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第14話:構造の掌握

 きっかけは、小さな報告だった。


「王都の南区で、資金の滞りが発生しています」


 執事の声に、キャルロットは顔を上げる。


「規模は?」


「限定的ですが……放置すれば広がる可能性が」


(南区……)


 キャロの陣営が組んだ流通の“要所”。


 ここが詰まれば、全体に影響が出る。


「原因は?」


「不明です。ただ――」


 一瞬、言い淀む。


「意図的な可能性が高いと」


 その言葉に。


 隣で書類を見ていたレオンが、顔も上げずに言った。


「切れ」


 あまりにも、あっさりと。


「……レオン?」


「南区の商会だろ。原因はどうせそこだ」


 淡々と続ける。


「一つ潰せば、他は勝手に戻る」


 合理的。


 そして――


 冷酷。


「だめです」


 キャルロットは、即座に否定した。


 レオンの手が止まる。


「理由は?」


「その商会は、北方との流通の中継です」


「潰せば、連鎖します」


「だから?」


 顔を上げる。


 その目は、完全に“戦場のもの”。


「全部守る必要はない」


「一つ切れば、全体は生きる」


(短期最適)


「いいえ」


 キャルロットは静かに首を振る。


「今回は“崩さないこと”が重要です」


「は?」


「この流れは、“信頼”で成り立っています」


「一つでも切れば、“切られる側”が警戒する」


 レオンは、数秒黙った。


「……甘いな」


 低く、吐き捨てるように。


「信頼?そんなもんは結果についてくるもんだ」


「守るから維持できるんじゃない。“勝つから”維持できる」


 空気が、張り詰める。


「勝つために切る」


「それが一番早い」


 それは、間違っていない。


 だが――


「それでは、“同じこと”になります」


 キャルロットの声は、静かだった。


「……何がだ?」


「ヴァイス家と」


 一瞬。


 レオンの表情が、止まる。


「邪魔なものを切るだけでは、構造は残りません」


「ただ、別の支配に変わるだけです」


 沈黙。


「……じゃあどうする」


 明確な敵意。


 試すような視線。


 キャルロットは、迷わなかった。


「“切らずに支配します”」


 その言葉に。


 レオンは、わずかに笑った。


「具体的に」


「南区の商会を潰すのではなく――」


「“依存させます”」


 静かに、言葉を重ねる。


「資金を補填し、代わりに取引条件を変更」


「表向きは救済」


「裏では――?」


「選択肢を減らします」


 逃げ道を、少しずつ。


 気づかれない程度に。


「……遅い」


 即答。


「その間に広がったらどうする」


「広がらせません」


「どうやって?」


 その問いに。


 キャルロットは、ほんのわずかだけ微笑んだ。


「“原因”を、別の場所に作ります」


 レオンの目が、細くなる。


「……お前、それ」


「ええ」


「南区の問題を、“局所的な事故”に見せます」


 一時的な混乱。


 個別の事情。


 そう見せれば――


「全体には波及しない」


 沈黙。


 長い沈黙。


 そして。


「……めんどくせぇな」


 レオンは椅子にもたれた。


「もっと簡単に終わるだろ、それ」


「ええ」


 キャルロットは頷く。


「でも、“次”が楽になります」


 今、切れば。


 次もまた、切ることになる。


 だが今、残せば。


 次は“従う側”になる。


 レオンは、しばらく何も言わなかった。


 やがて。


「……俺はやらん」


 短く、そう言った。


「そのやり方は、性に合わない」


 空気が、変わる。


(分岐)


「そうですか」


 キャルロットは、引き止めなかった。


「では、この件は私が進めます」


「勝手にしろ。だが守るとか言ってる間に、全部持ってかれるぞ」


 それだけ言って。


 レオンは席を立った。


 扉が閉まる。


 静寂。


(……でも)


 キャルロットは、ゆっくりと息を吐く。


(これでいい)


 同じ考えの人間はいらない。


 むしろ――


(違うからこそ、価値がある)


 一方。


 屋敷の外。


「……はぁ」


 レオンは空を見上げた。


「面倒な女だ」


 だが。


 その口元は、わずかに緩んでいる。


「でも――」


 小さく呟く。


「嫌いじゃねぇ」


 そして。


(どっちが上か、見せてやる)


 彼は歩き出す。


 同じ目的。


 違うやり方。


 その先で。


 どちらが“正しいか”が、決まる。

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