06.3.上級生の「戦略的」な視点
部室のドアが再び開き、今度は二年生の小野寺拓海と三村陽菜が入ってきた。
拓海は手にしたタブレットの画面を指先で弾きながら、部室の空気を一気に塗り替えるような自信満々の声で言った。
「よう、一年生諸君!なんだか煮詰まってるみたいだな。湊、お前の記事のPV数、さっきリアルタイム解析で見たぞ。……お通夜みたいな数字だったな!」
「お、小野寺先輩……。やっぱり、すぐバレちゃうんですね」
湊は肩をすくめた。小野寺拓海はライティング部のデータ分析担当で、Webメディア『Writia』のアクセス解析を常にチェックしている。彼にとって、記事の価値は「どれだけ読まれたか」という客観的な数字に集約される。
「データは嘘をつかないからな。いいか、内容がどれだけ良くても、入り口が閉まってりゃ誰も入ってこない。それは『存在しない』のと同じだぞ」
拓海は湊の横に立ち、部室の大型モニターにいくつかのグラフを映し出した。そこには、過去に『Writia』で公開された記事の「タイトル」と「アクセス数」の相関図が示されていた。
「これを見ろ。去年の夏祭り特集だ。Aの記事は『夏祭りの交通規制について』、Bの記事は『花火を特等席で見るための、地元民しか知らない裏道マップ』。内容はどちらも交通状況の解説だったが、アクセス数はBがAの十倍以上だ」
「十倍……。そんなに違うんですか」
「当たり前だろ。読者は『規制』なんてネガティブな言葉より、『特等席』や『裏道』という自分へのメリットに飛びつくんだよ。これを俺たちは『クリック率の最適化』と呼んでいる」
「ちょっと拓海くん、一年生を数字だけで脅さないの」
陽菜が呆れたように笑いながら、湊の机に腰掛けた。彼女は学内でも有名な情報通で、読者が何を面白がるかという「空気感」を読み取る天才だ。
「でもね湊くん、拓海くんの言うことも一理あるわよ。タイトルってね、読者との最初で最後の『合コン』みたいなものなの。そこで興味を持ってもらえなきゃ、次はないのよ」
陽菜は自身のスマホを取り出し、SNSのタイムラインを高速でスクロールしてみせた。
「今の時代、みんな一秒間に何十件もの情報を流し読みしてる。その中で指を止めさせるには、『意外性』と『共感』が必要なの。例えばね、『夏祭りの歴史』なんて書かれたら、みんな『あ、自分には関係ないや』って思っちゃう。でも『今年の夏祭りが、例年より三倍熱い理由』って書かれたら、ちょっと気にならない?」
「三倍……。確かに、何があるんだろうって思います」
「でしょ?読者はね、常に『これは私に関係があることかな?』って自問自答しながら画面を見てるの。そこに『あなたへの招待状』を届けるのがタイトルの役割。歴史を書くなら、『三〇〇年前の恋が、今も祭りに宿っている?』とか、少し物語を感じさせるフックを作るのもアリね」
湊は、上級生たちの言葉を必死にメモに取った。
拓海が説く「数字に基づいた戦略」と、陽菜が説く「感情に訴えかけるフック」。
それらはバラバラのようでいて、根底にある思想は同じだった。
すなわち「読者の時間を奪うことへの責任と敬意」だ。
「……瀬戸口さん、僕、少し分かってきた気がする」
湊が隣の結衣を見ると、彼女は先ほどまでの強気な態度とは一転して、真剣な表情で拓海のグラフを凝視していた。
「……小野寺先輩。そのデータの、離脱率も見せていただけますか?タイトルの引きが強くても、中身が伴っていなければ、読者はすぐに離れてしまうはずです」
「ははっ、さすが瀬戸口だな。鋭いぞ!確かに、タイトル詐欺をすれば一時的に数字は上がるが、サイトの信頼性は死ぬ。だからこそ『中身の最高な要約』でありながら『最高な招待状』であるという、究極の一行を目指さなきゃいけないんだよ」
拓海は満足げに頷き、湊と結衣の間に割って入った。
「いいか湊。お前の書いた歴史や概要は『信頼性』という点では満点だ。國分先生もそこは認めるだろう。足りないのは、その信頼という重い扉を開けるための『鍵』だ。陽菜の言うフックと、俺の言う数字。この二つを使って、もう一度タイトルをリライトしてみろ」
「はい!」
湊の声に、力がこもる。
ただ正しく書くだけでは足りない。
誰かの指を止め、心を動かし、その記事を読んだ後の未来を少しだけ変える。
ライティング部の一員として、初めてその「戦略的な戦い」の土俵に立ったような気がした。
「よし、じゃあ具体案を出してみようか。太陽くん、さっきの『エグい』って感覚、言語化できる?」
陽菜が太陽を巻き込み、部室はさらに賑やかになっていく。
窓の外、夕闇が迫る桜ヶ瀬の街並みを眺めながら、湊はキーボードの上に指を置いた。
今、自分の中に渦巻いているこの高揚感を、どうすれば一列の言葉に閉じ込めることができるだろう。
招待状は、まだ書きかけだ。
けれど、導いてくれる先輩たちの背中と、競い合える仲間の体温が、湊の筆を前へと進めていた。




