第6話 ポンペアン鉱山破壊作戦
帝国と王国による泥沼の塹壕戦が始まり、大陸の戦線が完全な膠着状態に陥った頃、歴史の裏舞台で人知れず崩壊の悲鳴を上げている組織があった。
反白鉛と能力者の救済を掲げる地下組織『ステディ』。彼らは今、組織そのものが歴史の彼方へと霧散しかねない、致命的な絶望の淵に立たされていた。
開戦当初のステディは、誰もが恐れる一大勢力であった。持てる全戦力である50万の兵力は凄まじい練度を誇りその大兵力を一度に前線へ投入する電撃的な力技により、大国を脅かすほどの広大な勢力圏を一気に掌中に収めることに成功したのである。
しかし、その栄光は長くは続かなかった。白鉛を神の、与えた神格として崇め、白鉛病の抵抗力と引き換えに強靭な身体能力を得た能力者を新人類として祀り旧人類の抹殺を掲げる、狂信者集団『アビス』の突如とした参戦が、すべての計算を狂わせた。
既存の国家だけでなく、背後から牙を剥いたアビスをも相手にせねばならない最悪の「三正面作戦」。この泥沼の戦況の中で、ステディの戦線は限界まで引き伸ばされ、各地で各個撃破を許す結果となった。
絶え間なく降り注ぐ大国の重砲撃と、アビスの狂戦士による容赦なき強襲。その地獄の猛火に晒され続けた結果、組織の要であった数々の老兵やベテラン兵たちが次々と包囲殲滅されていった。35万人もの兵士が泥に消え、残されたすべての残存兵力は、わずか15万人にまで激減。50万を数えた大軍の大部分は、一瞬にしてすり潰されてしまったのである。
さらに追い打ちをかけるように、ステディの生命線であり、最大の資金源でもあった重要な白鉛鉱山を、アビスの圧倒的な個の武力によって力ずくで奪取されてしまう。
資金を失い、資源を断たれ、兵力を極限まで失ったステディの兵站は、完全に崩壊寸前であった。情報部が弾き出した冷徹な試算は、組織の寿命が文字通り秒読み段階に入ったことを告げていた。
組織の継戦能力: 残りわずか2ヶ月
可能な総力戦闘: 残りわずか2回分
この2回の戦闘で決定的な勝機を掴めなければ、ステディという組織は完全に瓦解する。
ここで、彼らは極めて残酷な「矛盾」を突きつけられることとなった。
彼らは「反白鉛」を掲げ、世界からその呪いを消し去ることを誓っている。しかし皮肉なことに、彼らの主力小銃をはじめとする武器のすべては、白鉛技術が無ければまともに戦うことすらできない代物だった。白鉛を憎悪しながらも、白鉛に依存しなければ大国やアビスに踏みつぶされる。それが彼らの冷厳な現実だった。
アビスに自前の鉱山を奪われ、手元にはもう白鉛の資源地帯がどこにも残されていない。弾薬を造る燃料も、次の一戦を生き延びる糧も、すべてが底を突こうとしていた。
追い詰められた彼らが選んだのは、全財産と残された最後の15万の命を全て投げ打った、文字通りの「起死回生の一手」であった。
彼らが最後の標的に定めたのは、列強である王国が至宝として強固に囲い込む巨大な白鉛資源地帯――「ポンペアン鉱山」。
対外的、そして末端の兵士たちに向けて、彼らはこれを「ポンペアン鉱山破壊作戦」と呼称した。王国の心臓である鉱山を爆破し、世界を汚染する白鉛を根絶するための聖戦である、と。
しかし、その高潔な大義名分は表向きの建前に過ぎない。
資源地帯を失い、白鉛が無ければ武器すら動かせないステディの真の狙い。それは、破壊ではなく、
王国からポンペアン鉱山を力ずくで「奪取」し、自分たちのものにすることであった。
鉱山を奪い取り、新たな白鉛資源を自らの手中に収めることだけが、彼らが明日を生き延びる唯一の道。理想の美しさに殉じて全滅するくらいなら、欺瞞の泥を啜ってでも、保護した子供たちや病に苦しむ同胞を生きながらえさせる。
【ステディ総司令部・指揮官通達最終作戦命令】
「残存兵力15万、これよりポンペアン白鉛鉱山への総攻撃を開始する。公式記録には『破壊』と記述せよ。だが、我らが戦い続けるために――何としてもあの山を奪い、我らの資源とせよ」
失うものはもう何もない。生き残った最後の15万の兵士たちは、高貴な理想の旗を掲げながら、その裏にある剥き出しの生存本能を胸に、王国の防衛線が待つポンペアンの山々へと進軍を開始した。
これこそが、ステディが歴史に刻む最も熾烈なそして最も隠蔽したい事件の始まりであった。
これより一章後半スタートとなります。
言の葉が竹のように実ってく。




