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放課後ノート〜翠明高校ライティング部〜  作者: やた
12.琥珀色のタイムライン

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4.無邪気な弾丸

 一日目の狂乱のような熱気が嘘のように、翠明高校の朝は爽やかな青空と共に幕を開けた。だが校門が開かれると、前日よりもさらに多くの一般来場者や保護者が詰めかけ、校舎の中は朝から足の踏み場もないほどの賑わいを見せている。


 しかし、湊が身にまとっているのは、昨日までのネイビーのポロシャツではなかった。


 背中に大きく『1-C』と白抜きでプリントされ、銃を構えたオリジナルキャラが目立つ、鮮やかなグリーンのオリジナルクラスTシャツ。今年の翠明祭の二日目、湊はライティング部の公式取材シフトから離れ、一人の一年C組の生徒として、クラスの出し物である「射的」の運営に参加することになっていた。


「よし、開場だ!みんな、初日の売上の二倍は稼ぐぞ!」


 サッカー部のエースストライカーでもある柏木亮が、クラスTシャツの袖をまくり上げ、ハキハキとした体育会系のタメ口でクラス全員に発破をかける。彼の持つ圧倒的な陽のエネルギーが、段ボールで組まれた射的ブースの緊張感を一気にほぐしていく。


「湊、お前は受付の弾丸(コルク)の受け渡しと、名取のサポートを頼むわ!」


「うん、わかった。任せて、柏木」


 湊は実直に頷き、長机で組まれた受付カウンターへと向かった。そこには、同じグリーンのクラスTシャツに身を包んだくるみが、几帳面な手つきでお釣りの小銭を並べている姿があった。お揃いのTシャツを着ているという事実に、湊はなんだか少しだけ気恥ずかしいような、けれど妙に落ち着くような不思議な感覚を覚える。


「あ、佐倉くん、おはよう。今日はよろしくね」


 くるみは顔を上げると、少し照れくさそうに微笑んだ。


「うん、よろしく、名取さん。体調は大丈夫?昨日も遅くまで生徒会の仕事、残ってたみたいだけど」


「佐倉くんが書類の書き方を教えてくれたから、いつもよりずっと早く終わったよ。……ねえ、佐倉くん。これ、みんなでお揃いのTシャツだけど……なんだか、ちょっとだけペアルックみたいで恥ずかしいな。でも、すごく嬉しい」


 くるみは自分のTシャツの裾を指先でつまみながら、小さな声で呟いた。その大きな瞳には、昨日の中庭での会話を経て、単なるクラスメイトから「ほんの少し、気になる存在」へと明確に変化した初々しい熱が宿っていた。


「あ、はは……そうだね。ちょっと新鮮かも」


 湊がドギマギしながら応じていると、カウンターの前に同じくシフトに入っていたクラスメイトの斉藤がニヤニヤしながら割り込んできた。


「おいおい佐倉、朝っぱらから名取さんといい雰囲気じゃん。サッカー部の柏木が店を引っ張ってる間に、受付が炎上案件にならないようにしろよな?」


「ち、違うよ、斉藤!そんなんじゃないから!」


 湊が赤くなって手を振ると、くるみもまた「もう、斉藤くん、からかわないでよ」と、顔を真っ赤にしてノートの後ろに隠れてしまった。その様子を、周囲のクラスメイトたちが興味深そうに、楽しげに見守っている。


 教室の賑やかな空気に馴染めず、自分のことを「空っぽ」だと感じていた湊にとって、こうしてクラスの輪の中でいじられること自体が、どこか現実感のない、けれど温かい青春の風景だった。


「いらっしゃいませー!1Cの射的、今なら並ばずに遊べまーす!」


 開場から一時間が過ぎ、廊下を通りかかる一般のお客さんを呼び込んでいると、人混みの向こうから、聞き覚えのある小さな、無邪気な声が聞こえてきた。


「あ!湊見つけた!」


 人混みを掻き分けるようにして走ってきたのは、夏休みに図書館で出会った小学三年生の女の子、ひまりだった。その後ろから、優しそうな母親が「こら、ひまり、走ったら危ないでしょ」と苦笑しながらついてくる。


「ひまりちゃん!遊びに来てくれたんだ」


 湊は驚きながらも、すぐにカウンターの横から出て、彼女の目線に合わせるようにしゃがみ込んだ。


「うん!湊たちがWritiaに書いてた二百文字の記事、お母さんと一緒に読んだんだよ!『夏休みの冒険へ出かけよう』って書いてあったから、絶対に行かなきゃって思って!」


「そうだったんだ。読んでくれてありがとう」


 自分の紡いだ言葉が、こうして小さな読者の足を実際に動かしたのだというファクトに、湊の胸の奥がじんわりと熱くなる。


「一回やってみる?コルクの銃で、あの棚の上にある景品を狙うんだよ」


 ひまりは「やる!」と元気よく頷き、百円玉をくるみに手渡した。くるみは「はい、弾丸(コルク)三つね」と、優しく微笑みながらひまりに手渡す。


 しかし、まだ9歳のひまりでは、木製のコルク銃を構えても、重さで銃口がグラグラと揺れてしまい、なかなか棚の的に照準が合わせられない。


「うう……湊、これ重くて狙えないよ」


「よし、じゃあ一緒にやろうか。後ろから支えるからね」


 湊は自然な動作でひまりの背後に回り、後ろから包み込むようにして、彼女の小さな手を自分の両手でそっと握った。


「いい?左手でここを支えて、右手は引き金に。片目を瞑って、あの真ん中の星のマークを狙うんだ」


 実直で丁寧な口調で、湊はひまりの耳元で優しく教える。手を握り、姿勢を正してあげるその姿は、子供に対する純粋な優しさと、ライティング部で培った「相手の立場に立つ」誠実さに満ちあふれていた。


 「パン!」と乾いた音が響き、見事にコルクの弾が的を射抜いた。景品の小さなお菓子がポロリと下に落ちる。


「やったー!湊、すごい!」


 ひまりは大喜びで飛び跳ねた。その微笑ましい光景を、受付カウンターからじっと見つめていたくるみは、胸の奥がキュンと締め付けられるような、強烈なときめきを覚えていた。


「……佐倉くんって、子どもにもすごく優しいんだね」


 くるみは湊がひまりを連れてカウンターに戻ってきた際、少し照れくさそうに、けれど隠しようのない好意の言葉を真っ直ぐに投げかけた。


「なんだか、すごくいいお兄ちゃんになりそうっていうか……一緒にいると、本当にホッとするな」


「え……あ、ありがとう、名取さん」


 直球すぎるくるみの言葉に、湊が再び顔を赤くしていると、ひまりの母親がクスクスと上品に笑いながら二人の顔を見比べた。


「ふふ、本当に仲が良いのね。なんだか、とってもお似合いの二人だわ。クラスのお揃いのTシャツも、すごく可愛いわね」


「お、お似合いだなんて、そんな……!」


 くるみと湊は同時に声を裏返らせ、二人揃って茹で上がったように顔を真っ赤にした。ペアルックのようなTシャツ姿も相まって、はたから見れば完全に「付き合いたての微笑ましい高校生カップル」にしか見えないのだろう。


 しかし、その初々しいピンク色の空気を、ひまりの無邪気な弾丸が容赦なく打ち砕いた。


「えー?お母さん何言ってるの。湊には、あの髪が長くて目がカッコいい、結衣がいるんだよ?」


 ひまりは首を傾げながら、夏休みの記憶をそのまま口にした。


「それに、私だって湊大好きだし……。ってことは、このグリーンのお姉ちゃん“も”、湊を巡る恋のライバルってことだね!結衣にもお姉ちゃんにも負けないよ!」


「えっ」


 ひまりの無邪気な一言によって、結衣の存在がその場に強烈に暗示された。


 一瞬にして、1年C組の受付カウンターの空気が張り詰めたものへと変わる。くるみは「恋のライバル……」と小さく呟き、先日、生徒会室の前で自分を冷徹に牽制してきた結衣の、鋭い瞳を思い出していた。くるみの瞳の中に、いつもの押し弱さは消え、微かな、けれど確かな対抗心が宿る。


 一方の湊は、ひまりの言葉の破壊力に完全にフリーズし、頭の中で結衣の「万死に値するわ」という冷たい声が再生され、冷や汗が止まらなくなっていた。


「お、おいおい、佐倉……お前、いつの間にそんなマンガみたいなことになってんのかよ……」


 後ろで見ていた斉藤や柏木たちが、今は茶化すのも忘れて、引きつった笑みを浮かべながら湊を見つめている。


 高校の文化祭という、賑やかで眩しいハレの日常。その片隅で、クラスTシャツの緑色の中に、まだ見ぬ青い火花がパチパチと静かに灯り始めていた。二日目の祝祭は、ここからさらに加速していく。

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