↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
放課後ノート〜翠明高校ライティング部〜  作者: やた
05.要約は、愛のムチ

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
34/70

05.5.届く言葉の誕生

 部室に戻った湊と結衣を待っていたのは、窓から差し込む濃密な朱色の光だった。放課後の喧騒から切り離されたその空間で、長谷川澪が穏やかな微笑みとともに二人を迎え入れる。


「おかえりなさい。いい言葉、見つかりましたか?」


「……はい。たぶん、これ以上はないっていう一文字を」


 湊が力強く答えると、結衣は無言で自分の席につき、タブレットを起動させた。その指先に迷いはない。湊もまた、隣で自分の端末を開く。散歩中に交わした言葉、柏木の笑顔、そして駆の「壊して、再構築しろ」という声。それらすべてが、今、湊の指先を通じてデジタルな文字へと変換されていく。


 二人は交互に画面を共有し、最後の共同作業(リライト)に入った。


「佐倉くん、さっきの『招待状』っていう考え方、採用するわ。ただし、感傷的な言葉は削ぎ落とす。読者がその招待状を受け取って、自分の足でその『勝利』を確かめに行きたくなるように」


「わかった。……タイトルは、これで行こうと思う」


 湊が打ち込んだのは、遠藤の熱量を凝縮しつつも、読者の日常に踏み込むような新しい見出しだった。


『挫折は、最高の「武器」になる。――元サッカー部エースが、ペンを手に取った理由』


「いいわ。ベネフィットが明確ね。次は本文……要約の核(コア)を置くわよ」


 結衣の指が躍る。彼女が紡いだのは、無機質な説明ではなく、物語の結末をあえて伏せ、読者の知的好奇心を刺激する「問い」だった。


『五分間の栄光と、一生続く敗北感。どちらを選びますか? サッカーを辞め、「戦略」としてのライティングを選んだ男の告白。この記事は、今「負けている」と感じているすべての翠明生への招待状です。』


「一二六文字……完璧だわ。十四文字の余裕がある。これなら、最後に『一撃』を加えられる」


 結衣が湊を見つめる。その瞳は、夕陽を反射して琥珀色に輝いていた。


「佐倉くん、最後の一文、あんたに任せるわ。読者の背中を、一番優しく、かつ容赦なく押す一言を書いて」


 湊は唾を呑み込み、キーボードに手を置いた。放課後の回廊で感じた、あの初夏の風を思い出す。遠藤先輩が負けたことで手に入れたものは、栄光ではなく、自分という物語を書き直す権利だった。


『昨日までの自分(下書き)を、君と一緒にリライトしよう。』


「……できた」


 湊がエンターキーを押すと、一三八文字の結晶が画面に浮かび上がった。


 情報の取捨選択、情報の再構成、そして読者への動機付け。


 駆の五千文字という巨大なエネルギーを、百四十文字という小さな銃弾に詰め込んだ、最高の一撃。


「……いいんじゃない。これなら、あの柏木くんも、ダンス部の子たちも、足を止めるわよ」


 結衣が小さく、けれど満足そうに呟いた。彼女はタブレットの「Li-NK投稿」ボタンに指を添える。


「いい、佐倉くん。これが私たちの仕事よ。誰かの想いを預かって、最も鋭い形で世界へ放つ。その責任と、快感。忘れないでね」


「うん。……瀬戸口さん、一緒に押そう」


 湊は自分の手を、結衣の指の上に重ねた。

 一瞬、結衣の肩がびくりと震えた。彼女の白い頬が、夕陽のせいだけではなく、微かに赤らんでいく。


「……あなた、調子に乗らないで」


 ぶつぶつと文句を言いながらも、彼女は指を引かなかった。


「せーの」


 二人の指が同時に、画面上のボタンを叩いた。


『送信完了』


 デジタルの海へと放たれた一四〇文字は、瞬く間に学内のネットワークを駆け巡っていく。静かだった部室の空気が、投稿の完了とともに、ふっと軽くなった。


「お疲れ様でした。お二人とも、とてもいい顔をしていますね」


 澪がいつの間にか背後に立ち、優しく拍手を送っていた。


「ありがとうございます、澪先輩。……なんだか、自分たちも一回壊れて、新しくなった気分です」


 湊が照れくさそうに笑うと、結衣はわざとらしく大きなため息をつきながら、眼鏡を指先で直した。


「私はただ、効率的に作業を終わらせただけよ。佐倉くんの無駄な感傷に付き合うのは、もう凝りごりだわ。……でも、今日のリライトの精度に関しては、合格点をあげてもいいかもしれないわね」


 彼女の言葉は相変わらず厳しかったが、その口元には隠しきれない達成感が浮かんでいた。


 窓の外では、完全に日が落ち、桜ヶ瀬の街に夜の気配が忍び寄っていた。


 Li-NKの通知音が、部室の静寂を破って鳴り響く。


 一人、また一人と、自分たちの紡いだ言葉に「反応」する読者が増えていく。


 湊は、自分の胸の中に、かつてないほどの確かな手応えを感じていた。


 言葉を削ることは、何かを失うことではない。


 それは、本当に大切なものに「光」を当てるための、最も誠実な愛の形なのだと、今の湊なら確信できた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。