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放課後ノート〜翠明高校ライティング部〜  作者: やた
04.ターゲットは、君じゃない

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04.4.ことのは通りの気づき

 放課後のカフェテリア「翠明ラウンジ」は、夕食前の静けさと、西日から逃れるように集まった生徒たちの低い話し声に包まれていた。


 湊は、窓際の席でタブレットを前に項垂れていた。隣では結衣が、氷の浮いたグラスをじっと見つめている。太陽と凛も、いつもの軽快な調子を失い、黙ったままメニュー表の隅を眺めていた。


「……結局、何も書けなかった。柏木のことも、市ヶ谷さんのことも、言葉にしようとすると全部逃げていくんだ」


 湊が絞り出すように言うと、凛が力なく応じた。


「ウチも。雪平部長に『時間を見落としている』なんて言われちゃってさ。何がお点前だよ、動画撮って分析したほうが速いじゃん……って、心の中では思っちゃうし」


「俺も……。東雲さんに『冒涜』なんて言われたら、もう何書いていいか分かんねぇよ」


 結衣は三人の声を聞きながら黙っていた。詳しくはわからなかったが、順調ではないことは間違い無さそうだった。


 四人を覆う暗雲を振り払うように、賑やかな足音が近づいてきた。


「あらあら、一年生全滅?まるでお葬式ね!」


 三村陽菜が、両手に大きなクッキーの袋を抱えて現れた。その後ろから、長谷川澪が穏やかな笑みを浮かべてついてくる。


「みんな、お疲れ様。少し休憩しませんか?甘いものは、固まった思考を解きほぐしてくれますよ」


 澪が魔法瓶からカップに温かい紅茶を注ぐと、部室とは違う、花の香りのような甘い匂いが広がった。陽菜は湊の前にクッキーを置くと、身を乗り出して彼がノートに書いていた『ペルソナ』という文字を指差した。


「あんたたち、さっきから見てたけど。読者を『想像上の動物』か何かだと思ってない?あるいは、自分たちに都合のいい『理想のターゲット』とか」


 結衣が顔を上げ、陽菜を鋭く見据えた。


「私たちは、小野寺先輩の講義通り、具体的にペルソナを想定しました。架空の人物像を固めることは、マーケティングの基本のはずです」


「基本だけどさ、結衣ちゃん。その『架空の誰か』を説得しようとして、目の前の『生身の人間』を無視してない?麗華さんが怒るのも無理ないわよ。あの人、ああ見えてダンスのことになると、言葉の整合性より先に『繋がること』を求めるんだから」


 陽菜の言葉に、結衣が言葉を詰まらせた。澪がそれを引き継ぐように、優しく言葉を置く。


「新入生をターゲットにするのは正しいわ。でも、新入生が本当に知りたいのは、綺麗な紹介文じゃないと思うの。……例えば、今その部活で笑っている人たちが、かつてどんな不安を抱えて、どんな思いでその門を叩いたのか。その『過去の理由』を聞いてみたらどうかしら?」


「過去の、理由……」


 湊は、柏木の顔を思い浮かべた。彼は最初から、あの眩しい笑顔のままサッカーを始めたわけではないはずだ。


「自分たちが頭の中で作り上げたターゲットじゃなくて、実在する部員たちが、かつて持っていた悩み。それこそが、読者が最も求めている『ベネフィット』に繋がるヒントになるかもしれないわよ」


 陽菜と澪が去った後も、四人の間には余韻のような沈黙が流れていた。しかし、それは先ほどまでの重苦しいものではなかった。


「……帰りましょうか」


 結衣が立ち上がり、荷物をまとめた。校舎を出ると、桜ヶ瀬の街はすっかり夜の帳に包まれていた。商店街「ことのは通り」の街灯が、石畳を淡く照らしている。


「みんなはさ、なんでライティング部に入ったの?」


 湊がふと問いかけると、太陽が真っ先に口を開いた。


「俺は、中学の時に野球部を怪我で辞めて、高校で何をしようか悩んで、自分の居場所がなくなった気がしてさ。でも、小野寺先輩の記事を読んで、言葉なら誰かと繋がれるかもって思ったんだよね。……あ、これ、今の取材対象に聞くべきことだったかも」


「ウチは……自分の感性が、ただの『流行り物好き』で終わるのが嫌だったのかも。あなたの言葉にはリズムがあるって、部長に言われたとき、初めて自分の居場所が見えた気がした」


 凛の声は、夜風に乗って軽やかに響いた。結衣はしばらく黙って歩いていたが、やがて小さな声で言った。


「私は、言葉の正しさが世界を守ると信じていたわ。でも、それだけじゃ足りないって……今日、少しだけ分かった気がする。……佐倉くんは?」


 湊は、ことのは通りの先に見える羽明橋のシルエットを見つめた。


「僕は、空っぽだったから。神崎部長の文章を読んだとき、自分もあんな風に、誰かの心に色をつけられる人間になりたいって思ったんだ。……そうだ。僕がターゲットにしていた『誰か』は、去年の僕自身だったんだ」


 理想の読者なんて、どこにもいない。

 いるのは、自分と同じように悩み、迷い、そして今、どこかの部活の門を叩こうとしている「かつての自分たち」なのだ。


 夜の桜ヶ瀬川のせせらぎが、湊の心に静かに染み込んでいく。バラバラだった四人の視点が、今、一つの確信へと収束していった。


 明日、もう一度、彼らに会いに行こう。

 今度は「記者」としてではなく、一人の「人間」として。


 街灯に照らされた湊の影が、結衣の影と並んで、ゆっくりと夜の街へ伸びていった。

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