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放課後ノート〜翠明高校ライティング部〜  作者: やた
14.「繋ぐ言葉」 とデジタル広報作戦

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05.腕章の闖入者

 翌日。部室棟を包む空気は、昨日にも増して冷え込んでいた。格子窓の外には、重たい灰色の雲が低く垂れ込め、放課後の校庭を走る運動部員たちの白い息が途切れ途切れに白く弾けては消えていく。


 ガラリ、と引き戸を開けて足を踏み入れたライティング部の部室は、やはり重苦しい静けさに支配されていた。


 中央のミーティングテーブルでは、新部長の拓海がノートパソコンのキーボードを規則的な音で叩き叩き、画面に並ぶアクセス数値と睨み合っている。その向かい側には、副部長の志乃が定規をあてた手帳に赤ペンでびっしりとメモを走り書きしていた。


「湊、結衣、お疲れ様」


 拓海が視線だけを上げて声をかけてくる。その声にはどこか疲労の色が混じり、前日の「データか、ファクトか」という激論の余波がそのまま残っていることを物語っていた。


「お疲れ様です、部長、志乃先輩」


 湊が丁寧に挨拶を返し、バッグを自分の席に置く。続いて入ってきた結衣も「失礼します」と短く会釈をし、背筋をピンと伸ばして湊の隣の席に腰を下ろした。


 結衣はすぐに自分の鞄から文庫本と黒革の筆箱を取り出し、卓上に整然と並べた。昨日、翠明ラウンジで「ペルソナを見ていない」と吐き捨てるように語った時の熱量は一見すると綺麗に消え去り、いつもの隙のない「言葉の門番」としての佇まいに戻っている。しかし、その指先が小さくペンを弄ぶ動作には、どことなく言い知れぬ硬さが残っていた。


 やがて、太陽と凛も「お疲れ様でーす」と部室に入ってきた。


「昨日のデータの推移、もう一回見直してみたんですけど……やっぱり放課後の夜間アクセス数がガクッと落ちてますね」


 太陽が拓海の隣にスッと移動し、液晶画面を覗き込みながら真面目なトーンで会話を始める。凛も自分のスマートフォンを操作しながら、「SNSでの共有数も、先月に比べて半分以下になっちゃってます」と静かに報告した。


 一年生たちなりに、昨日の議論を受けて自分たちの役割を果たそうと動いている。だが、部室全体に漂う「涼香たちが抜けた穴」をどう埋めるかという根本的な迷いは、冷気となって部屋の隅々に澱んでいた。


 その、誰もが言葉を選びながら息を潜めるように作業を進めていた時だった。


 ガラッ――!


 部室の木製引き戸が、前触れもなく勢いよく開け放たれた。


「失礼しますっ!佐倉くん、居る!?」


 静寂を切り裂いて飛び込んできたのは、弾んだ高めの鈴のような声だった。


 部室にいた全員の視線が一瞬で入口へと集中する。


 そこに立っていたのは、名取くるみだった。


 少し乱れた短い髪、大きな瞳をキラキラと輝かせ、寒さでほんのり頬を桃色に染めた彼女は、制服の左袖に新調されたばかりの「広報」の白い腕章を誇らしげに着用していた。


「名取……さん?」


 湊は驚いて思わず腰を浮かせかけた。


「あ、やっぱり居た!さがしたんだよー、佐倉くん!」


 くるみは制服のスカートをなびかせながら、躊躇いもなく部室の中へと踏み込んでくる。パタパタという軽快な足音が、重苦しかった部室の空気を容赦なく塗り替えていく。


 くるみは周囲の先輩たちの視線もどこ吹く風で、一直線に湊のデスクへと歩み寄ると、そのままスッと距離を詰めて湊の目線に合わせてかがみ込んだ。


「あのね、佐倉くん!ちょっとすっごく困ったことがあって……っていうか、佐倉くんにしか頼めないことがあって来ちゃった!」


「え、えっ!?ちょっと名取さん、近いよ……っ」


 一歩分も離れていない至近距離に迫られ、湊は思わず身体を後ろに反らせた。くるみから漂う、どこか甘い石鹸のような香りと若い熱気が、冷え切っていた湊の皮膚を直撃する。


 と、その瞬間――。


 カチャリ。


 湊のすぐ左隣から、氷点を下回るような乾いた音が響いた。


 結衣が、手に持っていたシャープペンシルを机の上に静かに置いた音だった。


「……あら」


 結衣の声が落ちる。静かだが、まるで刃物のように研ぎ澄まされた低いトーン。


「名取さん。ここは生徒会室でも一年の教室でもなく、ライティング部の部室よ。他人の部活動の時間に事前連絡もなくノックもあやふやに押し入ってくるなんて、相変わらず無礼にも程があるのではないかしら?」


 結衣は座ったまま、首だけをゆっくりとくるみのほうへ向けた。その黒い瞳には、まったく笑みが宿っていない。絶対的なロジックと、その奥底に隠された強烈な警戒感が、鋭いオーラとなってくるみを射抜く。


「あ……瀬戸口さん、お邪魔してます!」


 くるみは結衣の威圧感を全身で受け止めつつも、愛嬌たっぷりの笑顔を崩さずにぺこりと頭を下げた。


「ごめんね、ノックは一回したんだけど、みんな集中してて聴こえなかったみたいで でもね、本当に緊急事態なの!」


「緊急事態?」


 これまでPCと睨み合っていた拓海が、眼鏡の位置を直しながら口を開いた。


「名取さん……だったね。一年の生徒会執行部広報の。新生徒会の件で、ライティング部に何か用かな?」


「はい、小野寺部長!」


 くるみはすかさず拓海のほうへ向き直り、ピンと背筋を伸ばした。

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