表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
40/45

第40話  闇夜の風



「もう戻るのか……?」

「うん、少しだけって約束して連れてきてもらったから。たぶん、朱璃様と蘭丸さんが下で待ってる」

「蒼馬の軍が王都に攻めてきて、戦になるんだろ? なんで咲良がそんな危険なところに……」

「ミスティローズの力で協力するって言ったから。隣国が攻めてきたら、朱璃様は最前線で戦うおつもりなのよ。私もさっき大ばば様から簡単な術を教わったから、役に立てればいいんだけど……」

「やめろよ、そんな危険なこと……」


 眉根を寄せる柚希に、咲良はこくんと首を傾げて苦笑する。


「私も出来ることをしたい……」

「それなら俺も王都に行くっ!」


 良い思いつきだとばかりに、柚希が言うのを咲良は慌てて止めた。


「大ばば様を狙って、知華村にも兵が来るかもしれない。だから柚希はここで、大ばば様と村のみんなを守って――」


 そう言われては、柚希は頷くしかなかった。


「じゃ、そろそろ行くね」


 とりあえず大事な話も終わって、あまり朱璃達を待たせるのも悪いと思って部屋を出ようとした咲良を、ふっと朱璃が呼びとめる。


「あっ、ちょっと待って。咲良に渡したいものがあって……あれ、どこやったかな……」


 ベッドから立ち上がった柚希は、そんなことを言いながら、薄暗い部屋の中をガサゴソと何かを探しだす。

 その時、開け放たれていた窓にかかるカーテンが風をはらんでふわりと広がる。


「あった、あった。こんなとこに……」


 そう言って振り返った柚希は、そこにいるはずの咲良の姿が消えていることに瞠目した。



  ※



 それは一瞬の出来事だった。

 柚希が何かを探し始めたから、咲良はその間、月でも見ようかと窓辺に近づいた。瞬間、はらはらと揺れるカーテンの中から伸びた逞しい腕に引き寄せられて、咲良はあっという間に窓の外に連れさらわれていた。

 窓の外はバルコニーが広がり、黒い人影は咲良を抱きかかえたまま隣の部屋へと駆けこんだ。

 突然、担ぎあげられた咲良は、恐怖にぞくりと背中を震わせて身じろぐが、掴まれた腕は強くあがくことも出来ない。


「ん……っん……」


 叫ぼうとしても、口元を手で覆われて息苦しさが増すだけだった。

 やだ、どうなっちゃうの――!?

 パニック状態で両手足をばたつかせていた咲良の耳に、小さな舌打ちが聞こえ、すとんと床におろされる。

 その動作に先程までの荒々しさはなく、足が床に着いたことで安心感が戻ってくる。

 咲良が連れ込まれたのは柚希の部屋からバルコニーをつたった隣の部屋。そこは今は使用されていない客間で、簡素なベッドとソファーと丸テーブルが置かれている。


「そう、暴れるなって……」


 ボソッと頭の上から降ってきた声に、咲良はドキンッと大きく胸が跳ねた。

 少し掠れた低く、胸に沁みわたる声。


「あ、おば――」


 開け放たれた窓から温かな風が吹きカーテンを揺らし、月明かりが差し込んで、背中を波打つ青みを帯びた濡羽色の髪が視界いっぱいに入る。

 見上げれば、そこにはドキっとするほど澄んだ瞳があり、その底には野獣のようなきらめきと気品に満ちた色香が漂っている。

 ずっと会いたいと願っていた青羽が突然目の前に現れて、咲良はぽろぽろっと涙があふれてくる。


「青羽……」


 どんっと青羽に抱きついて、咲良は逞しい胸の中に顔をうずめてその名を何度も呼んだ。

 青羽は子供のように泣きじゃくって顔を胸に押し当ててくる咲良の行動に戸惑い、天井を仰いで、それからそっと咲良の頭をなでた。

 ぽんぽんと、ぎこちない手つき。そこから伝わる優しい熱に、咲良は徐々に落ち着きを取り戻して、胸から顔を離して青羽を振り仰いだ。


「どうして、ここに?」

「お前に会いに――」


 そう言った青羽の瞳が青みを帯びてきらめく。

 吸い込まれそうな煌きに、咲良はゆっくりと聞き返してしまう。


「私に、会いに……?」


 ぽかんと聞き返した咲良に、青羽は鋭い眼差しに野獣のような妖しい光を浮かべ、皮肉気で色っぽい笑みを浮かべる。


「そう――咲良に会うためだ」


 言いながら腕がすっと伸びてきて、咲良の耳に触れる。

 ビクンっと身をよじった咲良は、急激の体の中を熱が渦巻き、沈んでいくのを感じる。そこに、青羽に預けていた耳飾りが戻っていた事に気づいて、ぱっと青羽を振り仰ぐ。


「あっ、じゃあ、お頭さんは……?」


 その問いに、ふっと目元を和ませて青羽が笑みを浮かべる。


「意識を取り戻した、容体も落ち着いて――お前のおかげだ、ありがとう」


 言うと同時に青羽は強く咲良を抱きしめる。


「よかった……」


 青羽の腕の中で、咲良は本当に心からそう思って呟く。

 親の形見と言われていた耳飾りが国宝だと気づいた時も、後悔はしていなかった。例え自分の体調が悪くなろうと、それが大事な国宝で戻ることがなくても――役に立たない神宝なんて、何の意味もないと思った。

 それに青羽ならば、国宝を悪い事に使ったりはしない。必ず、自分の元に返しに来てくれるって、信じていた。

 紅葉も、それを分かっているような口ぶりだった。


「咲良――」


 名を呼ばれ振り仰いだ咲良は、そこに言い知れぬ熱を帯びた青羽の瞳があって胸が高鳴る。


「今ここに、約束を果たした。だから俺は――」


 その言葉に胸が突き刺さって、続きを聞きたくなくて咲良は視線をそらす。

 耳飾りを返す――その約束のために青羽は会いに来てくれた。その約束を果たした今、咲良は青羽ともう会うことはない。

 もう、会えないと思うと悲しくて――

 でも、また会いたいと言うことも出来なくて――

 自分はミスティローズとして王家に嫁ぐことになっている。叶わないと分かっていて、胸を切なく締めつける想いを口にすることはできなかった。

 ぎゅっと唇を噛みしめて俯いた咲良を、青羽は頬に両手を当てて仰向かせようとして、咲良はそれを拒むように首を振る。


「咲良、俺を見ろ。俺の話を聞け――」


 強い口調で言われて、咲良はゆっくりと顔をあげる。青みを帯びた瞳がまっすぐに咲良を射とめた。


「お前が望むなら、毎夜、薔薇で部屋を飾ろう。お前が望むなら、どんな宝石も盗んでこよう。お前が望むなら、月さえ射落としてやろう。お前が望むなら、いますぐに連れ去ってやる――だから、そんな顔はするな」




やっと青羽、再登場!

次回、あまあまです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ