姿絵
「…………ふふっ」
黄昏色に染まる、ある夕暮れのこと。
思わず、笑みがこぼれます。この両手に取り見つめる先には、何とも禍々しい一人の少女。私の絵師たる精悍な男性、斎月が今しがたまで、まるで何かに取り憑かれた様子で描いていた私の姿絵で。
そして、姿絵は息を呑むほどに美しい。そこには、憎悪が宿っている。丹子を亡き者にした私に対する、底の知れないほどの美しい憎悪が。やはり、正解だったようですね。丹子を、彼の下へと仕向けたのは。
――初めは、さしたる期待もありませんでした。この辺りでは名の知れた絵師の一人――所詮、その程度の認識でしかなかったので。
だけど、それは良い意味で裏切られた。彼の技量にも目を瞠るものがあったけれど、それはともあれ――いつもの如く絵を描かせては火に入れ燃やしてきた私に、その度に次には明白に憎悪を増した絵を描いてきたのですから。なので、その度に私の期待も増していった。これなら、いつか――
だけど、今度は悪い――というより、本来の意味で裏切られた。いつしか、彼の絵からほとんど憎悪が感じられなくなっていた。ですが、理由は明白――彼の心中から、感情がほとんど消えてしまっていたから。尤も、感情が消えてしまうという点に関しては驚く事象ではありません。これまでに招いた絵師の中にも、すっかり感情がなくなってしまったような人達も少なくなかったことですし。
ですが、ならば再び焚べればいい。絵を燃やすだけでは足りない、彼の憎悪をもう一度燃え上がらせる方法を使えばいい。
そして、そこで丹子の出番。いつからか、彼女は斎月に恋慕の情を寄せていましたから。果たして、今日から斎月のお世話をするように、との私の指示に、丹子は目を輝かせ快諾しました。尤も、その時点で斎月の方では何とも――言葉を選ばずに言ってしまえば、丹子のことなど眼中にもなかったようですけれど。まあ、それも無理からぬこと。それまでは、この二人にこれと言った接触もなかったわけですし。
けれど、それはあくまでそれまでのお話。彼女の性格上、そして彼への想いから判ずれば、私が細かい指示をせずとも甲斐甲斐しく世話を焼いたことでしょう。そして、彼はあまり人を寄せ付けたがらないけれど、決して恩義を無下にはできない人――甲斐甲斐しく世話を焼く丹子に絆されるのは、もはや時間の問題と言って差し支えなかったでしょう。
そして、そんな彼女を私が亡き者にしてしまえば――再び、彼の心に火が灯る。私に対する、憎悪という燃え盛る火が。尤も、そのような場合、本来であれば私を殺す、などの復讐、あるいは恨みを募らせながら私から離れていくのが妥当――よもや、憎き私の要求行為どおりに絵を描き続ける、なんてことはまずありません。
ですが、彼は根っからの芸術家――しばらくは燻っていたようですが、本来はどうあっても自身の感情を表現せずにはいられない人。なので、きっかけさえあれば沈んでいく。底のない沼へ沈んでいくように、どこまでも自身の感情の中へと果てなく沈んでいく。それが、憎悪という人間にとってとりわけ強烈な感情であれば尚のこと。そして、今しがた描いてくれた絵は、今までのどれよりも遥かに深い憎悪を宿していて。……ですが、
「――でも、まだまだ駄目ね。まだまだ、精進していただかないと」
そう告げて、いつもの如く絵を燃やす。すると、彼の瞳にいっそうの憎悪が。あまりにも美しいその色に、思わず笑みがこぼれます。……ですが、まだまだ足りません。まだまだ、私を憎んでいただかないと。そして――いつか、心の底から震えが止まらないような最高傑作を描き上げてね? 斎月。




