参の世界③
参の世界――魔王の話――魔王の宿舎道中にて
「ふぅ……全く。うまくいって良かったよ」
作戦の最終確認は無事終了。数々の氏族長からの質問攻めも、ナハトが事前に答えるべき内容を用意してくれたおかげでどうにか切り抜けられた。
(流石に、竜人族の長『竜銀士』の追求や鬼神族の長『鬼犀ノ巫女』の言葉にはヒヤッとさせられたが……)
「まぁ、いいさ。後は私は戦うだけ。ふぁ~あ、さっさと宿舎に戻って、面倒なことはナハトに頼んで、早く寝よう」
その時、私の後ろで何かが動く。
突然の奇襲。まさか、人間界遠征の会議での決定事項が気に入らない無頼漢が、私に夜襲を!?
いや、戦力的には問題ない。おそらく私に感づかれた時点で、完全な不意を衝く機会を相手は失っている。ならば、私が相手と対峙した瞬間に広域殲滅炎系魔法を使えば、いつやられたのかすら認知する暇も与えず、相手を消し炭にすることなど造作もないだろう。
しかし問題は――夜襲そのもの。人間界侵攻を前日に控え――開戦を前日に控えたこのタイミングで、王であるこの私に刃を向けるということはだ。
幸先が悪いを通り越して、非常にマズイ。対立深まる氏族の間にナハトの講じた采配が徒となったというのであれば、まさに本末転倒だ。
「何者……だ?」
私の緊張した問いに後ろの影は応えない。
「返答次第では、それ相応の処置を取らせてもらう」
「……やれやれ」
そう言って、後ろの影は私の前に姿を現す。その影は昔から私がよく知っているモノ。
「なんだ――お前か」
幼馴染みの『竜銀士』。旧知の間柄である彼に対して、魔王は素っ気なく声を漏らした。そして魔王の鋭い眼光――臨戦態勢の意思が、竜人族の若き族長の下へと注がれる。
「そう訝しむな、魔王。安心しろ、少し用があって来ただけだ」
しかし、竜銀士のその言葉は魔王の警戒を完全に解くには至らない。
「何の用だ?」
動機が不鮮明な行動には、疑心を抱かざるを得ないから。
「いや、大した用じゃない。俺を、今回の侵攻作戦の司令官にしてくれ」
「………………は?」
「ついでに、お前は魔界に残れ」
「………………いや……はい?」
一瞬、竜銀士の言葉の意図が飲み込めず、思考が停止する魔王。頭に無数の疑問符が浮かんでいるのを、おそらくその場に居合わせた竜銀士は見て取れただろう。
しかし、魔王である彼女はすぐに表情を元に改め、竜銀士に魔王としての問いを投げかける。
「…………なるほど。お前は、昔から突拍子もないことを言い出す輩だとわかっていたつもりだったが……魔王に対し、その口ぶりは如何なものか?」
「無礼は承知だ。だが、今回の作戦は少し嫌な予感がする。おそらく手はず通りには進まない。だから、お前に指揮を執らせたくない」
「あまりにも直感に頼った意見だな。らしくない」
論拠が何もない。有能な部下の一人がいくら嫌な予感がするからといって、緻密に組まれた采配を蔑ろにするわけにもいかない。そんなことがまかり通るわけがない。
竜銀士と言えば、歴代の竜人族の族長に珍しく、直感よりも論理的思考を優先する武将だ。そんな彼が充分な論拠を提示しないまま魔王に提言することなど、まずありえなかった。だからこそ魔王は、竜銀士としてはあまりにも筋の通らない言葉に違和感を覚える。
「竜人族の直感力が、魔族随一だということは魔王も知っていると思うが?」
「勿論、心得ている。だが、いままで『直感』ではなく『論理』でひたすら通してきたお前だ。今更お前の直感に頼った言葉を、有力な提言として歓迎するわけにもいくまい。せめて私を納得させるだけの根拠を示さない限り、お前の意見を迎合することは不可能だよ」
「………………なるほど」
竜銀士は魔王の言葉にうなずき、ほくそ笑む。
「魔王になって三年、ようやく自分の主張が言えるようになったな。昔は俺やナハトが何か言えば、いつでもその通りにすることに必死だったのに」
「私は馬鹿で愚かだ。自覚はある。竜銀士がいつも、私よりも政や戦に秀でているであろう事も知っている。……だが、お前の今の主張は、流石に私でも理にかなってないことぐらいはわかるさ。馬鹿にしてくれるな」
「誉めてるんだ」
「そうは聞こえなかったがな」
魔王の表情は変わらない。しかしそれでも、竜銀士が表情を改めたことで、二人がおりなす会話の雰囲気は変わった。上司と部下の会話から、長いつき合いのある幼馴染みの会話へと。
「で? このままじゃ私は納得しないし、お前の提言も呑まんぞ」
「それは困る。ここは何も言わずに提言を呑んでくれれば幸いだ」
「お前馬鹿だろ?」
そんな提言がまかり通るわけがない。にも関わらず、冷静に荒唐無稽な提言を続ける竜銀士に対して、思わず魔王の口からそんな言葉が漏れた。
「まぁ、無根拠でこんなことを提言するほど俺も馬鹿じゃない。一応、少しばかりの考えはある」
「でなければすぐにでも、魔王に舐めた口をきくお前を広域殲滅型炎型魔法で焼き殺してやっても良かったよ」
「そう言うな。馬鹿なりにも思うところがあってだな。まず『どうして俺が司令官を望むか』。……理由は簡単。少しばかり大きな武勲を立てたいから」
「なぜ?」
「そろそろ魔族の民に実力を充分に認めてもらう必要があるから」
「……なぜ?」
「魔王に準ずる名声を獲得する必要があるから」
「…………なぜ?」
「お前と結婚したいから」
「………………死ね」
刹那、十数本の雷光が、竜銀士に向かって容赦なく走る。
「うぉっと!? いきなりだな」
しかし、竜銀士はすんでのところでそれらをかわす。まるで、その攻撃をあらかじめ予測していたかのようなフットワークで。
「そんなくだらん理由で、お前はこんな時間に私に会いに来たのかッ!?」
「俺は大まじめだ。『くだらん理由』と一蹴されるのは心外だな。好きな娘と結婚する下準備をするのが、そんなにくだらないか?」
「やかましい!!」
顔を真っ赤にしながら、魔王は雷光を飛ばし続ける。既に魔王の表情に、先刻の冷静さなど欠片も残っていない。
「いくら何でも順序ってものがあるだろっ!」
「順序? 随分些細なことを気にするんだな」
「当たり前だ! 第一、私とお前は交際すらしていないんだぞ!? なのに、なぜいきなり結婚など言い出すッ!?」
「魔王と一族長が『プラトニックな交際をしています』と言って、民衆が納得すると思うか?」
「いや、それは……しないだろうが……」
「なら、交際をする必要はないな」
「そもそもそういう問題ではない気がする」といった魔王の意向など全くお構いなしに、竜銀士は話を続ける。
「なぜ、お前を魔界に残したいのか。今回の侵攻は不確定要素が多すぎる。本当に人間とは我々にとって弱者か? 本当に我々は問題なく人間界を制圧できるか? 確かに『人間』が、魔界に存在する文献における情報通りなら、今回の作戦はまず失敗しないだろう。しかし、いかんせん書物の古さと、『人間界』の調査不足を鑑みると、やはり『もしものこと』もあり得る。俺はそれが心配なんだ。
お前を危険なところに行かせて、危険な目に遭わせるわけにはいかない。伴侶として、お前の安全を最大限に気遣う必要がある。だから――」
「誰が伴侶か!? いつ私がお前を選んだッ!?」
「今は伴侶ではないが、戦から帰ってきて契りを結べば、めでたく一組の夫婦となる。魔界一の魔力と戦闘能力を持つ魔王に、名高い竜人族の長の政治センスと指揮能力が加われば、魔界は安泰だ。誰も文句は言うまい」
「私が文句を言う! ――えぇえいッ! お前の提言は呑まんからな、絶対!!」
もう少しまともな理由を期待した自分が馬鹿だった。理由が理由なら、竜銀士の提言を呑もうと思った自分が馬鹿だった。
そんな思いと、よくわからないもやもやとした感情が魔王の頭の中を巡る。そして、自らの顔が紅潮した理由をごまかすために、魔王は語調を荒げる。
その様は、魔族の王などという大層なものではなく、十七歳、年相応の女の子。……そんなことを考えながら、竜銀士は幼馴染みとの会話を楽しんだ。
「これだけ言ってるのに……お前、馬鹿だろ?」
「お前にだけは言われたくない、竜銀士! はんっ、私がさっさと人間界を制圧してくれるわ! お前に武勲なんか、ほんの一ミリも立てさせてやらんのだからな!!」
最後に特大の火球をぶん投げて、真っ赤な顔をした魔王は半ばやけくそ気味にその場を後にする。
「やれやれ。あいつ大丈夫か?」
暢気に呟いた竜銀士。しかし、あたり一面が焦土と化した事実を考えると……二人の痴話喧嘩とも取れるやりとりは、魔界の土地に深刻なダメージを残したことが窺い知れる。
――またやろうな、こんな喧嘩。戦場から帰ってきたら。
竜銀士は誰にも聞こえないように呟く。彼にとってそれが叶わぬ願いであると、そのときはまだ知らずに――。




