルト砦……、確かドーイング駐留軍管轄の古代遺跡だな。
最近は魔物が異常発生しているらしいが、何か関係があるのだろうか。
「ああそれと、もうひとつ売ってほしい情報がある」
『なんや?』
「ここは一体どこなんだぁぁーー!!」
ワルキスは期待通りの情報を売ってくれた。
金額は300Jで済んだ。
――――
そんな感じで、ワルキスから受け取った帝都への道を歩いていたのだが、空腹が限界となり、オレはついに倒れてしまった。
あ~~~、体がダルい……。
もういっそここでひと眠りしようか?
永遠に寝たりしないよな?
などと考えていたら、
「大丈夫ですか!?」
と、遠くで人の声がした。
金髪の少年はオレの元へ走り、肩をトントンと叩く。
意識が切れそうなオレが言える声は一言だけだった。
「……は」
「…………は?」
「腹減った」
オレは顔を上げた。
そこには驚きの表情をしたアークがいた。
「無人島ん時のおっさんじゃねぇぇかぁぁぁぁーーー!!!」
どうやら何とも言えない縁があるようだ。