第102話「策士の戦法」
前回のあらすじ……。
担当:アルス
えぇ!? 俺かよ!?
レギュラーキャラどころかモブの可能性大なのにあらすじなんていいのか…。
まあいいか。
俺達疾風の翼は、甲板に入り込んでそのまま紅蓮の覇王の兵隊と激突した。
団長によると奴ら紅蓮の覇王は、港で拾った少年が持っている『情報盤』を奪いに来たらしい。
その少年なら知っている。
さっき団長と激戦を繰り広げていたし、実はその前にも一回、エイリアス襲撃事件の時に見たんだ。
あの時俺達は結果的にあの少年に助けられたみたいだし、その後の幽霊船の時も、団長と共闘してエイリアスを撃退したそうだ。
その戦闘スタイルは、さながら曲芸師のように自由自在に動き回り、ダガーという一見非力な武器を十二分に生かした手数の多い攻撃で、まさに『蝶のように舞い、蜂のように刺す』という比喩がしっくり来る。
そんな少年に俺達は何度も窮地を助けられた。
それならば……今度はこちらだ助ける番だな!!
表面上は俺らと何のかかわりもない少年達だが、その少年たちを護る為に戦う事に、異を唱えるヤツは1人もいなかった。
その恩人と、俺達の大事な『我が家』を守る為、俺達は甲板でヤツらを迎え撃った!
だがそれでも俺達は、人を殺す事を躊躇い、その躊躇いが隙を作り徐々に押されていった。
それを変えたのは、他ならぬ我らが団長だ。
団長は叫んだ。
『自分の力出し切ってその大切な物護って見せろ、相手の命を奪う事を躊躇うな』
と。
俺達は気付かされた。
そうだ、俺達が武器を振るうのは、奪う為じゃない。
守る為なんだ。
その瞬間、皆の雰囲気が変わった。
ここで退いてはいけない。
大切な物を、守る為に。
今、今だけは、人の命を奪う事を、肯定しようじゃないか!
――――
ハリスは突撃した。
相手は遠距離戦専門だ。
こちらから懐に入ってしまえばなんという訳は無い。
そう思ったのだ。
「はッ! 接近戦に持ち込みゃ勝てっと思ったかァ?」
だが違った。
アストは右腕を元に戻し、
「――なッ」
そのまま右ストレートをハリスの顔面にぶち込んだ
「グハハハハ! 爽快! 俺はこの身体変形兵器手にする前はこの身1つで戦ってたんだよォ!! にしてもこの感覚……久々だぜグハハハハ!」
ハリスはあまりに予想外の攻撃をまともに食らい、結構後ろの方まで吹っ飛んだ。
「あいたたた……ああ、俺も久々だよこんな打撃を喰らったのはな」
口元の血を拭う。
「……でもお前さん後悔するぜ? 今の一瞬にその馬鹿でけー銃撃ち込んどけば良かったてなぁ!!」
ハリスはまた一直線に走った!
「てめぇこそ後悔するぜ!! このアスト様と出会った事をなァァ!!」
腕のガトリング砲を回転させ、ハリスをハチの巣にすべく連射……いや乱射する。
いたるところに弾痕ができ、甲板がどんどん削られていく。
「グハハ、これで――いない!?」
煙がはれた頃にはハリスは居なかった。
「上だよ!」
ハリスは弾丸にまぎれてアストの上空から薙刀を振りかぶり叩っ斬ろうとしていた!
「ぐうッ!」
咄嗟に身を引いたものの、薙刀は肩を掠めて血が噴き出る。
だが同時に左腕のガトリングを、鈍器として利用し直接ハリスの脇腹を叩く。
ハリスは咄嗟に薙刀を分離し、左手の剣で打撃の衝撃を防ぐと同時に、右手の剣を相手に投げた。
アストはその剣に右足を斬りつけられるが、ハリスの左の剣をガトリングで挟めたまま右フックを放った。
その攻撃をハリスはまたももろに食らい、後方へ吹っ飛んだ。
「お望み通り今度こそハチの巣にしてやるぜ! グハハハハハッ!!」
ハリスに何百もの銃弾が迫りくる!
「くッ……転風壁ッ!!」
ハリスは左足にあった予備の剣と今持つ左の剣を合体させ新たな薙刀を作り、その回転で銃弾を防ぐ!
だが何百もの銃弾を完璧に防ぐ事は出来ず、頬、脇腹、腕、脚などに少しずつ弾丸が当たる。
「おおっと、オーバーヒート寸前だァ、残念残念、俺の拳が燃えそうだぜェ」
そう言うと、アストは変形を解除し、左手を元に戻した。
「はぁ…はぁ…そりゃよかった……今度はこっちの番だ! ってね」
ハリスは得意げに薙刀を回しながら、平然とした余裕の残る表情だった。
「グハハハハハハ!! 残念だったなァァ!! 右手のがまだ残ってんだよォォ!!」
「げ、マジ? やっべ!」
また嵐のような弾丸がハリスに襲いかかる!
「なんつってな!」
ニッ、とハリスはほくそ笑み、そのまま銃弾の中を突っ切った。
当然、銃弾はハリスに直撃し続けたが――ハリスには傷一つ付いていなかった。
「はぁッ!? バカなッ!」
混乱するアストだが、射撃を中止し、高速で接近してくるハリスに素手の左手でフックを放つ。
「甘いなぁ」
だがまるで悪い夢のように、スッとハリスはそれをかわす。
「馬鹿なぁッ!?」
アストの頭はもう既に迷宮に迷い込んだように錯乱状態だった。
「もういいだろ。この辺で終わっとけよ! 震痺撃ッ!!」
ハリスは技をアストの右腕のガトリング砲に加えた。
腕に直接付いているので、体全体に痺れが伝わり、動けなくなるアスト。
「う……が……なんだ……これは……」
「お前さんは終わったんだよ。行くぞ――、一閃ッ!!」
目にも止まらぬ閃光のような一撃は、アストとの勝負に蹴りを付けた。
「ふう、終わったな……」
パンパン、と白いスーツに付いた汚れを両手で落とし、ズレたシルクハットをかぶり直す。
ハリスが激戦の中思いついたこの策は、アストの性格を上手く利用したものだった。
戦っている最中、アストが右利きだと言う事は、仕草や最初に左にガトリング砲を装備させた事から分かっていた。
そして、聞き腕の右腕から放たれるパンチは、正確さと威力を兼ね備えていて、予想以上に厄介だった。
だからハリスはまず、アストの厄介な右を封印しようと考えた。
最初の変形の様子から、変形には多少時間がかかる事が分かった。
なら、右にガトリングを装備させればいいのだ。
わざとガトリング砲を撃たせ、オーバーヒートへと導き、見事右にガトリング砲を装備させた。
こうすれば、接近した時に、咄嗟に右腕を使うことは出来ない。
後は簡単だ。
ハリス自身も当然埋め込んだ、銃弾防御魔方陣を使って接近する。
わざわざ防御したフリをした理由は、相手に忘れさせるためだ。
その状態で接近すれば、例え左フックを決めてこようが、利き腕で無いパンチはブレがある。
ハリスにとってその攻撃をかわす事はそう難しくは無かった。
後はこちらの攻撃を決めるだけ。
ハリスは、あの戦いの中、そこまでの作戦を一気に組み上げたのだ。
「ま……まだだぁぁッ!!」
アストはハリスの一閃を喰らいながら、また立ち上がった。
「うへぇ……、まだやんの? めんどくせぇ……」
勝敗は既に見えている為、明らかにめんどくさそうな反応をするハリス。
「野郎共ォォォ!! この生意気なシルクハットを、叩き潰せ!!」
アストは大声で叫び、甲板で戦っている仲間に伝えた。
「だッ……だめですアスト様!! こいつら異様に強くて……ガハッ!!」
報告に来た1人の紅蓮の覇王の団員が、矢で刺されて倒れた。
「おいアイリ、調子はどうだ?」
ハリスは少し後退し、後ろにいたアイリに声をかけた。
「順調です! 楽勝とまでは行きませんが、既に敵の半分程度を撃破し、アタイらの方が有利です!」
「ばッ……馬鹿なぁぁッ!! あれだけの兵隊を投入したはずが……!」
確かに、先ほど第二陣と第三陣を同時投入し、数的には疾風の翼を軽く上回った紅蓮の覇王だった。
だが――
「お前さぁ……あんま俺達ナメてんじゃねぇぞ? 俺らが今までどうして1人の死人も出さずに生き残ってきたか分かるか? こっちの団員はな、手加減しても死なない程の技量が合って初めて成り立つんだよ。お前らみてぇな雑兵とは訳が違うんだよ!」
そう。
疾風の翼は、人を殺さない。
そうやって活動を続ける事は、人を殺しながら活動するより数倍難しい。
剣や斧を使っても、峰で攻撃したり急所を上手く外し且つ戦闘不能の状態にしなければいけないからだ。
それは普通に殺すよりもずっと多くの技量を必要とする。
その『殺さない』というリミッターを解除した彼らにとって、2倍程度の敵を蹴散らすのは、そう難しい事ではなかった。
「お……おのれェェ!!」
アストは半狂乱状態で、両腕をガトリング砲に変える。
だが、それを放つ前に別の男が割って入った。
「もういいでしょう。あなたの負けですよ」
その男は、長身で細身、紫色の長い髪で、ここには似合わないおっとりとした雰囲気を出していた。
「く……すみません」
「謝罪は結構ですよ。もともとこの男は、あなたに倒せるようなレベルではありませんから。下がっていいですよ」
にこっと笑い、アストの肩に手をポン、と置く。
「いや~、にしてもお見事お見事。相変わらずの武勇っぷりですねぇ~、あなたは」
男はアストを下げると、拍手をしながら笑顔でハリスを見る。
「クリスフォード……、やはりお前さんか……」
ハリスが一歩下がり、その男――クリスフォードを見ながら睨みつける。
「おや、ばれていましたか。まあ船の形を見ればお分かりになりますよね?」
紅蓮の覇王には、第壱、第弐、第参の艦隊があるが、そのどれも旗艦は特徴的で、同じ盗賊団なら見ればだいたいどの艦隊か分かってしまう。
尤も、ハリスはそれとは別に、クリスフォード本人を知っていたのだが。
ちなみに、この男は紅蓮の覇王でいうと"幹隊長"というクラスにあたる。
上から順に、総団長、次団長、幹隊長、戦長、兵隊となっている。
具体的には、1人しかいない総団長の側近として、2人の次団長。
またそれぞれの艦隊に幹隊長が1名づつ、さらにその下に数名いるのが戦長という形だ。
兵隊は、要するに団員だ。
「大将自ら乗り込んでくるとは、一体何の用だ? 冷やかしも勘弁してもらいたいんだが」
軽口を叩いてはいるが、神経の全てを目の前のクリスフォードへと集中している。
それは、その男がそれ程の強敵だと言う事を示している。
「つれないですねぇ、まあ、戦とは大将の首を狩り取る事で勝敗が決まるわけですから、あなたが驚くのも無理はありませんがね」
そう、いくら強いとはいえ、この抗争の中で幹隊長が前線に出てくるのは不自然だ。
まあハリスも立場で言えばそれより高い『団長』なのだが。
「いや、それよりも、なんでこんな戦力を今になって投入してきた?」
ハリスが気になっていたのはそれだった。
情報盤の奪取。
確かに、情報盤は貴重だ。
だが、それを奪う為だけにしては敵の戦力が大きすぎる。
「貴方が疑問に思うのも無理は無い。その情報盤は、貴方が考えている以上の価値がある。そう言う事ですよ」
小さい子供に教えるような、柔らかい口調でクリスフォードは言った。
「俺が考えている以上の……? まさか、あれがどういうもんか知ってるのか!?」
ハリスの顔から笑みが消え、睨みつけるような表情に変わる。
「ほう? どうやら貴方も同じ事を知っているようですねぇ。そして、何故我々がここまで情報盤を求めているのか。貴方ならもう分かりますよね?」
いっそう楽しそうな表情を浮かべるクリスフォード。
「何故って……おいおいおいおい、そればっかりはシャレにならないぞ!?」
流れる冷や汗を、拭いもせずに緊張した表情を続けるハリス。
情報盤を求める理由。
騎士団の戦力増強による戦争への加速。
そして、『迅雷作戦』により、騎士団上層部と紅蓮の覇王の間に出来たパイプ。
それが取引による物だとしたら……。
紅蓮の覇王へ情報盤を渡す事は、間違いなく戦争へと繋がる。
その上、紅蓮の覇王は本気で疾風の翼を潰す気だ。
固まっているハリスに、クリスフォードは一言告げる。
「情報盤は、既に我らの手元です」
次の瞬間、艦橋で爆発音が聞こえた。
艦橋には――アークと情報盤が!!
「――ガイス、アイリ!! 艦橋へ行け!! 少年達が危ない!!」
ハリスは後ろは振りかえらず、背後で敵の雑兵を蹴散らしている2人に告げた。
「分かりました!! おい、ガイス! 行くぞ!!」
「うるせェ命令すんな!! 団長もお気御付けて!」
2人はアーク達の護衛へと向かった。
ハリスは内心後悔する。
確かに、甲板への侵入の指揮はアストだったが、この襲撃全体の指揮を握っているのは幹隊長であるクリスフォードなのだ。
それが、正面だけの攻撃で終わる筈は無かった。
「ふふ、さて、今から行って間に合いますかねぇ?」
クリスフォードはまるでトランプであがりを確信したような、そんな楽しげな笑顔を浮かべる。
「奴らを信じるさ」
「それは結構。では――始めますか」
その瞬間、男の雰囲気が変わる。
ぞくり、とハリスの背中にも悪寒が走る。
「(これは……ちょっちヤバそうな戦いになるかもな……)」
ハリスの顔に、いつもの余裕さは微塵も無かった。