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第36話  つまみ食い



「あー、柚希君も力の反動っていうやつかい?」

「はい……それで、私は風の精霊にお願いしたんです、村を守ってって。そうしたら……」


 そこで言葉を切った咲良は、視線をさまよわせる。

 蘭丸はそんな咲良を見て、すべてを理解したように頷く。


「俺が風の精霊に連れて来られた――ということか。まあ、ちょうど知華村に向かっていたところだから手間が省けたってカンジかな」


 言いながら馬上からひらりと舞い降りた蘭丸は、柚希を抱えるように地面に座り込んだ咲良の前に降り立つ。少し癖のある燃え立つような赤毛を揺らした蘭丸は、白い歯を見せてその場を和ませる柔らかい笑みを浮かべる。


「このくらいの兵なら俺一人で十分倒せるんだけどね」


 そう言った蘭丸は、少年のような瞳にふっと不敵な光を宿して、妖艶な笑みを浮かべる。


「王子が虜になる咲良ちゃんの力ってやつ、俺もぜひ味わってみたいんだよね。教えてくれるだろう――?」


 地面に座り込んでいた咲良は腕を強く引かれて、その反動で立ち上がり蘭丸の胸の中に倒れ込む。

 すっと長い指が顎にからめられて、上を向かされると同時に蘭丸の顔が真上に迫り、抵抗する間もなく唇を奪われていた――

 ビリビリッとしびれる感覚も、こう何度も味わうと平気になってくるから不思議だった。

 すぅーっと体の中から力が抜け、ふわりと体が軽くなる。直後、ずんっと反動で、足元が崩れるように倒れそうになった咲良は、蘭丸の片腕に抱きかかえられて、かぁーっと自分でも分かるほど頬を赤く染めた。


「んー、いいねぇ。咲良ちゃん、すっげー、甘い香りがする。これは男が放っておかないだろうな」


 困ったね、とぜんぜん困ってない様子で片目をつぶって笑う蘭丸の笑顔に咲良は思わず見とれてしまう。

 言っていることの意味は分からないけど、なんだか色っぽい瞳で見つめられてドキドキと心臓が跳ねる。


「えっと……」


 戸惑って口を開いた咲良をその場に丁重に座らせた蘭丸は、腰に帯びていた剣を抜きながらふわりと妖艶な笑みを浮かべる。


「大丈夫、悪い奴らはあっという間にやっつけるから」


 おどけたように言った蘭丸は、だけどその言葉通りあっという間に兵士を蹴散らしてしまう。

 風のごとく兵士の間を駆け抜けたかと思うと、兵士がバタバタと倒れていく。本当に一瞬の出来事だった。

 数人の兵士を従えた将軍が勝ち目はないと悟って、何か負け惜しみを言いながら逃げていく後ろ姿――それが咲良のこの日最後の記憶となった。



  ※



 次に目が覚めた時、咲良はふかふかの大きなベッドの中だった。天蓋のついたベッドなんて、旅の途中に泊った宿屋でも見ることがなくて、咲良はこれが現実なのか夢なのかいまいち判断がつかなくて、ぼぉーっとする頭で天井を見つめていた。


「あっ、気がついた?」


 優しい声が落ちてきて、咲良はその声の主を見て首を傾げる。


「蘭、丸、さん……?」

「咲良ちゃん、村で倒れちゃったの、覚えてる?」

「えーっと、えっと……はい。蘭丸さんのおかげで兵士がひいて行くのを見ました。それで、ここは……?」

「ああ、ここ? 王都の俺の部屋だよ」

「えっ?」


 咲良があまりに大きな声を出して驚いたから、蘭丸がふわりと明るい笑みを浮かべる。その口元には白い歯が覗いて、爽やかな印象を与えて、大きな声を出してしまったことが恥ずかしくなってくる。


「あの、どうして私、王都に……?」


 もぞもぞと布団からはい出て上体を起こした咲良の横に、蘭丸が腰を下ろす。


「覚えていない? 俺、咲良ちゃんのこと気に入っちゃったみたいなんだ。だから俺の嫁さんになってよ、咲良――」


 燃えるような赤毛が揺れて、美しい瞳に中でうっとりするほど甘い光がきらめく。

 優しく頬に触れた手が唇をなぞり、ドキっとする。

 魅惑的な眼差しにくいいるように見つめられて、咲良は頬が赤くなるのが自分でも分かった。

 そのまま顔を傾けて近づいてくる蘭丸のあざやかな瞳に吸い込まれそうになって、咲良ははっとする。


「そういえば、腕輪と耳飾りは――っ」


 触れた耳に感触がないことに、さぁーっと血の気が引いていく。

 国宝を失くすなんて――そんな恐ろしい事態に青ざめた咲良だったが、蘭丸がくすりと苦笑をもらす。


「服を着替えさせた時にポケットに入っていたからなくすと悪いと思ってね、ここに置いてあるよ」


 そう言ってベッドの横に置かれたチェストの引き出しを開ける。

 そこにある紅玉の散りばめられた二連の腕輪と薔薇を模した耳飾りを受け取った咲良は大事そうにぎゅっと抱きしめて、素早く身につける。

 それから言いにくそうに視線をそらす。その頬はわずかに桃色に染まっていた。


「あの、着替えって……まさか蘭丸さんが……?」


 まさかそんなことを聞かれるとは思っていなかったのか、一瞬、虚をつかれたように目を見開いた蘭丸は、はははっと大きな笑いをもらす。


「まさか、着替えさせたのは侍女だよ。俺は君の裸には指一本触れていないことを誓うよ」

「それから、さっきの事ですけど……」

「さっきのこと? ああ――」

「私……今は誰とも結婚とかするつもりはないので……」


 蘭丸の顔を見れなくて俯いて言った咲良は、恐る恐る視線をあげて、ベッドに腰掛けた蘭丸と視線があってドキンとする。

 だが、蘭丸は特に気にした様子もなくコクっと首を傾げて笑う。


「だよね。うん、そう言うと思ってた。よかった、よかった」


 とか言われてしまい、咲良の頭の中は絶賛パニック状態。疑問符がいくつも頭の中に浮かんでいた。

 えーっと、どういうことかな……断られるの承知で求婚? ってか、「好き」とは言われてないような……

 そんなことをぐるぐる考えていると、コンコンッと扉が叩かれて、ベッドから立ち上がった蘭丸が扉へと近づく。


「はいはーい」


 開いた扉から現れたのは朱璃で、咲良の頭の中から蘭丸の事がすぽっと吹き飛んで朱璃に求婚されたことを思い出してしまう。


「蘭丸、少し、咲良と話があるので席をはずしてもらっていいですか?」

「わかりました」


 さっきまでのふわっとした雰囲気から恭しくお辞儀をして出ていった蘭丸と入れ違いに、朱璃が咲良の座るベッドへと近づいてくる。

 咲良の頭の中では、なんで朱璃様がここにいるの――って疑問だらけだったが、朱璃の顔が苦渋に満ちていて、そんな疑問はとてもじゃないけど、口に出して聞くことはできなかった。




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