第6話:違和感と“上の存在”
ヴァイス家の断罪から、二週間後。
王都はすでに次の話題へと移りつつあったが――
「……おかしい」
キャルロットは、一枚の紙を見つめていた。
没収されたヴァイス家の帳簿、その写し。
すでに“終わったはずの問題”。
だが、彼女の中で違和感が消えない。
(辻褄は合っている。合いすぎている)
資金の流れ、偽造文書、帳簿の改ざん。
すべてが“発覚するように”並んでいた。
(まるで――)
誰かが、暴かせるために配置したように。
「キャロ、まだそれを見ているの?」
母が少し呆れたように笑う。
「ええ、お母様。少し気になることがあって」
「もう終わった話でしょう?」
「……本当に、そうでしょうか」
その一言に、母の表情がわずかに変わる。
キャルロットは帳簿の一部を指でなぞった。
「ここです」
「これは……ただの取引記録では?」
「はい。ですが――この商人」
別の紙を重ねる。
「三年前に廃業しています」
「え?」
「存在しない相手と、最近まで取引している」
沈黙。
「……偽装、ということ?」
「いいえ」
キャルロットは首を振った。
「偽装なら、もっと“雑”でいいんです」
わざわざ過去の実在人物を使い、精密に整える必要はない。
(これは“隠すため”じゃない)
(“気づかせるため”の偽装)
その夜。
キャルロットは一人、灯りの下で思考を巡らせていた。
(ヴァイス家は確かに不正をしていた)
それは事実だ。
だが――
(あの程度で、王家に喧嘩を売る?)
リスクが大きすぎる。
あの子爵は、愚かではあっても無謀ではなかった。
(誰かに、“やらされた”)
もしくは。
(やらざるを得ない状況に、追い込まれていた)
記憶を辿る。
前世。
処刑台の下で、笑っていたヴァイス子爵。
(あの時の顔……)
勝者の顔ではなかった。
どこか、怯えが混じっていた。
(あれは――)
“自分も安全ではない”と知っている人間の顔。
「……なるほど」
キャルロットは小さく呟いた。
「上がいる」
ヴァイス家を操り、切り捨てた存在。
そして恐らく――
(前回の“私たちの処刑”にも関わっている)
数日後。
王都から、一通の書状が届いた。
差出人は――王家。
「キャルロット嬢。今回の件、見事であった」
謁見の間。
王は穏やかにそう言った。
「過分なお言葉です」
完璧な礼を返す。
だがその視線は、静かに周囲を観察していた。
並ぶ貴族たち。
その中に――
(……いる)
ほんの一瞬。
視線が合った男がいた。
表情は柔らかい。年齢は四十前後。
どこにでもいそうな、穏やかな貴族。
だが。
(目が、笑っていない)
その男は、軽く拍手を送っていた。
まるで“よくやった”とでも言うように。
だがその奥にあるのは、明確な興味。
(観察されている)
品定めするように。
まるで――
次の駒として。
謁見が終わった後。
「今の方は、どなたですか?」
さりげなく近くの貴族に尋ねる。
「ああ、あの方は――ローデリック侯爵だ」
その名を聞いた瞬間。
キャルロットの中で、何かが繋がった。
(聞いたことがある)
だが表には出てこない名。
派手な功績も、不祥事もない。
それなのに――
(なぜか、いつも“中心の少し外側”にいる)
帰りの馬車の中。
キャルロットは静かに目を閉じた。
(ヴァイス家は駒)
(そして私は――)
その駒を壊した存在。
つまり。
(盤上に現れた“想定外”)
ゆっくりと、目を開ける。
その瞳には、もう迷いはなかった。
「面白いですね」
ぽつりと呟く。
「盤面を用意したつもりが、盤ごと見られているなんて」
だが――
口元に浮かぶのは、微笑み。
「いいでしょう」
静かに、しかしはっきりと。
「その遊び、受けて立ちます」
馬車の外では、穏やかな風が吹いていた。
けれど盤上では――
すでに次の一手が、動き始めている。




