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パラレル!  作者: 入羽瑞己
第二話 邂逅
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陸の世界②

陸の世界――魔王の話――海上にて


「かかってこい、人間共。お前らの相手など、私一人で充分だ!」

 私に課せられた任務――「陽動」。派手に動き、人間の目を惹き付けること。

 どうやら人間共は追撃をかけてまで魔族を殲滅するつもりはなかったようで、私たちが撤退を開始して次元の扉に至るまでの道中、目立った攻撃を仕掛けてこなかった。おそらく侵略に対する防衛のみが目的であり、「去る者は追わず」というスタンスなのであろう……というのが、竜銀士とナハトの分析だ。

 わざわざ次元の扉の機能を破壊し、退路を断つような真似をしたのが個人的には引っかかるが……とりあえず、奴らは攻める意志のない異邦人を撃退しようとするほど、殺気立ってはいない。

 今回はそれを逆手に取る。

 私だけが大きく動いて破壊活動を行えば、おそらく人間の目は私に釘付けになる。

 |最後の悪足掻きとして暴れている《・・・・・・・・・・・・・・・》私を潰そうとして人間共は動くだろうが、取り残されて大人しくしている魔族の兵士へ向けられる意識は、その分薄まる。

「魔王が戦っている間に装備を調え、隙をついて市街地に電撃作戦を仕掛ける」

 それが竜銀士の打ち立てた作戦だ。こちらの兵力も充分でない、人間の兵力の全貌も把握できてない現状において、正面から攻撃を仕掛けるのは自殺行為であるため、市街地への電撃作戦も要所のみに焦点を絞ったピンポイントなものとなるらしい。

 具体的に、竜銀士率いる残党がどのような布陣を展開して市街地の攻略にあたるのか私にはよくわからないが……私は私に任された任務を遂行するだけだ。できるだけ派手に暴れ、迎撃に来た敵兵を殲滅する。魔族軍は力及ばず人間共に手酷く打ちのめされたが、『魔王』個人が人間ごときに遅れを取るつもりは毛頭ない。

「雑兵(ぞうひょう)ども! 魔界の王の力、とくとその目に焼き付けるがいい!!」

 正直、一人で任せてもらえて良かった。一人であるから、ある程度は無茶もできる。私一人でなければ、おそらく味方を巻き添えにしていただろう。

「全てを灼き尽くせ! エクスプロォージョンッ!!」

 上空に形成される熱の塊。その塊がユラユラと赤黒い炎を漆黒に迸(ほとば)らせながら膨らんでいったかと思うと、刹那、海面に叩き付けられる。地獄の業火が爆風を伴って拡がり、水面を大きく抉る。海という器に満たされた塩水は、その熱に触れて忽ち蒸気となって上空に立ち上り、残りは熱を纏った波となって地上を襲う。

 直接爆発に巻き込まれた前方に群がる機械の鳥や鋼鉄の棺は、塵芥(ちりあくた)すら残さずにその存在を消滅させる。爆風に触れただけであっても、鳥は風圧に耐えきれずに墜落し、棺はだらしなく横転する始末。横転広域炎系殲滅型魔法を受け、先刻まで雨のように鉛の弾を乱射していた機動兵器は、瞬く間にスクラップとの境目を無くした。

 直接爆発に巻き込まれないでも、強烈な熱風を浴びた後続のヒトの兵士たちは、この凄惨たる現状を受けてもまだ魔王に刃向かおうと思うのだろうか? 私が言うのも何だが、愚かとしか思えない。

 魔王であるとはいえ、私の魔力は有限であるし疲れもする。だが人間程度が相手ならば、三日三晩戦い続けてもおそらく負けることはないだろう。

 たしかに、私一人の力で戦に勝つことはできない。拠点の制圧も補給の手配もできないような私が、戦略上の勝利を収めることは不可能であり、やはり多くの魔族が人間の機動兵器や超能力に太刀打ちできなかったことを考えれば、『魔族』として勝利することはできない。だが戦術上の勝利――私がこの手で人間を殲滅すること自体は可能であろう。少なくとも市街地を焦土に変え、人の住める土地の殆どを不毛の大地へと変え、寂寥感の漂う『人間界』にただ一人君臨することは、そう難しくないことのように思える。

 だが、それをして何の意味があるというのか。

 ただただ弱い者をいたぶり、全てを破壊し尽くしてそこに立っているというのは、ただの虐殺と違いないではないか。目的も理由もない武力の行使に何の意味もないことぐらい……戦をするにしてもそれ相応の目的と理由があることぐらい……いくら愚鈍な私でもそれくらいはわかる。加えて、そういった破壊への欲望や思想があるわけでもない。おそらくやろうと思えばできるのだろうが、できるからといってやらなければならない必然性もない。

 今でさえ一割の力さえ出していない。にも関わらず、人間側は私一人に為す術もない。侵略者に対するこの現状を鑑みれば……驕りとて生まれる。

「………………弱いな」

 現状。人間は私にとって弱い。圧倒的弱者だ。

 いくら鋼鉄の身体を持つ機動兵器を駆使しようが、多くの魔族にも勝る超能力を発揮しようが、私にとっては大した問題にならない。

「つくづく自分が異端児であることを痛感するよ」

 周りの魔族は尽く返り討ちにされた。魔界では五本の指に入るであろう竜銀士やナハトでさえ、多くの人間を殲滅したものの、戦いの最中に軽微とは言えないほどの傷を負った。

 個体的には竜銀士やナハトが弱いわけではないのだろうし、一般的な人間と比べれば遙かに強いのだろう。一対一を想定すれば、あの二人だって難なく人間を圧倒できる力はある。

 だが一体多となれば、彼らは人間相手に苦戦を強いられる。数の持つ力にダメージを負わされた。

 しかし、私はどうだ?

 眼前を埋め尽くす人間の兵を全て殲滅した。その過程、傷を負うどころか触れられた記憶すらない。もっと言えば、今に至っても戦闘から来る疲労感は皆無だ。

(来い、人間。できるだけ多く私にかかって来てくれ。そうすれば、竜銀士やナハトの負担も減る)

「どうした、人間共。お前らの力はその程度か? 私をもっと楽しませてくれよ!」

 三度(みたび)、魔力を掌に集める。前線には既に戦えるような敵機はいないため、その目標は市街地。街を攻撃することで、人間側の増援を煽る。

「降り注げ、ヘイルストーム――っ?」

 ――氷の魔法を放とうとした刹那、私の背中にハエ(・・)がとまった。

「……ほぅ、やるじゃないか。私に攻撃を当てるなんてな」

「チッ、一撃で仕留めるつもりだったのに無傷かよ。……まったく、おもしれぇじゃねぇか!」

 どうやら放たれたのは、全力の雷撃だったらしい。纏っていた漆黒の衣はところどころ破けたようだが……私自身には何のダメージもない。思うところがあるとすれば、せいぜい気に入っていた衣装を台無しにされたことに対する憤りと、破けた隙間から抜ける風の冷たさが多少不快であることくらいだ。

 後ろを振り返り、何者が私の背後を取ることに成功したのか確認してみると……なるほど、独特の雰囲気を醸し出す衣服を纏った一人の『人間』であった。

「人間は自力でも空を飛べるのか? つくづく面白い種族だ」

「魔王が空を飛ぶなら、勇者が飛べない道理も無(ね)ぇ。……ったくよ、折角降伏の機会を与えてやったってのに、あくまで抵抗しやがるんだな、手前らは?」

「随分と上から口を叩くんだな、人間。我々が降伏する? 笑わせるな。不意をついて傷一つさえ付けられない『ユウシャ』が何をほざくか」

「っけ、次元の扉(ゲート)を破壊されてあたふたしてたくせに、よくそんな口が利けたもんだぜ」

「………………何だと?」

 眼前に浮かぶ人間は薄ぼんやりと光を纏い、夜闇の中でもその姿をはっきりと窺わせている。魔族の兵士は言った。次元の扉は光に身を包んだ人間が破壊した、と。ならば――

「その口ぶり。どうやら、お前が犯人(やった)らしいな」

「だったら、どうする?」

 一瞬ニヤリと笑った後(のち)、殺気だった表情を作り直して接近してくる勇者。武器も持たず、ただその己の拳だけを振りかざさんとす。

「魔王に徒手空拳で挑むとは……正気か?」

 一発、二発、三発、四発………………。

 手足を無駄なく用いた勇者の連撃が、息つく暇さえないままに繰り出される。精度も威力もスピードも、相当に高い練度で磨き上げられたそれは、魔界五本の指に入る達人たちのそれと比べても引けを取らないほどの腕前であろう。

 しかし――魔力で身体を強化した私には、とても及ぶべくもなかった。

「その程度で……?」

 当たらない連撃を繰り返し、勇者の額に幾滴かの汗が滲み始めた時、初めてその拳が私の顔面を捉えた。だが、私がよろめくどころか、その衝撃に耐えきれなかった勇者の右腕が悲鳴を上げる始末だ。御伽噺で魔王を倒せる唯一の存在とまで聞く「勇者」でさえその程度とあれば、憮然とした声が漏れるのも仕方あるまい。

「ま、まだだっ!」

「いや、もう飽きた」

 勇者の腹部に、細腕の見た目に相応しくない威力の鉄拳を叩き込む。仕留めるべく放った一撃だったが、勇者は防御が間に合わないと判断するや否や、自らの身体を後ろに飛ばすことで衝撃を和らげたようだ。――と言っても、その衝撃は勇者の身体を眼下の海面に叩き付けるほどの威力は残ったらしく、次の瞬間には巨大な水柱を残して勇者の身体は海中へと沈んでいた。

 ふと周りを見渡すと、どうやら人間は第二陣の準備が整ったらしく、まばらにいくつかの光が視界に入る。まだ彼らにとって交戦可能な距離には遠いようだが、いくらもしない内に私に攻撃を仕掛けるのに充分な距離まで至るだろう。

(さっきの手応え、少し浅いな……まだ向かってくるだろう)

 そういった思索を巡らせた刹那、海中から伸びた一筋の光が私の頬をかすめる。皮を割くには至らなかったが、痛覚を刺激したことが充分にわかる程度の痛みが、私の表情を引き締める。

「ほぅ……少しは」

「少しどころかぁッ!」

 刹那、海中から急浮上して私との距離を限りなくゼロに近づける勇者。しかしながら、形勢逆転の一撃を放つべく臨んだはずのその顔は、私の眼前に到達すると同時に青ざめる。

「生憎と、お前一人と遊んでいる暇はない」

「……なっ」

 当たれば身体が木っ端微塵になることが見ただけでわかるようなプラズマが、彼の眼に映っただろう。私は片手を向け、魔力を幾分か手先に集中させただけに過ぎないのだが、勇者にとってはそれだけで現世との別れを悟るには充分だったらしい。この世の終わりのような顔とはどんなものかと聞かれれば、おそらく目の前の勇者の表情をあげれば及第点が貰えるだろう。

「扉を破壊した罪、重いぞ? 轟け、インディグネイショ――」



 さて、二人はまだ気付いていない。

 彼らが戦い始める前、ちょうど不機嫌にしてはいけない人物がいたことに。

 だが、二人は気付く由もない。

 常人では考えられないような力をもって、デタラメな軌道を描く投擲ができる人間がいることに。

 そして、二人は知らない。

 その人間の放った空き缶の直撃が、何を意味し、どんな結果をもたらすのか――

(な、に……?)

 勇者は、自分の対峙している魔王以外の殺気を同時に感じ取る。それは、己の剣一本で数々の魔物や魔族と戦を繰り返し、仲間と共に悪辣な道を冒険することで身に付いた危機管理能力のタマモノ。経験則とも言える。

 何か嫌な予感が頭によぎる。

 魔王の一撃により自らの命が脅かされている現状があるにも関わらず、それすらも些事に思えるような厄災の接近。よくわからない禍々しさを含む危険を感じ、咄嗟に身体の軌道をずらす。だがそれは、魔王の攻撃の軌道上から自らの身体をそらしきるには至らないちっぽけな動作。もっと言えば、結果としてあえて急所をさらし、生存の可能性を著しく低下させるような愚行。

 しかし、勇者は知らなかった。咄嗟に為されたこの愚行が、彼らの運命を分けることを。

 そして、魔王は気付かなかった。何故勇者が自らの急所をさらすように、ギリギリでその軌道に修正を加えたのか。軌道が修正されたことにより、何が起こるのか。魔王の視界にそれ(・・)が映るその時まで――


 ――カコンッ。


 その凄まじい速度とは裏腹に、それ(・・)は最初から殆ど原型を留めていないにも関わらず、周囲にアルミ材質構造特有の小気味の良い金属音を響かせる。

「嘘、だろ…………?」

 次の瞬間、海面に落ちていく彼女を見て、勇者はそんなことを呟く。

 異界に君臨していた魔王さえ葬る威力をもった勇者の一撃を受けても、掠り傷さえ負わなかったうら若き魔王。彼女の唯一誰よりも誇れたモノは、無情にも飛来したたった一つ空き缶によって失われる。なんて、彼女は知る由もなかった。

 そして感情に任せたゴミの投擲が、世界を強大な力から救ってしまうとは……投げた本人もまた、この時点では知る由もなかったのだ。

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