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第17話:盤外の手

 南部の再編は、表面上は安定していた。


 小さく、しかし強固な流れ。

 選ばれた者だけが残り、明確な線の内側で動く。


(悪くない)


 キャルロットは報告書を閉じた。


 揺れはある。

 だが、崩れない。


 前回とは違う。


「で?」


 レオンが机に肘をついたまま言う。


「今回は、持ちそうか」


「ええ」


 短く答える。


「少なくとも、“内側”からは崩れません」


 その言葉に、レオンはわずかに眉を動かした。


「……外側は?」


「来るなら、来るでしょう」


 視線を窓の外へ向ける。


(あの人なら)


 静かに、しかし確実に。


 動きは、三日後に現れた。


「キャロ様」


 執事の声は落ち着いている。


 だが、その内容は――


「北方からの流入物資が、急減しています」


「……原因は?」


「輸送路の一部が、突然閉鎖されました」


 キャルロットの指が止まる。


「事故か、あるいは――」


「意図的、でしょうね」


 即答だった。


 北方。


 そこは、キャルロットが最初に“成功した場所”。


 流れを作り、握った場所。


 つまり――


(“こちらの基盤”)


 そこが、揺らされている。


「南を崩せねぇなら、北を殴るか」


 レオンが低く言う。


「分かりやすいな」


「ええ」


 キャルロットは頷いた。


 だが。


「それだけではありません」


 資料をめくる。


「同時に、王都で新しい流通案が出ています」


「……は?」


「“より柔軟で、自由な取引網”」


 聞こえはいい。


 だがその実態は――


「中央を通さない、小規模連携の集合体です」


 レオンが舌打ちする。


「真似かよ」


「いいえ」


 キャルロットは静かに否定した。


「“拡張版”です」


 キャルロットの構造は、


 “選ばせ、残す”もの。


 だが新しい案は――


 “選び続けさせる”もの。


 固定しない。

 縛らない。


 常に流動することで、支配を拒む。


「……なるほどな」


 レオンが笑う。


「お前の“線”を、無意味にする気か」


「はい」


 キャルロットは頷いた。


 線を引いても、越えられる。

 切っても、別に繋がる。


 なら――


(支配は成立しない)


「やられたな」


 レオンの声は、どこか楽しげだった。


「真正面からじゃなくて、“土台”をずらしてきた」


「ええ」


 キャルロットは認める。


 自分の戦い方。


 それを前提にした上で――


(外側から、意味を変えられた)


 さらに追い打ちの報告。


「キャロ様、南部の一部が動いています」


「内容は」


「例の新流通に、“試験的に参加する”と」


 沈黙。


 予想はしていた。


 だが――


(早い)


 揺らぎが、広がる速度が。


「どうする」


 レオンが問う。


 短く、だが核心を突く声。


 前回と同じ問い。


 だが――


 今回は違う。


「……放置します」


 キャルロットは答えた。


「は?」


「止めません。引き止めもしない」


「逃げるぞ」


「ええ」


 あっさりと認める。


「逃げる者は、逃げればいい」


 レオンの目が、細くなる。


「強気だな」


「いいえ」


 キャルロットは、静かに首を振った。


「“見せている”だけです」


 あえて、止めない。


 あえて、追わない。


 それによって――


「“残る側”に、考えさせます」


 なぜ残るのか。

 なぜ離れないのか。


 その理由を。


「……また選ばせるのか」


「はい」


 ただし今回は。


「“外と比較させた上で”」


 前回よりも、厳しい選択。


 そして――


(その上で残るなら)


 それは、より強い繋がりになる。


「……けどよ」


 レオンがぽつりと言う。


「それ、時間かかるぞ」


「ええ」


「その間に削られる」


「分かっています」


 即答。


 そして。


「それでも、やります」


 静かな決意。


 一方、その頃。


「対応しませんか」


 側近の問いに。


 ローデリック侯爵は、ゆるやかに首を振った。


「いいえ」


 視線は、遠く。


「彼女は今、“選ばせる”段階に入っている」


「ならば」


 薄く、笑う。


「“選ばせてあげましょう”」


 数日後。


 王都に、さらに新しい動きが流れる。


 ――新流通に参加した商会への、優遇措置。


 税の軽減。

 輸送の簡略化。


 そして――


「……露骨だな」


 レオンが呟く。


「完全に“そっちの方が得”にしてきた」


「ええ」


 キャルロットは、静かに資料を見つめる。


 選択は、もはや明確。


 残る理由が、消えていく。


(……そう来ますか)


 “選ばせる”という戦い方。


 それ自体を――


(上書きされた)


 沈黙。


 長く、静かな時間。


 やがて。


「……負け、ですかね」


 キャルロットは、小さく呟いた。


 だがその声に、絶望はない。


 むしろ――


 わずかな熱が、混じっている。


「面白ぇ」


 レオンが笑う。


「完全に、一枚上だな」


「ええ」


 キャルロットも、わずかに口元を上げた。


 認める。


 この一手は、上。


 自分の戦い方ごと、利用された。


 だが――


「見えました」


 ぽつりと。


「何がだ」


「“あの人の盤”です」


 初めて。


 ほんのわずかだが。


 その輪郭が、見えた。


 窓の外。


 王都の喧騒。


 流れは、確実に変わっている。


 自分の手の外で。


 だが――


(今度は、分かる)


 どこに、手を入れるべきか。


 どこが、核なのか。


「……次は」


 キャルロットは、静かに呟く。


 その瞳に、迷いはない。


「こちらが、“盤を崩します”」


 敗北は続く。


 だが。


 それは、終わりではない。


 むしろ――


(ここからが、本番)


 物語は、さらに一段深く沈んでいく。

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