04.不穏な幕開け
「……というわけで、佐倉くん、瀬戸口さん。これからよろしくね!」
先輩たちが去った途端、くるみは一瞬でいつもの明るい笑顔を取り戻し、湊の手元にあるノートパソコンの画面を覗き込んできた。その距離の近さに、湊は思わず椅子ごと数センチ後ろに下がる。
「う、うん。名取さん、よろしく……」
「ちょっと、名取さん。さっきも言ったけれど、距離が近すぎるわ」
結衣がすかさず、冷徹な声で二人の間に割って入る。彼女は自身のタブレットを起動し、すでに鏡花から共有された仕様書を厳しい目付きでスクロールしていた。
「これは学校公認の重要プロジェクトよ。プライベートな感情を持ち込むのは厳禁。まずは、お互いの役割分担と、最初のミーティングのスケジュールを決めましょう。湊、まずは受験生向けの『ペルソナ設定』の初期案を箇条書きで叩き台にして。名取さんは、手元にあるアンケートデータのファクトチェックをお願い」
「わかってるよ、瀬戸口さん。仕事は仕事、ちゃんとやるから。でも……」
くるみはそこで、悪戯っぽく大きな瞳を細め、結衣の視線を真っ向から受け止めた。
「佐倉くんの横の席は、作業がしやすいから私がもらうね? 生徒会のデータ、佐倉くんに見せながら説明した方が早いし!」
「ダメよ。湊の横は、ライティング部の相棒として、記事の構成をリアルタイムで監修する私の定位置よ。あなたは向かいの席に座りなさい」
「えー、ケチ」
「ケチではなく、効率の話をしているの」
早くもパチパチと火花を散らし始める二人の間で、湊は完全に小さくなり、ただキーボードの上の指を震わせることしかできなかった。
「あ、あの……席は、どこでも、データが見えれば……」
「「湊(佐倉くん)は口を挟まないで!」」
デジャヴのような鋭い遮断の言葉が、再び部室に響き渡る。
「うわぁ……。あの二人、新企画が決まっても、やっぱり一歩も引かない感じねぇ」
ソファー席からその様子を眺めていた陽菜が、今度は完全にハラハラとした表情で頬杖をついた。
「ねえ、太陽。これ、本当に大丈夫だと思う? 受験生向けのレポート記事なんて、ただでさえファクトチェックとか構成とか大変なのに、あんなギクシャクしたままで、締め切りまでに原稿が上がるのかしら」
凛が尋ねると太陽は、整理していた棚の手を止め、頭の後ろで腕を組んでうーんと唸った。
「まぁ、結衣の赤入れは容赦ねぇし、名取のやつも生徒会の下級生としちゃかなり根性あるからな……。ぶつかり合うのは確実だけど、そこに挟まれてる湊のメンタルが、締め切りまでに消滅しちまわねぇかだけが心配だわ」
「……写真は、良いものが撮れそう」
陸が、静かにカメラのファインダーを覗いたまま呟く。
「二人の視線が、佐倉のところで激しく交差してる。ドラマチックな、一瞬。記事のアイキャッチには、最高かもしれない」
「おいおい、陸、それは笑えないぞ」と拓海が苦笑しながら、キーボードを叩く。
「だが、この企画のPV数の予測を立てるなら、間違いなく今までの定例記事を超える。受験生っていう明確なターゲットがいるわけだからな。問題は、主観的なエモさと、客観的なデータが、あの三人の間でどう調和するかだ。ノー推敲のまま衝突したら、破綻する確率が80%ってところか」
先輩たちがそれぞれの視点で語り合う中、涼香だけは、部室の窓辺に佇み、遠く夕日に染まる桜が瀬の街並みを静かに見つめていた。
彼女の耳には、後輩たちの賑やかで、しかしどこか張り詰めたやり取りが、心地よいタイピング音のように響いている。
「言葉は、衝突するからこそ、磨かれていくもの……」
涼香は誰にも聞こえないほどの小さな声で呟き、包み込むようなミステリアスな笑みを深めた。
翠明高校の日常を揺るがす、新しい『まるごとレポート』の幕が、今、不穏な空気と微かな期待を孕みながら、静かに上がろうとしていた。




