2.ステージ裏の熱気
クレープを食べ終えた湊と結衣が向かったのは、校舎の中で最も大きなエネルギーの塊が唸りを上げている場所、体育館だった。
重厚な鉄の扉に近づくにつれて、ズシン、ズシンと地響きのような重低音が足の裏から全身へと伝わってくる。体育館前にはすでに長蛇の列ができており、熱気で歪むような空間を、係の生徒たちが声を張り上げて整理していた。
「私たちはプレス枠だから、裏の搬入口から入るわよ」
結衣はそう言って、ハンドバッグからライティング部専用のプレス腕章を取り出し、自身の腕へと巻きつけた。湊もそれに倣って腕章を装着する。学校公認メディアとしての特権を使い、一般生徒の列を横目に、静かな体育館の裏手へと回り込んだ。
薄暗い搬入口の扉を開けると、そこは新校舎の喧騒とはまた質の異なる、張り詰めた緊張感が支配するバックステージだった。
あちこちに転がる太いケーブル、出番を待つ機材、そして出番直前のパフォーマーたちが放つ、焦燥と高揚が入り混じった独特の空気が鼻腔を衝く。
「あ、ライティング部だ。お疲れー!」
鏡が置かれた即席のメイクスペースから声をかけてきたのは、湊のクラスメイトである佐野杏奈だった。
普段の制服姿とは異なり、彼女はビビッドなネオンカラーのタイトなTシャツにダボついたスウェットパンツという、ダンス部『翠明D-Stars』のチーム衣装に身を包んでいる。目の周りには華やかなラメが踊り、髪は高くポニーテールに結い上げられていた。その圧倒的な「主役」のオーラに、湊は一瞬気後れする。
「お疲れ、佐野さん。これから本番だよね」
「そうそう!もう心臓バクバク。でもさ、この前のWritiaの事前紹介記事、マジで最高だった!たった二百文字なのに、ウチらのダンスのスピード感がそのまま文字になってるみたいで、部員みんなで大騒ぎしてたんだから。ありがとね、佐倉くん、瀬戸口さん」
佐野は弾んだタメ口で白い歯を見せて笑った。その屈託のない笑顔は、教室の空気を支配する彼女の軽やかさそのものだった。
「お役に立てたのなら光栄だわ、佐野さん」
結衣がいつも通り、毅然とした論理的な口調で応じる。
「言葉の無駄を徹底的に削ぎ落とし、あなたたちのステップが持つ『ベネフィット』を冒頭に配置した結果よ。でも、私たちの仕事はここからが本番。今日のステージの熱量を、リアルタイムでタイムラインに放流しなければならないの。……藤堂部長は、どちらにいらっしゃるかしら?」
「あ、麗華部長ならあっちの音響ブースの近くにいるよ!」
佐野が指差した先には、ステージ全体の進行表を手に、スタッフの生徒へ鋭い指示を出している三年生の姿があった。ダンス部部長、藤堂麗華。一学期の部活紹介記事で、結衣がその徹底的なこだわりを取材した相手でもある。
結衣と湊が歩み寄ると、藤堂はすぐに気づき、厳しい表情をふっと和らげて微笑んだ。
「あら、ライティング部。この前の記事は見事だったわ。滝沢くんの厳しいレギュレーションを逆手にとって、あそこまでうちの部の魅力を凝縮してくれるなんてね」
「藤堂部長、お久しぶりです」
結衣は一歩前に出ると、上級生に対する礼儀正しい、けれど凛とした丁寧語で頭を下げた。
「あの記事が読者の動線を掴んだのは、データの裏付けがあったからです。本日は、その言葉が嘘ではなかったことを証明するために、皆さんのステージを文字通り『言語化』しに参りました。本番直前ですが、今の意気込みを一言いただけますか?」
藤堂は手元のアクリル板を愛おしそうに一撫でし、まっすぐに結衣を見つめた。
「一言なら簡単よ。私たちは、この一瞬のステップのために、夏休みのすべてを床に擦り切らせてきたの。観客の目線を一秒たりとも離さない。ライターさん、あなたたちの表現力が勝つか、私たちの肉体が勝つか、勝負ね」
「ええ。望むところです」
結衣の瞳に、ライターとしての強い闘志が灯った。




