表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

18/38

第18話:静かな楔

 王都の流れは、変わり始めていた。

 新たな流通。

 優遇措置。

 自由で、柔軟な連携。

 人は、そちらへ流れる。

 当然だ。

(合理的に見える)

 そして――

(魅力的に見える)

 だからこそ、強い。

 キャルロットは窓辺に立ち、その動きを眺めていた。

 止めることはできない。

 無理に引き戻せば、さらに離れる。

(なら)

 取るべき手は、一つ。


「何か考えてる顔だな」

 背後から、レオンの声。

「ええ」

 振り返らずに答える。

「“崩し方”を」

「言ってみろ」

 短い促し。

 キャルロットは、ゆっくりと口を開いた。

「“自由”は、責任を伴います」

「……そりゃそうだ」

「ですが」

 そこで、わずかに間を置く。

「“責任の所在”が曖昧な自由は、どうなりますか?」

 沈黙。

 レオンが、少しだけ目を細める。

「……揉めるな」

「はい」

 キャルロットは頷いた。


 新しい流通は、“縛らない”。

 だから、動きやすい。

 だが同時に――

(誰も、保証しない)

 問題が起きたとき。

 誰が責任を取るのか。

 どこまで補償するのか。

 それが、決まっていない。

________________________________________

「そこを突くのか」

「いいえ」

 キャルロットは首を振った。

「突きません」

「は?」

「“起こします”」

 静かな声。

 だが、はっきりと。


 レオンが、数秒黙る。

 そして――

「……おい」

 低い声。

「それ、分かって言ってんのか」

「はい」

 迷いはない。


「やることは単純です」

 机に戻り、紙を一枚取り出す。

「この商会に、“曖昧な契約”で仕事を回します」

「トラブルになる」

「はい」

「わざとか」

「ええ」

 淡々とした肯定。


「ただし」

 キャルロットは指を立てる。

「こちらは、関与しません」

「……どうやってだ」

「“自然に見える形”で流します」

 直接ではない。

 だが、確実に。

 責任の線が曖昧なまま、案件が動くように。


「で、揉める」

「はい」

「そしたら?」

「何もしません」

 レオンが、呆れたように息を吐く。

「放置かよ」

「ええ」

 だが、それでいい。

________________________________________

 問題は、いずれ表に出る。

 責任の押し付け合い。

 遅延。

 損失。

 そして――

「“誰も守ってくれない”と気づく」

 その瞬間。

 “自由”は、不安に変わる。


「……性格悪ぃな」

 レオンがぼそりと呟く。

「そうでしょうか」

「かなりだ」

 だが、その声にはどこか笑いが混じる。


「で?」

「はい」

「それだけじゃ、ただ荒れるだけだろ」

「ええ」

 キャルロットは頷いた。

 だから――

「“受け皿”を用意します」


 もう一枚の紙。

 そこにあるのは――

 キャルロット側の、新しい契約書。

「責任範囲を明確化したものです」

「最初から全部書いてあるな」

「はい」

 どこまで保証するか。

 どこから切るか。

 曖昧さは、一切ない。


「揉めた後に、これを出すのか」

「いいえ」

 キャルロットは、わずかに微笑んだ。

「“前からあったことにします”」

 レオンが、吹き出す。

「はは……なるほどな」


 つまり。

 自由な流通で問題が起きる。

 不安が広がる。

 そのとき――

「“既に安定した選択肢がある”と見せる」

 逃げ道ではない。

 “最初から存在していた正解”として。


「……えげつねぇ」

 レオンが笑う。

「でも、嫌いじゃねぇ」


 数日後。

 最初のトラブルが発生した。

 小規模なもの。

 だが、確実に“揉める”種類。

「どっちが負担するんだ」

「そちらが引き受けるはずだろう」

 責任の押し付け合い。

 そして。

「そんな契約はしていない」

 決定的な一言。


 火は、小さい。

 だが――

(広がる)

 同じ構造を持つ以上、同じ問題は繰り返される。


 その頃。

「……出ましたね」

 キャルロットは、静かに報告書を閉じた。

 予定通り。

 完璧ではない。

 だが、十分。


「で、どうする」

 レオンが問う。

「まだ何もしません」

「引っ張るな」

「はい」

 時間を使う。

 不安が“実感”になるまで。


 さらに数日後。

 問題は、二件、三件と増える。

 そして。

 王都の空気が、わずかに変わる。

「……あの流通、大丈夫か?」

「自由すぎるのも考えものだな」

 小さな声。

 だが、確実に広がる。


 その時。

 初めて、キャルロットは動いた。

「この契約を、提示します」

 静かな指示。


 それは、強制ではない。

 ただの提示。

 だが――

 タイミングが、すべてだった。


 一方、その報告を受けて。

「……なるほど」

 ローデリック侯爵は、ゆっくりと目を細めた。

「“崩し”に来ましたか」

 自由を否定するのではない。

 その“欠点”を露出させる。

「面白い」

 小さく、笑う。

 だが、その目は冷静だ。

「しかし――」

 指で、机を軽く叩く。

「まだ、浅い」


 視線は、遠く。

 盤全体を見渡すように。

「“一箇所の不具合”では、流れは止まりませんよ」

 むしろ。

「それすら、吸収される」


 静かな声。

 だが、確信に満ちている。


 同じ頃。

 キャルロットは、窓の外を見ていた。

 流れは、まだ止まらない。

 だが――

(十分)

 必要なのは、停止ではない。

 “歪み”だ。


「……次で」

 小さく呟く。

「形にします」

 その瞳は、静かに燃えていた。

 盤は、まだ動いている。

 そして――

 互いに、もう一歩踏み込んだ。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ