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防壁からの跳躍

「えーっ、シルバーを連れて行っちゃうのかい?」



戻ってきたクロエから、シルバーを隠す計画を打ち明けられた私は、思わず大きな声を上げてしまった。


(せっかく、これから栄養たっぷりのご飯で体力をつけさせて、魔力回路がきれいになるまでお掃除しようと思っていたのにねぇ……)



しかも、シルバーを私の実家――お父さんとお母さんの家に匿うというのだ。


うーむ、大胆な作戦ではあるけれど、隣に住んでいる噂好きなネルおばさんさえどうにかごまかし通せば、確かに絶好の隠し場所かもしれない。



私の作ったお味噌汁を堪能したクロエが、お椀を置いてキリッとした表情で言う。


「事態は一刻を争うわ。さっそく今夜にでも連れて行こうと思うのよ」


「そんなに早く? でもクロエ姉ちゃん、どうやって街の外まで行くんだい?」



いくら夜間とはいえ、あの厳重な城門を突破するとなると、アルが三人くらいいないと物理的に無理だろう。


しかも門兵と大立ち回りともなれば、大騒ぎになるのは目に見えている。



「大丈夫よ。なんだか最近、私の魔法の威力が格段に上がってるのよねぇ」


クロエは自信満々に、ふんっと胸をそらせた。



「そうか、ひょっとすると作ったものの中には料理も含まれるのかもしれないな」


ソファでくつろいでいたアルが会話に入ってきた。



「え?」


振り向くと、アルは顎に手を当て、何やら考え込んでいた。



「例の、メイシーの作ったものには魔力がこもっているかもしれないっていう話さ」


「なるほど。私の作ったポシェットをいつも持ってるし、毎日私の料理を旺盛に平らげてきたから、その影響かもしれないってことだね」


「旺盛だなんて、まるで私が食いしん坊みたいな言い方止めてよ」



クロエはプッと頬を膨らませたが、すぐに真面目な顔に戻って言った。



「とにかく、お父様たちにはご迷惑をおかけしないよう、詳しい説明はしないつもりよ。

『兄さんが戦地で拾った、身寄りのない子どもをしばらく預かってほしい』とだけお伝えしようと思っているの」



抜かりのないクロエの根回しに、私はなるほどと頷いた。



「じゃあ、急いでお弁当を作るね」


私は残っていた夕食のおかずを大急ぎでパンにはさみ、簡単なサンドイッチをこしらえた。




――――――――――



月も出ていない、一寸先も見えないような闇夜の中。


巡回する門兵の気配が途絶えたその隙に――



まだ足元のふらつくシルバーを背負ったクロエが、王宮を囲む巨大な防壁の際に立っていた。



頑丈な負ぶい紐で、クロエの背中に身体をすっぽりと密着させたシルバーは、顔を赤くして、どこか居心地悪そうに恥ずかしがっている。


「……一人で歩けるのによぉ」


「ダメダメ。ここからは一歩間違えれば見つかるんだから、注意深くいかないといけないの。私から絶対に離れないでね」


クロエがピシャリと言う。



「ちぇ……」


シルバーはすねたように口を尖らせると、それ以上の抵抗は諦めたらしい。


おとなしくクロエの背中に頭を預けるその姿は、年相応のかわいい男の子そのものだった。



「シルバー、これ持って行っておくれ」


私はサンドイッチの入った包みをシルバーに渡した。



「……なんだよ?」


シルバーが不思議そうに眉をひそめる。


「お夜食だよ。私のお父さんとお母さんの家に着いたら、お食べなさいな。

お腹が空いてちゃ、生きる気力も湧かないからね」


「……ふん、お節介」


シルバーは鼻を鳴らしてそっぽを向いたが、手渡された包みは大切そうに懐へと仕舞い込んだ。



「気を付けて行けよ、クロエ。俺もついていきたかったが……」


見送りに立ったアルが心配そうに眉を寄せる。


まだ本調子ではない大きな身体を隠して動くのは、さすがにリスクが高すぎる。



「大丈夫よ、兄さん。こういう隠密行動は最少人数でやらないと、万が一のことがあっても対応できないわ。細心に行動しないとね」



(戦略は大胆に、戦術は細心に……か。なんだか昔読んだ歴史小説を思い出すねぇ。三国志の諸葛孔明だったかな……?)


私は腕を組み、記憶の片隅にある本を思い出していた。



「それはわかっているが……」


それでもアルはまだ心配そうだ。



「防壁を登り切ったら、兄さんから借りたこの大きなマントを広げて、風の魔法で滑空しながら一気に平民街まで飛ぶ手筈よ。

メイシーのおかげで魔力もばっちりだから。大丈夫!」


クロエは自信たっぷりに頷くと、シルバーにしっかり捕まっているよう声をかけた。



そして、地面に向かってそっと囁いた。


「それじゃ、お願い」


すると、二人の足元からスルスルと太い緑の蔓が伸びてきた。


それは優しく二人の身体を包み込むと、まるで高性能エレベーターのように、もの凄いスピードで垂直な防壁の上に向かって二人を押し上げていく。



「おおおっ、なんだよこれ!?」


「しっ、静かに……! 上に着いたらすぐ飛び立つからね」



はるか頭上から、二人の会話がかすかに聞こえてきた。



(壁から飛ぶとは……ハングライダーかパラシュート降下か、ムササビか……。

そういえば、クロエ姉ちゃんはプッと頬を膨らませているところが、リスみたいだし、動物に例えるとげっ歯類……。

ちなみにアル兄ちゃんは、お肉をお預けされた姿も含めて完全に大型犬さね)



夜空へと消えていく二人の影を見送りながら、私は我が家族の愛らしさと有能さに、深く感心するのだった。

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