04.ラウンジの熱気
「あー! マジで緊張感で息が詰まるかと思ったぜ……!」
部室棟を出て、本館一階にあるカフェテリア「翠明ラウンジ」へと向かう渡り廊下で、太陽が両腕を頭の後ろで組みながら大きなため息をついた。
「拓海部長も志乃先輩も、言ってることはめっちゃわかるんだけどさ。あんなピリピリされたら、オレら一年生は何も言えないじゃん?」
「ウチもさー、写真のサイズとかレイアウトの話したかったんだけど、とてもじゃないけど言い出せる雰囲気じゃなかったし……」
凛がクリーム色のカーディガンの袖を引っ張りながら、困ったように肩をすくめる。
四人が足を踏み入れた「翠明ラウンジ」は、放課後の部活前の運動部員や、ノートを広げて勉強する生徒たちで賑わっていた。窓から差し込む夕暮れのオレンジ色の光と、自動販売機の眩しい照明が交ざり合い、どこか温かい雑多な空気が漂っている。
湊たちは自動販売機で紙パックのドリンクを買い、ラウンジの隅にある四人掛けのテーブル席に腰を下ろした。
「……二人とも、ライティング部のことを真剣に考えているからこそ、譲れないのだろうね」
湊は緑茶の紙パックにストローを刺しながら、静かに呟いた。
「涼香先輩や駆先輩、澪先輩が引退して、急に全部を自分たちで背負わなきゃいけなくなったんだ。拓海部長も志乃先輩も、きっと僕たちが想像している以上に焦っているんだと思う」
「だとしても、あの議論には一番肝心な視点が欠けているわ」
不意に、結衣が低い、しかしハッキリとした声で言った。彼女は紅茶のパックをテーブルに置き、整った眉をわずかにひそめている。
「一番の欠陥は何だと思う、湊?」
「えっ……?ええと……」
突然指名された湊は、ストローをくわえたまま目を白黒させた。
「えっと、読者の気持ち……かな?」
「半分正解、半分説明不足よ」
結衣は容赦なく言葉を重ねる。
「拓海部長は『数字(PV)』しか見ていない。志乃先輩は『情報』しか見ていないわ。二人とも、『その文章の向こう側にいる生の人間』を見ていないのよ。読者が何を求めてWritiaを開くのか、そして取材対象がどんな想いで言葉を発しているのか、その『熱量』を無視してデータや正確性だけをこねくり回しても、人の心を動かす記事なんて書けるはずがないわ」
「相変わらず手厳しいな、結衣っちは」
凛が苦笑しながら、イチゴミルクのパックを両手で包み込んだ。
「でも、ウチも結衣っちの言う通りだと思う。涼香先輩の記事ってさ、読んだあとになんか心がじんわり温かくなったり、学校の風景がちょっと違って見えたりしたじゃん? 写真一枚選ぶのでも、そういう『空気感』みたいなのが大事だったと思うんだよね」
「そうなんだよな」太陽も身を乗り出し、熱っぽく語り出した。
「俺は拓海部長のデータ重視の考え方、マジでスゴいと思うし賛成なんだよ。タイトル一つでクリック率が全然変わるのも事実だしさ。でも、ただ釣りタイトルで人を集めても、中身がカチカチの硬い文章だったら、読んだ奴は『なんだこれ』ってなって二度と戻ってこない。引きの強いタイトル(キャッチ)と、熱のある中身がセットじゃなきゃ意味がないんだ」
一年生たちの言葉を聞きながら、湊は胸の奥が熱くなるのを感じていた。
ミーティングの場では、先輩たちの圧迫感に押されて何も言えなかった。自分は相変わらず「空っぽ」で、部の方針を左右するような大層な意見なんて持っていないと思っていた。
けれど、こうして仲間たちと話していると、はっきりと分かることがある。
(涼香先輩たちが引退して、次の代になったからって……僕たちはただ指示を待つだけの『観客』じゃいられないんだ)
「……ねえ、みんな」
湊は紙パックから手を離し、三人を見渡した。
「今日のミーティング、僕たちは先輩たちの議論に入れなかった。でも……これからもずっと黙ってついていくだけじゃ、ライティング部はダメになっちゃうと思う。涼香先輩たちが残してくれたこの部活をどうしていくか、僕たち一年生も、自分たちなりの答えを考えなきゃいけないんじゃないかな」
湊の控えめだが真っ直ぐな言葉に、太陽が不敵な笑みを浮かべ、凛が力強く頷いた。
そして結衣は、いつものようにツンと澄ました顔を崩さなかったものの、その瞳に静かな信頼の光を宿して湊を見つめていた。
「あら、珍しくまともなことを言うじゃない、湊」
結衣はトゲのある口調の裏に、かすかな温度を込めて言った。
「自分の『下書き』すら満足に書けないあんたが、部の将来を語るなんて百年早いわけれど……ただの指示待ち人間でいるよりは、少しはマシね」
「もう、結衣は一言余計だよ……」
湊が苦笑いすると、テーブルに小さな笑い声が弾けた。
夕暮れの翠明ラウンジに広がる喧噪の中で、一年生四人の手元にある言葉の芽は、新体制の停滞を破るための小さな光として、静かに萌芽し始めていた。




