新たな英雄に成らない末裔 久方ぶりの神のお告げ
〜前回までのあらすじ〜
タツリは五人目の英雄ガラナシャとその末裔ティンシャにドクトニーク山から発生した溶岩の熱を纏った4000を超える魔物の大群を全滅させると提案した。
果たして3人は魔物の大群を蹴散らす事が出来るのか?
サキハとレモネードを悠長に飲んでいるアーデナはただその光景を見ているだけなのか?
ドクトニーク山の麓近く、落葉と針葉の樹が生い茂る原生の森。僕、ティンシャ、ガラナシャさんは魔物たちを全滅させるべく早速作戦を実行していた。作戦はこう。人外並みの剛脚を持つティンシャに憑依したガラナシャさんが僕が闇魔法の応用で生成した雪だるまの胴体サイズの氷球を蹴って魔物の大群を狙撃するというもの。英雄兼狩人である彼女なら狙いは正確。蹴飛ばした氷球で魔物一体を倒すどころかその周りにいる魔物も巻き込んで結果的に一掃している。最初はこの森林の中で戦うとき木が邪魔で当てずらかったが、木々も蹴りを繰り出す度に衝撃で倒れるので辺りが徐々に開放的になっていく。そのためどんどん当てやすくなっていった。村を守るためとはいえ木々の皆さんごめんなさい。やがてあたり一面の木がなぎ倒され、地面が衝撃でめくれ上がり一帯が更地になる頃には近くにいた魔物たちは塵となっていた。しかしどうやらこれで終わりではないようだ。奥の方からまだまだ魔物たちが湧いて出てくる。ここからも気を緩める事なく、引き続き氷球の生成をしようとしていたがガラナシャさんがそこに待ったをかけた。
「タツリ、今から思いっきり飛び上がるからあたしの靴底に氷を絶え間無く出してくれ!」
僕の返事も聞かずガラナシャさんはそう言った後すぐに遥か上空に飛び上がり魔物達の真上のあたりまで移動した。山の中腹より少し下の高さだ。山はスカイツリーくらいはあるからその半分くらいだな。地上から見ると彼女がとても小さく見える。僕はガラナシャさんを最低限見逃さない範囲内まで追いかけ、先ほど彼女に言われた通りに靴底目掛けて氷球を生成した。すると氷球が生成された瞬間、上空から流星のごとき速さで氷が魔物目掛けて打ち落とされた。それから次から次へと生成された氷球をまるで大きく足踏みするかのように靴底で蹴り麓近くまでやって来た魔物達をみるみる内に倒していく。さっきまでつま先で蹴って前にいる敵を倒していたのに今度はいきなり真下にいる敵を靴底で蹴って当てるとは、器用だなぁあの人。それに加え一度も地面に着地する事なくあの高さを維持して浮いていられるのは人の胴より太い氷球を蹴って当てるだけでなく踏み台のように利用することによってあの場での滞空を可能としているのだろう。ふむ、靴底にと指示したのはそういう意図があったからか。これでさっきよりも広範囲且つ魔物の手が届かない場所で狙撃が出来るわけだな。
おや?魔物達の今までこちらの方を向いていた目線がガラナシャさんの方に集まっているぞ?そうか、さっきまで単独で群れの一部を蹂躙していたからな。彼女を油断ならない相手だと認識したのだろう。幸い飛ぶ魔物はおらず彼女が空中で奇襲される事はない。だが万が一彼女が氷球で足を滑らせバランスを崩せば最後彼女は転落して奴らに袋叩きにされてしまうかもしれない。ま、その前に僕が闇魔法でこちらに引き寄せればいい話か。あ、ヤベっ滑った。
僕はすぐさま闇魔法で背を地に向けて落ちていくガラナシャさんをこちらに引き寄せようとしたが、彼女が何か叫んでいた。
「まだだ!まだ引き寄せなくてもいい!あたしが合図したらでいいから今は動くな!」
そう言うと彼女はその体勢を逆上がりするかのような動作で全身を回転させると両足を下の方に持っていきそのまま真っ直ぐと下に落ちて行った。やがて彼女が着地した瞬間大きな砂塵により視界が一瞬覆い隠される。
大丈夫か?大丈夫なんだよな?僕は言う通り合図があるまで何もしてないけど、無事なんだよな?そう不安になりながらじっとしていると何度も大爆発のような轟音が響き、再び砂塵が巻き起こったと思ったら砂塵の中からガラナシャさんがこっちに向かって飛び出してきた。
「今だ!」
「は、はい。」
僕はすかさず闇魔法で彼女を自分のいる方へと引き寄せ結果的に彼女の体を両腕で抱きしめる形で回収した。僕は移動方法として自分を引き寄せたことはあったが他人は全然無かったのでこのような結果となった。僕から離れたガラナシャさんは眉間にしわを寄せながら言った。
「この子の体を抱きしめた事に関して今回は許す、だが普段なら射抜いてたからな。」
「はい、すいません。ところで何度もすごい音しましたけど一体何をしていたんです?」
「地面を思いっきり踏んで自分を中心に深くて大きい穴を空けた。深皿の型に空けたからな、簡単には這い上がって来れないだろう。」
「さすがはティンシャの脚ですね。よっ!破壊者!」
「いや、あれはあたし達だけじゃできなかったよ。」
「え?」
「お前の作った氷が地面に激しく落ちるたびに徐々に地面にヒビを入れて壊れやすくなるようになっていたのも理由の一つだ。それでもしかしてと思い、勢いよく地面を何度も踏みつけて・・ああなった。仮に穴が空けられなかったとしても地面に凹凸ができて足止めにはなった。」
「予め代案も考えてたんですね。それにしてもよくこっちに飛んで来れましたね。自ら足場の無い状況を作り出したというのに。」
「足場ならあったさ。地面を壊した衝撃で吹っ飛んだ大きめの土片を使った。」
「あぁ・・・そういう事ですか。凄いですねそんな大胆不敵に動けるなんて。」
「それはお前もだろ。」
「そうですか?」
「あぁ。とりあえずおしゃべりはここまでにして、今度はあいつらをさっさと片付けたい。だからまた氷出してくれ。さっきの続きだ。」
ガラナシャさんが親指をさした穴を覗いてみると穴底からこちらを見上げる魔物の大群がいた。うわぁ〜、みんな飢えた両の眼でこっち見てるな。まぁそれはともかくだ。
「あぁそれなら、」
僕は今からする行動の説明をし終わる前にやって見せた。魔物達が閉じ込められた東京ドームを逆さまにしたような広くて深い穴にスッポリとはまるサイズの氷球を高い所から落とした。高い所から落としたのはガラナシャさんにならってである。これでも圧倒的な質量を利用した十分な攻撃になるとは思うのだが、念には念をだ。落ちていく氷球を闇魔法で引っ張り、落下速度を上昇させた。結果、僕の手によりものすごい衝撃と轟音が起こり、止む頃には魔物達のこれまで聴こえていた荒々しい鳴き声は聴こえなくなった。
「こうすれば手っ取り早いので。」
「・・・やっぱりお前は肝っ玉据わってるな。」
「ん?まぁ、普通の人なら一度にあれだけの数を相手にしようとは思わないでしょうね。」
「それじゃなくて。これほど大規模な魔法を二度も使うなんて、かなり魔力の消費が激しいよな。さっきまでものすごい生成スピードで無数の氷も出してたのもあってそろそろ魔力が切れそうなんじゃないか?」
「うーん、サキハが言ってたんですけど。僕って魔力総量というか保有できる量が多くの人よりも多いみたいで、魔龍並み?だとかなんとか言ってましたね。闇魔法を覚え始めた最初は僕も思いのままに魔力使ってたんであっという間に魔力切れ起こしてたんですけど、サキハに“簡単!魔力の節約術“っていう本を薦められて読んでから徐々にその状況に応じた必要最低限に消費する魔力の目安がわかるようになってきたんです。前まではこれで魔力の七割ちょいぐらいは使ってたんですが、今では二・三割くらいにまでに留めることができてます。今思えば僕って相当魔力の無駄遣いしてたんですね。」
「フフッ、やばお前。もはや生き物で最強格だろ。お前をそう育てたサキハもその類なんだろうな。」
「えぇ、そうかもですね。あ、一応もう一回氷に同じくらいの圧力かけておきますね。魔物たちを擦り潰すつもりで。」
「さすがにもういいだろ。ところでタツリ、今ので全部倒したと思うんだが。気づいてるか?なんか山全体が揺れてるよな。この揺れの大きさからして、なんかデケェのが来そうだ。」
すると案の定、火口からヌッと四本の鋭い牙を覗かせたのはフガフガと荒い鼻息を出す豚鼻、激しく燃える立髪、炎を噴き出す四本足が特徴の巨大な猪だった。大型トラック二、三台分はあるな。さらに山頂と麓という距離からでも伝わるほどのこの熱量。この熱の発生源がストーブなら即座に最弱に弱めていたはずだ。
「ふむ、これで最終局面であってほしいですね。あれ乗り越えてもまだ上があったら僕泣いちゃいます。」
その時だった。
「スゥゥゥゥゥゥゥ〜・・・・・・フギャァァァァァァァン!」
猪が大きく呼吸をし全身に響くほどの咆哮をしたかと思えば猪の全身がまぶしく燃え上がり魔物の大群を潰した氷の半分を蒸発させ、半分は水になって穴に溜まり湖ができた。その時僕らはとっさに氷の影に隠れたので熱をまともに浴びずに無事だった。
「同感、だとしたらあたしも泣きそうだ。で、どうする?あいつ、お前の作った特大の氷を一瞬で溶かしたぞ。ありゃ氷をぶつけたとしても体に触れる前に余裕で気化するだろうな。体が大きい分、放つ熱量も多い。あれをなんとかするにはあの溶岩の体を凍て付かせるほどの冷気か大量の水が必要だ。」
「ガラナシャさん、また来ますよ。」
僕は再び氷を作って奴の放つ高熱から彼女を守った。うーむ・・・妙だな。あれだけ攻撃的な態度なら遠くから熱を放出なんかせずに言葉通りこっちまで猪突猛進した方が僕らなんてあっという間に倒せるだろうさ。なんで一歩も動かない?僕の持ってる高熱を出す短剣、炎天下・黒い舞姫のように熱を放出し続けないのも気になる。そもそもどんなプロセスであれだけの熱量を・・・ん?
「ブゥ、ブゥ・・ブゥ、ブフゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥ〜!」
鼻息がやけに荒い。全然動いてないはずなのに。あれほど息切れを起こすとあれば僕の知らない間に激しい運動をしていた?一歩も動いていないように見えていたのは残像?いや、それだけ速いなら僕らをぶっ飛ばしてるな。
「スゥゥゥゥゥゥゥゥ〜・・・」
また来るぞ、もう一度だ。特大氷球生成!
「フギャァァァァァァァァァン!」
「タツリ、このままじゃお前の魔力が尽きるぞ。」
「ブゥゥ、ブゥゥ・・ブフゥゥゥゥゥゥゥゥゥ〜!」
「やっぱり鼻息が荒くなっている。それとさっきの深い呼吸にどでかい咆哮と同時に放たれる高熱。もしやあの一連の所作が激しい運動・・・・あ、あぁぁ〜!」
「ん?どうしたタツリ?」
なんか既視感あると思ったらあの猪の攻撃モーション、”ドライヤー”に似てる!ドライヤーの場合吸い込んだ空気をヒーターの発熱で急速に温めて温風を吹き出す。あいつの場合は少し違って、常に放出している熱を広範囲に届かせる為に大きな声の振動で小刻みに体を震わせる運動を利用していたんだ。大きく息を吸っていたのはあれほどの熱を出すのに必要不可欠だからだ。
「ならば鼻を防ぐまで!」
僕は魔法でやつの鼻目掛けて岩石と溶岩をとことん詰めまくった。やがて鼻の穴から岩などが飛び出すくらいにまで詰めると猪は苦しそうに悶えていた。フフ、豚系の生き物は基本鼻呼吸だからな。これでもう熱は放てまい!
「なぁマジでどう言う事なんだ?わけが分からん。」
うーん、ドライヤーの例え伝わんないだろうしな。説明するの面倒くさいなぁ。こうなったら仕方がない。ここはスムーズに自分の考えをうまくかつこの世界でも違和感なく伝えられる魔法の言葉を使うしかあるまい!秘技。
「かくかくしかじか。」
「なるほど、そういうことならあの熱風に怯えることはないし、さっきよりかは倒しやすくなったという事だな。」
「そうです。」
よかった納得してくれたみたいだ。おっと勘違いしないでくれよ?こいつは都合のいいフィクション的演出ではない。先のコレは僕の使える魔法の一つ”かくかくしかじか”だ。途中で習得したのではなく転生した最初にはすでに備わっていた固有魔法なのだ。今まで使わなかったのはこのをご覧になって頂いている皆様方に対しての配慮である。僕が自分の意見を言う際かくかくしかじかしか言わなかったら内容が頭に入ってこないと思ったからだ!今後の活躍も乞うご期待。
「よし、それじゃ奴が悶えている今のうちに大きな氷球で、」
「待てタツリ、氷はあたしの方に普通の大きさの奴を出してくれ。もちろん絶え間無くだ。」
「はい、わかりました。」
そこからガラナシャさんは猪の牙を全て破壊し、前両足に数回当てて吹き飛ばし態勢が崩れた瞬時に奴の口を目掛けて氷を飛ばし続けた。
「どうして口に入れてるんですか?」
「口で呼吸させない為、せっかく鼻に詰めた溶岩鼻息で取れちゃうかもだから。」
「なるほど。」
こうして突如として始まったガラナシャさんによる氷球の袋否、胃袋詰め放題は口から氷が溢れるまで続いた。
「溶けないんですね氷球。溶岩の体をしているのに。内側の方が体温高いと思いますけど。」
「大方最初は溶けてたけどほぼ無限に体に入っていく氷が徐々に内側の熱を奪って溶かせなくなったってとこだろ。両の前足は無いし、鼻呼吸も口呼吸も出来ずにいるから抵抗する力も出せない。これで終わ」
る事は無かった。突然猪の体が爆散したかと思えばその中からさっきの猪が灰塵の中から姿を現した。しかしさっきとは違い全身が眩しく橙色に光っている。あれは溶岩の熱ではなくマグマそのものを纏っているな。マグマの猪は横並びに立っている僕たちめがけて突っ込んできた。僕らは左右に分かれる形で無事避けることに成功した。が、ガラナシャさんの様子がなんだかおかしい。もしかして怒ってる?
「ティンシャのお気に入りのこの服、ちょっと焦がしやがった追うぞ。」
「は、はい。」
怒ってた。
僕は彼女に続いて猪を追いかけた。幸い猪は全力疾走せずとも追いつける速さで今の距離は大体3メートル。これ以上近づかないのは熱いからだ。現状ソーシャルディスタンス以上の距離を維持しているが、こいつを倒さない限り村は守れない。もちろん倒す倒す作戦は考えてある。直接打撃を加えるのだ。他の魔物達を倒したみたいに氷をぶつけるという方法を使わないのは奴の体の表面が溶岩ではなくマグマで出来ているからだ。当然そんな超高熱の体に氷球など通用しない。質量を変えても結果は恐らく同じだろう。つまりあの体に冷却を伴う手法での対処は不可能。ならば直接物理ダメージを与えて倒す他ない。では久しぶりにこれの出番だ!
「保冷魔法。」
「ん?タツリ、今何かしたのか?」
「僕達二人に熱くなくなる補助魔法をかけました。これは熱く感じなくなるのではなく、対象の温度の上昇を阻止するものです。なのでこの魔法がかかっている間ならあのマグマの体に触れてもへっちゃらです。ですのでガラナシャさん・・・あとはお好きなように。」
「分かった。」
ガラナシャさんは体勢を前のめりにして地面を思いっきり蹴ると一気に猪の真横まで移動し、足の甲を面にして回し蹴りを奴の胴めがけて放った。だがその一撃がヤツを彼方まで吹き飛ばす事はなく、彼女の足がマグマの体の中に入っていった。それから彼女は真上から靴底を面にして何度も蹴りを繰り出したが、その連撃でも猪は意に介していない様子でただただ彼女の足がそのマグマの体に触れる度に沈むだけだった。予想外の事態の驚いたガラナシャさんは瞬時に身を引いてこちらに戻って来た。
「ダメだ。アイツの体泥沼みたいにぬかるんでるせいであたしの蹴りの威力全部殺される。ほぼ液体に近い体してんのになんで普通に走れるんだ?」
「攻撃が来る時だけ体を液体化してるとかですかね?」
「器用な奴め。」
「また落とし穴を作って落とすのは?」
「それも考えたが、多分あいつ地面を余裕で貫通出来るぞ。体マグマだから。」
「確かに。くっ・・もう打つ手無しか。」
「いや、まだあるよタツリ。」
ここでピンチヒッターサキハの念話が飛び込んできた。
「サキハ!もしかしてずっと見てたの?湖で。」
「うん。で、方法なんだけどさ。とりあえず二人でそいつを湖まで誘導してほしい。このまま真っ直ぐ進み続ければ湖畔に出る。そしたらタツリは湖全体に保冷魔法をかけるだけでいい。そしたらあとは任せて。」
「分かった!頼んだよサキハ!」
「湖畔に出るぞ。」
「はい!」
僕は森を抜けるとサキハに言われた通り湖全体に保冷魔法をかけた。するとどうだろう。猪が水面に足をつけた瞬間奴はツルッと足を滑らせ激しく横転し奥の方へと滑っていき水面のど真ん中に体半分が沈んだのだ。そう、湖全体が凍っていたのだ。これは・・・・まさか。
「上出来だよ二人とも。」
声のした方を見ると自転車にアーデナさんが乗っている状態で上から舞い降りて来た。
「サキハ!とアーデナさん!」
「タツリさん、ティンシャは?」
アーデナさんは着地するとすぐに降りて彼女の安否を聞いてきた。
「見ての通り今はガラナシャさんが保護してます。」
僕はガラナシャさんの方を指差してティンシャが無事である事を伝えた。
「そうですか、ハァ・・良かったです。それよりお二人とも、ここは危険です。今すぐに離れないと!」
「え?」
「どういうことだ?」
「手短かに話すと今からわたしがあの猪を冷やす。アイツを使って。」
僕はサキハの視線が遥か上空に向いているのを見て察した。なら逃げなきゃいけないな。
「了解だよサキハ。でも無事でいてよね!」
「うん。」
そしてぼくたち三人は湖から離れるように全力で逃げた。アーデナさんは僕らの足についていけなかったためガラナシャさんにおんぶしてもらって一キロ辺りのところまで移動し、そこで足を止めた。
「タツリ、どうしてあいつは、サキハはあたしたちに逃げるように言ったんだ?」
「それはワタシの方から説明させて頂きます。結論から言うとサキハさんは大量の雨を降らせるつもりです。」
「っ!・・・なんだと!」
湖面の真上、雲の高さまで移動したわたしはそこから湖の様子を見下ろしていた。
「よしよし、思った通りもがいても抜け出せずに動けなくなっている。」
わたしの作戦はこうだ。一つ、タツリの真似をして擬似魔法を使って湖全体を凍らせる。この時、湖の真ん中の水は凹ませた状態にして凍らせる。これが猪を捕らえる為の落とし穴だ。二つ、タツリに保冷魔法を湖全体にかけてもらう。するとあの触れる物全てを溶かし気化させる超高熱の肌に凍りついた湖は溶かされる事はなく逆にアイツは滑って転ぶ。あとはわたしの極めて緻密な計算によって導き出された位置に作った落とし穴にホールインワンだ。次に三つ、上空にあるありったけの雲を集める。そして四つ、あとはこれ全部集めて大規模な豪雨を降らせ雨水を一滴もこぼす事なく全て集めたら、あの猪めがけてホイッと。
さすれば・・・、あの猪がまとっている超高熱が大雨粒に急激に熱を奪わればこのようにして”水蒸気爆発”が起きる。
爆風によって一気に広がった水しぶきはわたしも巻き込んだ。とはいっても少しバランスを崩す程度でこの体が崩壊する事は無かった。それからわたしは三人が湖に向かっているのを上空から見つけたので下まで降りていった。
「サキハ〜!」
「サキハさん〜!」
「三人ともただいま。」
「あの猪は?」
「それならあそこで固まっているよ。ほら。」
「本当だ。冷えた溶岩石のようです。」
「ピクリとも動かないね。」
「さっきすごい爆発に巻き込まれてたようだが、大丈夫なのか?」
「あぁ問題無いよ。この通り無傷だ。」
「ず、随分と硬質な素材で作られているのですね、その依代は。」
「フフ、まぁね。」
嘘である。こいつは本来あれほどの衝撃に無傷どころか耐えられるようには作られてはいない。それでもこうして無事なのは自転車に先の衝撃にも耐えられる強い加護がかけられているからだ。それが上位龍、オウルエの加護。
それを知ったのはわたしが自転車の制御の練習を始める生活をしてまだ間も無い頃。自転車の制御にまだ不慣れなわたしは誤って何度も地面や崖に車体を叩きつけ、高い所から落としたりと失敗ばかりだった。このままでは壊してしまうと思いタツリに相談したら彼から返って来たのは「思う存分失敗しても構わないよ。」だった。
先程も言ったようにこれには加護がかけられていてその権能は非常に高い耐久力で、物理的な衝撃も魔法でも防ぐらしく加護を授けたオウルエと同等かそれ以上の力を持つ存在で無い限り破れないとのことだった。流石は神話の時代から存在した古の龍オウルエだ。敵とみなした者を大海を操ってのみ込み、龍族の中でも食欲が旺盛で馳走を見つけては大きさを気にせずほぼ一口でのみこんだ。この二つの逸話を持つ彼はいつしか万呑”と言われるようになったとか。ちなみにこれは余談だが、タツリがオウルエに自転車に加護を与えるように頼んだ理由は貰うはずだったお礼を妥協した結果だと言っていた。もっと詳しく言うと本来であればタツリ自身がその加護を授かり紙耐久レベルの防御力を上げようと思ったらしい。だが加護を授けようとしてもなぜか何度も弾き返され加護を得る事が出来なかったのだとか。それで妥協案として自転車に加護を与えてこの世界で激しい戦いに巻き込まれてしまっても壊れないための対策をしたと平静を装いながらも目をうるうるさせ、どこか残念そうにしていたのを覚えている。
さて、とどめを刺したはいいけど、もう生き残りは居ないかな?・・・・・。うん、反応は無し。今ので全部倒したみたいだ。一応タツリにも聞いておくか。
「タツリ、魔物の気配は?」
「しないよ。そっちは?」
「わたしの方でも反応は無し。全滅だね。」
「よし・・・ヤッタァ〜!」
「ふう、なんとかなったな。」
「ガラナシャさん、タツリさん、サキハさん、三人ともお疲れ様でした。」
「アーデナ、一番の功労者はこの子だ。あたしは憑依を解くから何か労りの言葉を掛けてやってくれ。」
「いいえ、それならガラナシャ様もご一緒に、です。」
「え?」
「ワタシでもティンシャは喜ぶとは思いますが、ティンシャはあなた様にも何か言って欲しいと思いますよ。」
「そうか。とにかく今から憑依解くぞ。」
ガラナシャはすぐに霊体となってティンシャの体離れていき、事前にそれを聞いていたアーデナはふらつく直前でティンシャを支える事が出来た。憑依が解けたティンシャはわずか数分で目を覚ましたので僕らは彼女に無事魔物の大群から村を守ることが出来たと伝えた。これにはティンシャはため息をつき胸を撫で下ろしていたが、それはほんの数秒で4000を超える魔物の大群を倒そうとして結果できた更地、吹き飛ばされた多くの木々達、大きな穴を目にした時ティンシャは目を丸くし、あいた口が塞がらないようだった。無理もないな。なにせ自分の体力作りの過程で意識する事なく鍛え上げられた脚力を魔物の大群との戦いに使うとこうなるという事を知ったのだから。
「ティンシャ。」
「おばあちゃん。これ・・・・本当に私の力で?」
「間違いなくティンシャの力だ。かなり手荒な方法だったが、お前の脚が村を守ったんだ。いや、村を思う気持ちと強敵に立ち向かおうとするその無謀さもあってだな。」
「ちょっとちょっと、ガラナシャ様。無謀という言葉は少し・・」
「え?あ、すまないティンシャ。無謀ではなく勇気だと言うべきだった。あぁ、それと・・・」
「ん?どうしたの?」
今まで何を喋るのにも顔色を変えることなくはっきりと物事と言うガラナシャが珍しく言い淀んでいた。視線を下に向けモジモジしながらも彼女は口を開いて言った。
「ごめんなさい。」
「え?な、なんで急に謝るの?」
「魔物と戦っている時考えてたんだ。あたしはおまえを守りたい一心でお前が村を守りたい理由を汲み取ってやれなかった。おまえは今まであたしの後継として育てられて、その過程で圧倒的な体力を手に入れたせいで周りから敬遠されてずっと一人だった。それが辛かった。それが辛かったからこそ学園で出来た友達を失いたくなかった。それだけじゃない。お前は今まで義務として10年以上修行に時間を費やしてきたのにあたしはもう修練はやらなくてもいいと言ってしまった。今考えればかなり酷いことを言ったと思う。でもあれは決しておまえに失望したとかじゃない。今になって魔物の襲撃が来るのを食い止めるという役割をあたしの代わりに負わせたくなかったからなんだ。おまえは優しくていい子だから。きっと事情を話せば自分の身を呈してでも村を守ろうと戦うだろうから、ついあんな言い方をしてしまった。言葉足らずで不器用なおばあちゃんで、すまない。」
彼女は自らの非を話し終えると深々とティンシャに頭を下げて謝った。頭を下げられた一瞬戸惑う顔をしていたが、すぐににっこり笑うと片手に胸を置きこう言った。
「ううん。ありがとうおばあちゃん。おばあちゃんの私を心配する気持ちと危険から守りたいっていう気持ちは私のここにちゃんと伝わって来てる。私もごめんね。つい感情的になっておばあちゃんに反抗しちゃって。確かにおばあちゃんの言った通り出来もしない事を出来るって言うのは傲慢で無責任な発言だよ。今回はタツリさんのおかげでなんとかなったけどこれからも上手くいくとは限らないもんね。改めて考えるとそうだ。だからこれからはおばあちゃんを見習って自分の出来る事出来ない事を見分けられるように心がけようと思う。感情に流されて暴走しちゃう孫でごめん。」
「ティンシャ。」
「っ!・・・おばあちゃん!」
二人は自分の両腕でお互いの体を包もうとした。しかし彼女たちは霊体と肉体。実際に触れることは出来ないので至近距離で互いを抱きしめる動作をする事で和解の意思表示を二人でしているという事なのだろう。やがて二人が離れたタイミングを見計らってわたしは口を開いた。
「よし、じゃあこれから村に戻ろうか。他の四人にも声をかけてから。」
「そうだね。ティンシャ、ガラナシャさん、アーデナさんもそれで良いですか?」
「はい!勿論です。」
「じゃあ手分けして行こうか。わたしはとティンシャとガラナシャは北方のテクネノ・ファナ・ポオリの三人を。タツリは南方のナディアのところに行って来て。今の段階ならまだ英雄達が末裔の子達の体を管理している状態だから事態の収束を説明出来ると思う。」
「あのう、サキハさん。ワタシは何をすれば?」
「アーデナはわたしに乗って移動かな。しばらく休憩していたとはいえ歩き回って疲れてるでしょ?」
「そうですね。え、ていうかその依代って乗れるんですか?乗る物なんですか?」
「うん、そうだよね?タツリ。」
「それはもともと乗るための物だよ。」
「はぁ、なんとも珍妙な形をしているのですね・・・」
「あ、そうだ。ガラナシャ、この霧を晴らして欲しいんだけど。このままじゃ末裔のみんなが帰れないし。」
「あぁそうだったな。待ってくれ。」
ガラナシャは懐から丸められた茶色い洋紙を取り出すとそれを両手で広げた。するとここら一帯を囲んでいた霧が紙の中に吸い込まれていき周りが良く見渡せるようになった。これは後々聞いた話だがこの霧は魔導書の力によるもので霧に触れた者の方向感覚を狂わせる性質を持っていているが、使用者がターゲットとみなした人間のみにしか効果が無いらしい。なるほどわたし達に効かないのはそういう理由だったのか。となるとガラナシャは霧を使って村人がこちらの方にうかつに来ないようにしていたのか。他の末裔の子達も霧で閉じ込めたのはもしかしたら同じ英雄達に後々事情を話して英雄同士で今回の件を解決するつもりだったのだろうな。
こうして魔物を退け、二人は無事仲直りしたという事で僕らは一旦別れて英雄たちのいる場所を再び訪れてから村で合流する事になった。
僕は村の南部にいる英雄ナディアさんを改めて尋ねて事が収束した事を伝え、その事をアドレア本人にも伝え一緒に村に向かった。僕が末裔の子の一人アドレアを連れて村に戻る頃には四人と他の末裔の子達は戻ってきており、村の人達も大いに喜んでいた。すると僕とアーデナさんの前に村長さんと英雄の子の家族と思われる人達が僕らの前にやって来た。(サキハの存在は秘密のままだ。)
「旅の方、そしてアーデナ先生。この度はこの子達を無事村まで連れて帰っていただき本当にありがとうございます。タイラァの村を代表して御二方には礼を言わせて下さい。」
「うちのアドレアを・・・連れて帰ってくれてありがとう!この恩は一生忘れない。」
「うちの子もありがとう。」
「私たちの子も、」
「なんとお礼を言って良いやら」
「このお礼は必ず、」
「アハハ、どういたしまして。」
「末裔の子達は無事戻って来ましたし、これでもうタイラァは安泰ですじゃ。」
「あの、村長さん。」
「ん、どうしましたかな?」
「ティンシャが皆さんに話したい事があるみたいなので聞いてもらっても良いですか?」
「おや、ティンシャが?あの子が自分から何か話すとは。これはあの子のこの村を支える上でどうしていきたいかの演説が聞けるということですな?」
「ふふ。」
僕は笑顔を向けただけでその問いには答えなかった。
「おーい皆の衆。ティンシャがワシらに伝えたい事があるそうじゃ。これから村を支えるであろう新たな英雄の演説を皆心して聞くのだ。」
村長の指示が村人達の視線をティンシャに向けさせる。ティンシャはモジモジしていたが、深く深呼吸をすると口を開いた。
「み、皆さん。私は・・・これからこの村を」
この瞬間、村の人達は、村長は、彼女の両親は皆次に発せられるであろう「守っていきたいと思います。」という言葉を待っているのだろう。しかし残念。これから彼女が発するのはあなた方が期待している言葉ではない。
「この村を、出て行こうと思います。」
途端、彼女の宣言にざわめく聴衆。
「ティ、ティンシャ。お主何を言っておるのだ?」
「どうしてしまったの?ティンシャ?」
「せ、説明してくれ、ティンシャ。」
戸惑う村人達の質問者代理となるのは、やはり村長と彼女の両親か。まぁ驚くだろうな。
「私は、今まで狩人だったおばあちゃん、英雄ガラナシャの役割を受け継ぐ者として物心がついてから十一年間修行をしてきました。その修行は過酷で、体力が日に日に増えていき、大人よりも沢山の体力がつく頃には周りからはずっと疎まれるようになりました。一番の思い出は学園で同じ末裔のみんな、アーデナ先生と過ごした三年間というほんの僅かな時間でした。それから学園を卒業した私は新たな英雄として村を支えるという役割を継ぐべくゆかりの地へ向かいましたが、私はそれを成し遂げることは出来なかった。才能も無ければ器も無かった。私は酷く嘆きました。自分は狩人であるおばあちゃんの力を継承して村の為にがんばらなきゃいけないのに。その為に今まで寂しくても修行を自分なりに一生懸命に頑張ってきたのにわたしは成し遂げることが出来なかった。だからそんな私は村を支える事も守る事も出来ない。村のみんなには申し訳ないけど、私はおばあちゃんの役割を担う事が出来ないからこの村には居られない。」
ティンシャの演説に村の皆んなが沈黙になる中、村長と彼女の両親はひどく混乱していた。彼女が打ち明けた話に心を乱されながらも平静を保とうと口を開いたのはやはり村長だった。
「役割を受け継ぐことが出来なかっただと?それは英雄様の意志を受け継ぐことが出来なかったという事か?ならばおかしいぞティンシャ。掟によれば末裔戻りし時、英雄の意志を継ぎし時、霞が晴れる。とある。実際お前はこうして戻って来ているし、これまで村を囲んでいた霧もすっかり晴れている。それはつまりお主がこの村を支える新たな英雄になれたという何よりの証ではないか?もしやティンシャ、お主ワシらに嘘をついているのではないのか?自分は英雄になれないと自身を卑下して末裔としての責務を放棄しようとしているのではないか?」
村長の尋問に黙るティンシャ。
「どうなんだティンシャ?」
「正直に言いなさい?ティンシャ。」
そして黙るティンシャに詰め寄る彼女の両親。
「私は嘘をついていないよ。村長,父さん,母さん。」
「何?」
「え?」
「どういう事なの?」
三人が同時にティンシャに対して疑問詞を投げかけると彼女は続けて言った。
「私がおばあちゃん継げなかったのは役割だけ。意志は継いだ。」
そのような事をを言われても当然納得も理解も出来ない三人。言葉足らずなところはガラナシャさん譲りなのだろうか?
「役割を継げなかったが意志を継いだとは一体どういう、」
「それは、あたしが説明しよう。」
ティンシャの後ろから突然現れたのは現在進行形で話題の中心になっている英雄ガラナシャさんご本人。その姿に三人だけでなく村人全員が驚く。村長は思わず尻餅をついてしまった。
「あ、あなた様は英雄ガラナシャ様!なぜあなたが?」
「あたしがここに来たのはお前たちと話す為だ。この子の、ティンシャの今後について。」
「いや、話し合うも何もティンシャの今後はこの村を支えるというもので、」
「悪いがそれは無かった事にする。」
「え?」
「どういう事ですか?お母様?」
「説明してくれ母さん!」
「あたし達英雄と呼ばれた五人は末裔として生まれて来る子達に自分らが持っていた知識と技術を力として与え、そしてこれからどう生きて欲しいかの意志を伝えるというのを自分達の使命とした。そしてあたしがこの子に伝えた意志は出来もしない事を出来るとは言わないというものだ。あたしだってこの村をこの子に守ってもらいたいという気持ちがあった。だが状況が変わったんだ。この子にはあたしの知識と技術を受け継ぐに値する才能がない。そしてこの子に新たな英雄となって村を守っていくという役割は荷が重すぎる。だからこの子は英雄の末裔としての役割を放棄させる事にした。これはこの子の先祖であるあたしの決定事項だ。異論は認めない。」
「お、お待ち下さいませガラナシャ様。急にそのような事を言われましても我々は困ります。それでは村の安泰支障が出てしまいます。」
「そうですよお母様!ティンシャはお母様の役割を受け継がせるためにわたし達夫婦が今まで育てて来たのに、それが無駄になるなんて。」
「母さん。いきなりそんな事決めるなんて、一体何を考えているんだ?!ティンシャには役割を全うしてもらわないと」
「ならお前たちがやってみるか?あたしが生前担ってきた役割を。溶岩を纏った魔物の大群がドクトニーク山の火口からわらわらと降りて来るんだ。あたしはそれを人知れず毎回不定期に起こるあの騒動を一人で抑えてきたよ。毎回来るたびにどんどん数は増えていってあたしが晩年の時にはもう1500体にまで増えていた。そして今日4000を超える魔物達と戦った。巨大な猪もいた。ティンシャが頑張ってくれたお陰でなんとか抑えることが出来たが、あたしの支援も無ければ,無理だった。そこにいるタツリも今回の功労者だしな。つまりはこの役割を全うするには最低でも二人以上の人間が必要なんだよ。この子一人で負えるような生易しい物じゃない。そんな不定期にやってきて数も未知数な触れたら熱いじゃすまない魔物達と毎回単独で戦えって言うのか?お前ら三人は。実の娘にそれが役割だから仕方ないって言えんのかよ?」
どうやら三人はそう言われて、返す言葉も無いようだ。不定期に不特定多数で発生する魔物、しかも溶岩並みの暑さをまとっている相手を一人で相手にするなど到底無理だと理解したのだろう。ガラナシャさんは三人が閉口しているのを確認すると続けた。
「あたしならそんな事言いたくないし、させたくない。せっかく生まれた命なんだからさ、もともと村の都合を押し付けちゃいけなかったんだ。もちろん役割を受け継がせるつもりだったあたし自身もしっかりと反省しなきゃいけないと思ってる。だからさ、お前らもこの子に英雄として振る舞うことを、役割を全うするのを求めるのはもうやめにしないか?」
彼女のその提案にティンシャの両親は互いに顔を見合わせて頷き口開いた。
「分かったよ母さん、俺達が間違えていた。俺たちはたとえそんなつもりじゃなくても自分達の都合で娘をティンシャを村を守りたいがためにの駒のように扱っていたかもしれない。」
「お母様、わたしも同じく思います。村の安泰とティンシャの命、天秤にかければどちらが重いかなんてわかっていたはずなのに・・・わたし達は親失格です。」
「だから母さん。母さんの言う通り俺たちはこれ以上ティンシャに末裔としての役割と振る舞いを求める事はもう絶対にしない。約束するよ。」
「お母さん、お父さん・・ありがと。」
両親から自分の共感してもらったのがすごく嬉しかったのかティンシャは涙ぐんでいるようだった。
「ガラナシャ様、魔物の大群のお話を聞いて確かにティンシャにはかなり荷が重い事だと理解しました。ですがそれならば、一体誰がいずれやってくるやも知れぬ魔物達からこの村を守ってくれるというのですか?ワシが憂いているのはそこなのです。ティンシャが駄目なら別の誰かをと言いたいところですが、それが酷な選択である事も重々承知しております。・・・ですが」
「あぁ分かってる。後釜の確保を懸念してるんだろ?それなら・・・」
そう言いながらガラナシャさんが聴衆の中へと視線を向けるとその中でそれぞれピンとフワッと上がる二人の腕が目立っていた。村長はその手を挙げた主の名前を驚きながら口にした。
「マアゼ、それにプリシタス?おぬしらが村を魔物から守る役を担うと申すか?」
ピンと立てたのがマアゼで、黒いミディアムボブが特徴の少女、魔物使いの英雄ポオリの末裔。一方フワッと立てた方がプリシタス。サイドテールが特徴的な魔法技師の英雄ファナの末裔だ。
「ハイハイ、その通りで〜す村長。ね、プリシタス?」
「はい、その役はわたしとマアゼがやる事になりました。」
「では聞くがおぬしらは一体どのようにして不特定多数で不定期に発生する魔物達を倒すというのだ?」
それに答えたのはマアゼだった。
「えーっとですね。これはアタシ達とアタシら二人のおばあちゃんポオリとファナ様の四人で考えた事なんですが、何も定期的に戦う必要は無いんじゃないかと思うんです。」
「ん?それはまたどういうことだ?」
「アタシは魔物使いです。ポオリおばあちゃんから受け継いだ万物を虜にする広範囲治癒魔法と様々な魔物の知識も持っているので凶暴な魔物達の闘争本能を沈められます。とはいってもそれは一時的な対処です。」
次に話したのはプリシタス。
「そこで魔導具師であるわたしがこの”一帯の温度を自由自在に変えられる魔道具”を使って発生源であるドクトニーク山とその周辺を極寒の地帯に変えちゃいます。そうすれば魔物達は高熱の体が冷やされて活動を止めるはずです。あとはついでにドクトーニーク山の火山活動も冷やして停止させれば魔物がこれ以上増える事はありません。」
「なんと!そのような物を作ってしまうとはさすがは英雄ファナの末裔だ。しかし、その魔道具はなんでまた鍋つかみのような形をしているんだ?そういうのって杖のように手に持てるものだったり、地面に置いておくタイプの水晶的な物だったりしないのか?」
「最初はわたしもそれらの形で作ろうとしたんですが、形状を保てないようでして。色々試行錯誤した結果この形で完成しました。」
「ところで、その手の甲の部分についている風車のような物は一体?」
「あぁ、これは首元に送風するために付けました。魔力を込めるとほら、このように一人でに回って涼しくしてくれるんです。威力を(強)に変えると手の推進力もこうして大幅にあげる事も出来ます〜。」
「あぁ、そうなのか。(これから寒くするつもりなのに必要なのかそれは?要らないような・・・)」
「聴こえてますよ〜村長?ひどいじゃないですか〜?」
「コワいコワいコワいコワいコワい!!悪かった、悪かったからそのラリアットの構えをやめておくれ。今その態勢で(強)にしてラリアットされたら永眠してしまうから。」
「プリシタス、村長が怖がってるよ?」
「ごめんなさいマアゼ。冗談ですよ、村長♪」
とても冗談には聴こえないな。マアゼ、恐ろしい子。村長もまだ怖がってる。
「と、ともかく。ティンシャの役割はこれから二人が担うという事で良いのだな?」
「はい。お任せください村長。今すぐにでも取り掛かります。」
そう返事したのはプリシタス。
「本当は魔物達を湖に浸からせてその熱で大浴場作ったら観光客でガッポガッポ設けられたのになぁ。無念。」
そうブツブツと何やら傍若無人に呟いていたのはマアゼだった。溶岩並みの熱さだと蒸発して大浴場自体が出来ないんじゃないだろうか?
何はともあれこうしてマアゼとプリシタスの提案は村長にも村のみんなにも受け入れられ、ティンシャは村を守るという役割から解放されたのだった。
それから三日間僕はこの村でのんびりと過ごす事にした。
一日目はマアゼとプリシタスと一緒にドクトニーク山へ行った。魔物退治に関わった僕にも魔物対策の現場に是非立ちあって欲しいとの事だったので、喜んで協力した。最初はガラナシャさんが大暴れした結果出来たその光景に二人はティンシャと同じく開いた口が塞がらないようだった。プリシタスの鍋つかみ型の魔導具は今まで秋模様だったドクトニーク山の風景をあっという間に白銀の世界に変え。山も氷に包まれた氷山に変わってしまった。立ち会いを終えた僕は二人に給水魔法で緑茶味の水を温めたのを振る舞った。二人は大変喜んでいた。そういえばその後観たマアゼの使役するアヴァランチウルフの放つ雪崩の嵐とプリシタスの魔導具によるラリアットの打ち合いは見ものだったなぁ。アヴァランチウルフのどんな獲物も包み込む雪崩も凄かったがプリシタスの鍋つかみから放たれるラリアットもそんな雪崩を一撃で吹き飛ばしてたな。あれはもしかすると魔導具だけでなくプリシタス自身が強いのだろうか?
二日目は北部にて英雄テクネノの末裔で冒険者になったウレイカに周辺の魔物退治に付き合って欲しいと言われたので協力し、その後模擬戦にも立ち会った。攻撃力:人畜無害の僕はひたすらに逃げに徹して彼女が攻めに徹した。その後はお礼と称して豚の腸詰めを焼いた物と謎の宝玉を貰った。これは何かと聞いたのだが、彼女は「効果が出てからのお楽しみです。」とだけしか言わなかった。
三日目は南部にてナディアの末裔アドレアが経営する「料亭コオミイル」に行って彼女の得意料理である豚の出汁と野菜、卵白をベースにした腸詰めと根菜のスープ(ポトフ的な物)をご馳走してもらった。彼女は学園時代ティンシャと特別仲が良かったらしく温かい食べ物が好きという事で意気投合して気付けば親友になっていたと言う。去り際に、英雄としての役割に追い詰められていた彼女を救ってくれてどうもありがとうとお礼を言われた。僕がアイテムボックス持ちだと知るとスープの入った鍋を一つくれた。このアイテムボックスの中は何日経っても食べ物が腐る事はないので言わば冷蔵庫の上位互換とも言える。ただその保存性能が高すぎるが故に、二日目のカレー、三日目のカレーのあの味を楽しめないという悲しさもある。アイテムボックスの食料を保存する上でのデメリットの発見が出来てちょっとだけ嬉しかった。
ちなみにサキハはこの三日間ずっと宿の前で駐輪させていた。僕とてサキハをほったらかしにするつもりは無かったが、サキハは「わたしは好きにしたいから、タツリも好きにしていいよ。」と言った。おそらく中継をしている本体はずっと座椅子を倒して寝ているか、ネットサーフィンをしながら何かしら食べてたりしてるんじゃないだろうか?
そして翌日の早朝、僕は出発することにした。出発となると大体村の人達に見送ってもらうのが定番だが、まだ日が登って間もないからなぁ、ほぼみんな夢の中である。僕は宿を出てまだ眠っているサキハを起こさずに自転車を引いて村の入り口まで眩しい夜明けに目を細めて、鳥のさえずりに耳を澄ませながら一人静かに歩いて行った。村の入り口にが見えてくるとその近くにいくつもの見覚えのある人影あり。ティンシャ、アーデナさん、ガラナシャさん達だった。僕はとりあえず挨拶をした。
「おや、三人ともおはようございます。」
最初に返事をしたのはアーデナさん。
「おはようございますじゃないです〜。どうして何も言わずに勝手に旅立ってしまうのですか?」
次に話したのはティンシャ。
「そうですよ、しかもこんな朝早くから。もっとゆっくりして行けばいいのに。」
「それはごめんなさい。でもどうして僕が今日出発するっと分かってたんですか?」
それに答えたのはガラナシャさんだった。
「お前とサキハが二人で今日の朝に村を出る話をたまたまアタシ聞いたんだよ。んで、二人にもそれを伝えた。」
「なるほど。それで僕に何か?」
「私たち、見送りも兼ねてですけどタツリさんにお伝えしたいことがあるんです。ね?先生、おばあちゃん。」
「はい。」
「まぁ、そうね。」
「と、言うと?」
「私たち三人も近いうちにこの村を出て旅に出ようと思うんです。ね?おばあちゃん、先生?」
「はい、ワタシはアドレア、ウレイカ、プリシタス、マアゼとしっかりとお別れと本当の気持ちを伝え終わりました。なのですワタシはこの村にいる理由がありません。なのです旅に出たい言ったティンシャについて行こうかなと。」
「アタシはこの子のことが気がかりだから、あとはまぁ狩人というよりかは蹴り技専門の武闘家として鍛え甲斐があるからだな。」
「そう言えば昨日村に戻る前も同じような事を言っていたけど、まだ理由は聞いてなかったね?どうして?」
「私、他のみんなよりも体力が多くて足が速いのもあって時間さえあれば一人で出かけるのが好きだったんです。遠出する度に知らない道に出会うとよく思っていたんです。”この道を抜けた先には一体何が待っているんだろう”って。今まではどんな所があるんだろうと村とその周辺を歩いていましたが、今ではその好奇心が村の外に向いているんです。見たことない物、見知らぬ人、見知らぬ場所との出会い。この感動を私は何度も味わいたいとずっと思っていました。本来英雄としてこの村を支えなければいけなかった私にはそれは夢物語だったのですが、タツリさんとサキハさんが来てくれたお陰で、村のみんなも守れたし。役割から解放された私も夢を叶えるために一歩踏み出せそうなんです。」
彼女はそう言いながら涙を流していた。だが今は前のように俯いておらず、まっすぐに僕の事を見るその笑顔があたたかな夜明けの光に照らされ美しく健気に映る。涙を堪える彼女は続けて一言。
「タツリさんが私に言ったように、私もタツリさんに会えたのは・・・”僥倖”でした。ありがとうございます!」
そしてついに堪え切れずに彼女は声をあげて泣いた。
途端にアーデナさんがそんな彼女をなだめる。
「タツリさん、わたしからもどうかお礼を言わせて下さい。ティンシャに夢を叶えるきっかけを与えて下さりありがとうございます。」
「どういたしまして。」
「タツリ、あたしもお前には大きな借り出来た。もし旅の途中で会う事があればアタシを頼ってくれ。」
「分かりました。ガラナシャさん、また会えるのを楽しみにしていますね。」
「サキハ、お前にも助けられたな。ありがとう。」
「・・・・・・。」
「ん、サキハ?」
「サキハさん?もしもーし。あれ?タツリさん、サキハさんはどうして何も喋らないのでしょう?もしやワタシ嫌われちゃいましたか?」
「ごめんなさいねアーデナさん。サキハは朝弱いんです。だから今は熟睡中ですね。昼頃には起きると思います。」
「あぁ、そうだったんですね。」
「フッ、あの凶暴な猪を鎮めた精霊とは思えないな。」
「ほらティンシャ、これハンカチです。最後はお二人を笑顔で送ってあげましょ?」
「・・・・グスッ、はい。」
「三人とも、ではまた。」
「道中お気をつけて。」
「また会ったらあの不思議な水飲ませてくれ。」
「いってらっしゃい!タツリさ〜ん!」
閑静な早朝の山村にティンシャの今までに無い元気な声が響いたのは言うまでもない。
村を離れてしばらく。自転車を引いて歩いていると、サキハの起きたばかりの気だるげな声が聴こえてきた。(乗らずに歩いているのは許可なく乗るとサキハが不機嫌になるからだ。)」
「う〜ん・・・おはよタツリ。あれ?村はもう出たの?」
「もうとっくに離れたよ。それにしてもサキハ今日はいつもより早起きじゃないか?珍しいね。」
「あぁ、昨日まで久しぶりにだらけられたからね。四日前の疲れが吹き飛んだよ。」
「頭の?」
「そう。わたしは肉体じゃなくて精神体の塊だからね。ちなみに動いても疲れる事は無いし食べても太らないし、酔ったり、胃もたれしたり体に負担を一切感じないのよ。」
「それ人類が聞いたら、来世は精霊に生まれ変わりたいってこぞってみんな神様にお願いするだろうね。」
「確かに。ところで次はどこへ行くのタツリ?」
「あぁ、それなんだけど・・」
その時だった。突然視界が真っ白になって気がつくと白い空間にいた。これって、まさか。
[汝、久方ぶりじゃの。]
「あ、あなたは・・・ウェーイ〜!道祖神様じゃありゃせんか〜。ホント久しぶりっすね。え、何ヶ月ぶりですか?」
[ざっと二月ぶりじゃないか?季節はすっかり夏から秋になったしのう。]
「もうそんな経ちますか、早いっすね。」
「タツリ、誰こいつ。」
「うぉっ、サキハいたんだ。」
「いたよ。」
「こういうのって仲間キャラが省られて僕だけ特別な空間に呼び出されると思ったんだけど。」
[闇の精霊よ、汝とこうして顔をあわせるのは初めてだの。儂は旅を見守る神、”道祖神”。この男イズコ・タツリをこの世界に連れて来たのは儂だ。]
「へぇ、あんたが・・。それでタツリだけじゃなくてわたしを連れて来たのには何か訳があるの?」
[いかにも。汝らのこれからの旅に要な事だ。]
それから道祖神様はポツリポツリと話し始めた。
ここまで読んでくれてありがとうございました。これにて 「五人の英雄編」終幕となります。
さて、道祖神様は一体二人に何を伝えるのでしょう?次回もお楽しみに!




