神谷全与
「いいじゃん。部屋も引き払ったんだし」
犬飼が気怠そうに肩を竦める。
「だーめ。妹さんのお墓参り、行かないと」
叶は軽く笑いながらも、有無を言わせない口調で返した。
墓前で二人は静かに手を合わせる。
風が吹き抜け、線香の煙が細く揺れた。
「なぁ、早く帰ろうぜ」
先に立ち上がった犬飼が面倒臭そうに言う。
「そういうとこ、ほんと常識無いよねー」
叶が呆れたように笑う。
「もういい!!」
犬飼は不機嫌そうに顔を背けた。
「拗ねた?」
「……じゃなくて」
犬飼の視線が鋭く細まる。
「ん?」
次の瞬間、犬飼はカタスト討伐用のナイフを全力で投げ放った。
金属音。
ナイフは空中で何かに弾かれ、墓石の横へ突き刺さる。
「酷くない? 僕じゃなかったら死んでたよ、失敗作」
いつの間にかそこに立っていた青年が、肩を竦めながら笑った。
「……とりあえず、テメェは誰だよ」
犬飼が低く問う。
「神谷全与。死ぬ前に覚えといたら?」
全与は薄く笑みを浮かべたまま答えた。
「何言ってんの……?」
叶は困惑した表情を浮かべる。
だが犬飼だけは、即座に一歩前へ出た。
「叶、下がってろ。こいつヤバい」
その声音に、叶の表情が強張る。
全与は愉快そうに目を細めると、片手を前へ突き出した。
瞬間――
衝撃波が地面ごと墓地を抉り飛ばす。
だが犬飼の目前で、その破壊は唐突に掻き消えた。
まるで“存在そのものを拒絶された”かのように。
「……え?」
叶が目を見開く。
驚いたのは衝撃波ではない。
全与が手を掲げた瞬間、袖の奥に見えた刻印だった。
「レベル10の刻印……」
叶が震えた声を漏らす。
「タトゥーだよ。騙されんな」
犬飼が即座に訂正する。
「……なら、犬飼と同じ……刻印を持たない人間……?」
叶の声に不安が滲む。
「失敗作と一緒にしないでくれるかな?」
全与の笑みが僅かに冷える。
「彼は“拒絶した”だけ。同じ神の力を持ってるから刻印が無いんだよ」
その言葉に、犬飼は鼻で笑った。
「失敗作って失礼だな」
「神が父親なのに、神の力を持たず、むしろ弾く。失敗作以外になんて呼ぶの?」
全与は当然のように言い放つ。
犬飼は一瞬だけ黙り――静かに口を開いた。
「父親に、まともな教育してもらえなかったみたいだな」
空気が凍る。
「……可哀想に」
その一言で、全与の笑みが消えた。
張り詰めた沈黙を破ったのは、別の声だった。
「犬飼と叶さんがデートしてるって聞いて、冷やかしに来たんだけど」
冷え切った声音。
そこに立っていた灯が、全与へ氷のような視線を向ける。
「予想以上に面白いもの見れたね」
全与は小さく肩を竦めた。
「今日は帰るよ。また会おうか」
その瞬間。
全与の足元から巨大な氷柱が突き上がる。
轟音と共に墓地の地面が砕け散った。
だが、氷柱が貫いたのは残像だけだった。
「……逃げられたね」
灯が悔しそうに眉を寄せる。
犬飼は何も言わない。
ただ、消えた全与がいた場所を、じっと睨み続けていた。




