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パラレル!  作者: 入羽瑞己
第二話 邂逅
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陸の世界①

陸の世界――魔王の話――ある森中にて


 自分が慢心していることに気付いたのはいつ頃だろう。

 魔王になる前からだろうか。魔王になってからだろうか。大昔だろうか。最近だろうか。

 どうして自分の力を過信したのだろうか。どうして慢心した状態で戦場に臨んだのだろうか。

 考えても考えても、目の前が朱に染まり、思考がいつの間にかリセットされる。目を拭って前を向いても、今度は破裂音や絶叫が耳をつんざいて集中できない。目を瞑り、耳を塞いでも、生暖かい空気は圧倒的な不快感を伴って身体にまとわりつき、立ちこめる臭いは喉を焦がすかのごとく容赦ない。口を開いてもないのに、ただ同じ味ばかりが反復される。……不快だ。

 見たくない。聞きたくない。触れたくない。嗅ぎたくない。味わいたくない。もう私は、ここにいたくない。

 帰りたいなどとわがままを言うつもりはない。一刻も早く、全てを終わらせてくれればそれでいい。

 見えなくなればいい。聞こえなくなればいい。触れられなければいい。嗅げなければいい。味わえなければいい。もう何も、感じなければ……私はそれで満足だ。

 にも関わらず……にも関わらずだ。

 私は目を開き、耳を澄まし、手を伸ばしている。臭いを嗅ぎ分け、不純物の混ざった唾液をひたすら飲み込んでいる。

 なぜなのか。そんな理由は考えるまでもなく、状況が示している。

「私は魔族の王! お前らごときに、負けるわけにはいかんのだッ!!」

 目前に広がるのは、血液と硝煙の臭い。炎系広域殲滅型魔法によって焼かれた対象は、瞬く間に闇よりも濃い黒色に身を染め、やがてその形を風と共に失った。

 おそらく今の攻撃で消し炭になったのは、戦術レベルで考えれば相当な数だろう。しかし、戦略レベルで考えれば……。

「魔王! もう戦線の維持は不可能だ。撤退命令を!」

「撤退命令だと!? そんなこと、今更できるわけ……」

「今更メンツに拘ってる場合か! 早くしないと、それこそ全滅してしまうぞ!!」

 背中から竜銀士の怒声が響く。お互い背を向けて戦っているため、彼の表情を窺い知ることはできないが……おそらく、相当厳しい顔をしていることだろう。

 私が相当数の敵を独力で排除したところで、戦況は何も変わらない。戦況に陰りが見え始めてから、掃討速度を上げ、当初より多くの敵を撃破しているはずなのだが……戦況は一向に改善されない。

 それどころか、むしろ私ばかりが果敢に敵陣に突っ込んでいき、(いたずら)に戦線を拡大した故か、状況は留まることなく悪化の一途を辿っているような気さえする。

 だがここで退くわけにもいかない。ナハトから聞かされた話だが、通常、戦力の三割を消耗した時点で戦線の維持は不可能となり、敗北の苦汁を舐めながら撤退することを余儀なくされるそうだ。しかし、現在把握できているだけでも六割近い兵力を失っている。本来負けを認めざるを得ないはずの二倍もの兵を、私は無様にも戦場で散らしてしまったのだ。

 どうして今更退くことができよう? どうして今更負けを認めることができよう?

 退却が成功すれば、おそらく私は非難の嵐を受ける。消耗し、(いたずら)に仲間を失った兵士たちの忠誠は失墜し、魔王打倒を掲げて反旗を翻すだろう。私は現在の立場を失い、魔界は次期魔王選出に向けて混沌の時代を迎えることになる。

 魔界の意を一つにし、不満や不安を取り除くために行った遠征。それがかえって魔族の団結を損ない、不満や不安を増大させるだけの結果になったとあれば、本末転倒も甚だしい。

 だが……だからといってこのまま戦闘を続ければ、魔族軍が全滅するのも時間の問題だ。既に魔族軍の柱である獣人族の長『白刃(はくじん)の白虎王』、機鋼族の長『黒金(くろがね)の斬鋼帝』の双将も、人間共の手にかかって倒れた。指揮系統が辛うじてまともに生き残ってるのは、私のすぐ後ろで戦っている竜銀士の部隊ぐらいであろうが……おそらくこのまま戦闘が続けば、全滅するのも時間の問題であろう。

「魔王! 既に各氏族長も倒れ、指揮系統もバラバラ。戦々恐々、阿鼻叫喚の状態で、どうして戦えるか! お前が始めた戦争だ。お前が撤退命令を出さない限り、為す術なく倒れていく同胞の死体が増えるばかりなんだぞ!? わかってるのかッ!!」

 わかってる。わかってるさ。少なくとも、わかってる…………つもりだ。

「私が始めた戦争」

 私が始めたくもないのに、始めざるを得なかった戦い。魔族間の対立が深まり、不穏な空気が立ちこめる流れを断ち切りたいがために始めた儀式。

 魔族は一致団結した。共通の敵に意気揚々と対峙した。

 元々気性の荒い魔族の民は、多少暴れる機会もないとストレスや不満を溜めるばかりだ。「魔界の理想的な未来に貢献する」という抽象的な課題を達成するために、具体的な方策もわからないまま途方無く励むとあれば、満たされない気持ちに拍車がかかるのも無理はない。今回、鬱積した攻撃への衝動を、『自分たち以外の氏族』から『人間』という名の都合の良い他者へと向けることで、魔族間のギスギスした感情も解消されるはずだった。

 出陣当初は良かったのだ。皆が充実した面持ちで、自らの牙を研いだ。不満やストレスが戦う意志へと昇華したのを、兵士の誰からも感じ取ることができた。

 私の思惑通り、魔族はまた一つになれるはずだったのだ。

 誰が戦場にいち早く乗り込むか。誰が一番戦果をあげるのか。誰がこの戦いで英雄の称号を勝ち得るのか――そんなことを言い合い、実際に戦場に身を投じる直前までは。

 だがやはり現状を見ると……どうにも、これからのシナリオは私の範疇を越えるようだ。いや、いずれ状況は自らの範疇を越えることなど、とっくにわかっていたはずだ。だのに、魔王こそ全てを司るべきであれと思い、事実から目を背けていた。

 今だってそうだ。撤退命令を出すこと以外に最善の策などあろうはずもない、あるいは疎い私が思いつくはずもないことを充分にわかった上で、私は『敗北』を認めたくないがために、受け入れなければならない現実を先送りにしている。

 そして、ただ私のわがままな都合に付き合わされたばかりに、幾千もの民の血が流れている。

「魔王! 撤退命令を――」

「――なぁ、竜銀士。魔界に戻れたら、お前は私を助けてくれるか?」

「何を今更……」

「……頼む、竜銀士。私は、怖くて、仕方ない」

 背中合わせの私と竜銀士。お互いの顔は見えない。しかし、おそらく厳しい戦いの中、一瞬だけ彼は穏やかな表情を見せたのだと思う。

「ずっと支えてやるよ。心配するな」

「そうか……わかった」

 私は、前方で奮戦しているナハトに告げる。

「全軍に告げろッ!! 『我が軍はこれより人間界侵攻を一時断念し、次元の扉より総力を挙げて撤退する! 死力を尽くして、生き延びろッ!』とな!」

「了解致しました魔王様。このナハト・リ・ヴァルドレッド、全力で任務を遂行致します」

 私は、ようやく負けを認められた――。


 ――★★★――


「馬鹿な!? これはどういうことだ……!?」

 眼前には、ただ向こうの風景を映す大きな迫持(せりもち)が一つあるだけだった。

「だ、誰か……これはどういうことなのか説明しろ」

 声に覇気が無い。おそらくその場にいた全ての兵に、魔王の動揺は否応なく伝わったことだろう。

 震える声に、私と同じ氏族出身の兵士の一人がおずおずと応える。

「そ、それが……何割かの逃げ延びた兵は、無事魔界への撤退に成功したらしいのですが……数十分前、突如として光に身を包んだ人間が現れ、両の掌を次元の扉に向けて眩いばかりの光弾を放った結果、このような有様で……。幸いにもその人間は、目的を達成するや否や現場から立ち去ったため兵に損害は出ませんでした。しかし現状では、兵の士気も下降の一途を辿るばかりで……」

「いきさつはいい。つまり、これはどういうことなのか答えろ」

 我ながら酷な問いだ。この現状――魔界に帰ることができず、命からがら逃げ出して来たはずの兵士たちが、この周辺に絶望の面持ちで溜まるばかりの状況を鑑みれば、どういうことかなんてすぐわかるのに。

「次元の扉はその効力を失い……我々は、魔界に帰る術を失いました」

「………………わかった。下がって、いいぞ」

 手遅れ、だった。

 圧倒的な戦力差を巻き返せるだけの兵力が、現状で我が軍に残っているはずも無かろう。退路が断たれたということは、即ち補給路も断たれていることを意味し……どう控えめに見ても、絶望的な状況であるのは火を見るより明らかであった。

「……して、どれほどの兵が残った? 数を把握したい」

「今更数など確認してどうする、竜銀士。既に打つ手など……」

「打つ手がないから考える。対抗するにせよ、諦めて投降するにせよ、数もわからんようでは話にならん」

 竜銀士の目は死んでなかった。それどころか、真剣な眼差しで次にすべきことを考えている。それに引き換え私は……。

「しっかりしろよ、魔王。現状ではお前の働きに、残された魔族の存亡がかかっていると言っても過言じゃない。お前が腐ってどうする?」

「だが、何ができるというのだ? 私に、先陣を切って命尽きるまで戦い抜くか、真っ先に人間共に屈辱的な講和という名の降伏宣言を放つか……どちらかを選べと言うのか? 私のような、十七しか年を重ねていない小娘に? 私の勝手な判断で、魔族の存亡など決められるはずもない。私は、私にそんな器量も責任を担う能力もないことを知っている。もう無理なのだ。どうしようもないのだ。私の足りない頭では、こんな状況を切り抜けることなどでき――」

 刹那、小気味の良い破裂音が響く。

「しっかりしろ、アスナ(・・・)!」

「っ!?」

 頬が熱い。間違いない、見間違いじゃない。

「お前がどう思っていようと、お前は魔王だ。魔族の王だ。何もできなくても、何もわからなくても……せめて、毅然とした態度を崩すな。お前の困惑は、何十倍にも膨れ上がって兵士の動揺の種となる。

 もう誰も希望なんて抱いちゃいない。異形の力を使う人間たちにボコボコにやられ、仲間を失い、傷を負い、帰ることさえできなくなった兵士が、希望なんて抱けるはずもないし、自暴自棄にもなりたくもなる。だがそれでも、ここに集った兵士たちは自棄(やけ)にならず、ただお前の指示を待っている。どうしようもない状況の中、あいつらはお前がその強大な力でどうにかしてくれるだろうということを、無理矢理にでも信じようとしている。お前が諦めたら、あいつらはどうやって正気を保てば良いんだ? 何を信じて、今からどうすればいいんだ? 

 曲がりなりにも魔王。その肩書きはお前が思っている以上に大きい。加えて民は、お前が思っているより遙かにお前を信頼し、絶対の忠誠を誓っている。だから、虚勢でもいい。涙を拭って、声を上げてくれ」

「…………………がんばる」

「その意気だ。作戦は俺が立てる。全力でお前を支えてみせる。だから……魔界に帰ったらさっきのこと、許してくれよな」

「……帰れなかったら、承知しないんだからな」

 さっきのこと――何度目だろう、誰かからこんなことをされたのは。

 頬をぶたれ、名前で呼ばれ…………こんなこと、竜銀士じゃなかったらしてくれなかったんだろうな。そしてたぶん……竜銀士にしてもらえるから、私はまた腕を振り上げられたんだろうな。

 ちょっとだけ、竜銀士との生活を想像してしまった。ほんの少しだけ、竜銀士のことが好きに……なってしまいそうだった。帰れるかわからないどころか、帰還なんて絶望的なはずなのに。たとえ帰れたとしても、私の立場が、竜銀士が私の側にいるに足るものであり続けられるかなんてわからないのに。

「私は……」

 何を考えているのだろう?

 ――もう竜銀士と魔界になんて、帰れないのにも関わらず。

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