『色彩の儀式』
「次!」
神官の声に、私は前に進み出た。
そっと両手を水晶に乗せる。
(わ、冷たい……)
そう思った、次の瞬間――水晶が眩い『金色』の光を発した!
(これは……何っ?)
――――――――――
この世界は、高貴な紫を筆頭に冥府を意味する黒まで、十二色の魔法で動いている。
七歳になった子どもは、年に一度、神殿で行われる『色彩の儀式』に参加し、自分の属性色と魔力量を確かめる。
それが、この世界の絶対のルールだ。
私、メイシーが七歳になったのは白の月。
『色彩の儀式』が行われる紫の月まで二か月余り。
自分はどの色なんだろうと、ドキドキしながら過ごしてきた。
親と同じ色なら、ずっと家にいられる。
けれど、もし親と違う色だったら、奉公に出されてしまうのだ。
そして、今日、ついに『色彩の儀式』の日がやって来た。
女神と魔法使いたちが描かれたステンドグラス越しに、午後の優しい光が床にさまざまな色を落としていた。
その中心に、『色彩の水晶』が据えられている。
水晶に両手を乗せると、その子どもの属性である色と魔力量が光となって現れるのだ。
大勢の子どもとその両親が、水晶に向かって長い長い列を作っていた。
貴族も平民も関係なく、先着順。
私はお母さんの手をぎゅっと握りしめ、順番が来るのをじっと待っていた。
「属性は黄緑、魔力量は中!」
神官の厳かな声が響く。
日焼けした男の子が水晶から手を離すと、黄緑色の光が消えた。
「よし、豊穣の魔法か! これでうちの農作物がよく育つぞ!」
父親が嬉しそうに歓声をあげる。
高級そうな服を着た男の子が両手を当てると、神殿が真っ赤に染まった。
騎士の正装をした父親は「やはり我が家系は火の魔法か!」と誇らしげに顎を引いた。
その一方、壁際では肩を震わせている女の子がいた。
「どうして桃色なの……。お店で働くなんて無理……。
お母さんと同じ青緑だったら、診療所で一緒に働けたのに……」
「何を言っているの。
桃色はお商売の役に立つだけじゃなくてね、人に好かれる素敵な色なんだよ」
母親が娘の背中に手を添え、慰めの言葉を掛けている。
「お前のお父さんだって、桃色だからこそ、お店をあんなに大きくできたんじゃない」
それでも、女の子の泣き声はなかなか止まらなかった。
(かわいそうに……)
生まれもった色だけで、人生のレールが無理やり敷かれていくのだ。
「親と色が違うくらいなら、よその家で弟子入りすればいいだけだけど……」
すでに儀式を終えた子の親たちが、声を潜めて囁き合っている。
「聞いた? 何年か前に隣町で出た『灰色』の子、王宮の魔法研究所に連れて行かれて、それっきりらしいわよ」
「灰色って、魔力無しってことでしょ? どうして連れて行くの?」
「さぁ……? 灰色じゃなくて、別の色だったかしら……?」
「まぁ、怖い。うちの子は普通の色で良かったわ」
私の身体が、恐怖で小さく震えた。
お母さんはサッとしゃがみこみ、私の目を見て、優しく語りかけてくれた。
「メイシー、大丈夫よ。
どんな色が出たって、あなたはちゃんと立派にやっていける。
私の子だもの」
「……うん、お母さん」
(でもやっぱりお母さんと同じ青色がいいな……。そしたらいつでもおいしいお水が飲めるもの……)
順番が回ってきた。
お母さんがそっと私の背中を押す。
私はふぅと息を吐き、一歩を踏み出した。
そして――神殿は目の眩むような『金色』の光で、爆発的に埋め尽くされたのだ。
その光の向こうから、必死に生き抜いてきた一つの人生が、まるで映画のダイジェスト版のように、私の脳裏に再生された。
◇◇◇
私は柔らかい布団に横たわっている。
枕元で、目に涙を浮かべて私を見つめているのは、大切な子どもたちと孫、そしてひ孫たち。
早くに夫を亡くした私は、女手一つ、必死になって働き、子どもたちを育ててきた。
みんな立派に成長し、それぞれ良い伴侶を得て、大家族になった。
何かと理由をつけては、我が家に集まってワイワイ楽しく過ごす日が、何よりの生き甲斐だった。
(孫に小遣いのひとつでもやりたくて、七十を超えても清掃のパートをしていたんだよねぇ……)
もっとも、なんでもピカピカに磨き上げるのが楽しくなっちゃって、なかなか辞められなかったのもあるけれど。
そのおかげか足腰だけは丈夫で、大きな病気もなく生きてこられた。
それでも、だんだんとあちこちガタついてくるのは仕方のないことさね。
こうやって子どもや孫たちに見送られて旅立つなんて……ありがたいこと。
うん。本当に、いい人生だった。
みんな、仲良く幸せに暮らしておくれ。
時々でいいから、このばあさんのことを思い出してくれたら嬉しいよ。
◇◇◇
私が水晶から手を離すと、金色の光はパッと消えた。
私は茫然とその場に立ち、ただ涙を流していた。
昭和を生き抜き、八十七歳の天寿を全うした「佐々木明子」としての記憶が、七歳のメイシーの心と完全に溶け合い、混じりあった瞬間だった。
(ああ、そうか。私は死んで、この子に生まれ変わっていたんだねぇ)
涙で視界がにじむ中、私は周囲の異様な気配に気がついた。
神殿の中がしんと静まり返り、すべての人が、怯えたような視線を私に注いでいる。
「……き、金色……だと……?」
神官は色の宣言すらできず、その場で立ち尽くしていた。
私は袖口で涙を拭きながら、心の中でぽつりと思った。
(ま、さっき聞いた『灰色』よりは、よっぽどピカピカしてきれいじゃないか)
ピカピカどころかこの眩しすぎる『金色』が、自分だけでなく、世界をも大きく変えることになるとは、この時の私はまだ知る由もなかった――。




