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第11話:三つ巴

 北方領に到着したその日。


 空気は冷たく、そして――重かった。


(噂通り)


 町は活気があるようで、どこか歪んでいる。


 物はある。金も動いている。


 なのに――


(流れが、不自然)


「ようこそお越しくださいました、キャルロット様」


 出迎えたのは、北方領主グレイヴ。


 温厚そうな笑顔。


 だがその奥にあるのは、計算。


(“敵”ではない。けれど“無関係”でもない)


「長旅、お疲れでしょう」


「ええ。ですが、領地を拝見できるのを楽しみにしておりました」


 にこやかに返す。


 その裏で、すでに配置は見えていた。


(領主、監査官、商人)


 三つの層。


 そしてその全てが、どこかで“繋がっている”。


 夜。


 キャルロットは一人、書類に目を通していた。


 帳簿は“問題ない”。


 むしろ――


(整いすぎている)


 不正はある。


 だが、それは“記録されていない”。


(なら、記録させればいい)


 翌日。


「一つ、ご提案がございます」


 朝食の席で、キャルロットはそう切り出した。


「提案、ですか?」


 領主が目を細める。


「ええ。今回の視察ですが――」


 ゆっくりと、言葉を選ぶ。


「“公開監査”にしませんか?」


 空気が止まる。


 監査官の手が、わずかに止まった。


「公開、とは……?」


「はい。帳簿、税の流れ、取引記録」


「すべてを、一部公開するのです」


「な……!」


 監査官が思わず声を上げる。


 当然だ。


 それをやれば、“隠しているもの”は露呈する。


 だが。


 キャルロットは穏やかに微笑む。


「もちろん、全部ではありません」


「王都へ提出する形式に整えた“要約版”です」


(重要なのは、“見せ方”)


「透明性を示せば、王都の信頼は大きく上がります」


「特に今は……“疑い”が広がりやすい時期ですから」


 その一言で。


 領主の視線が、わずかに揺れた。


(刺さった)


 監査官は焦っている。


 だが領主は違う。


(この人は“守る側”)


 領地と、地位を。


「……公開する内容は、誰が決めるのですかな?」


 慎重な問い。


「私が“形式”を整えます」


 にこりと笑う。


「その上で、最終確認は領主様に」


 責任は、押し付けない。


 だが主導権は、握る。


 数日後。


 “公開監査”は始まった。


 結果は――


 絶妙だった。


 小さな不正は、いくつか“見つかる”。


 だがそれは、すぐに是正される。


 大きな不正は――


 “見えないまま”。


(でも、“疑い”は消える)


「さすがに潔白でしたな」


「これで王都も安心するでしょう」


 周囲の貴族たちが頷く。


 監査官は、何も言えなかった。


 “見える範囲”では、問題がないから。


 そして領主は。


「……見事ですな」


 小さく呟いた。


「すべてを暴くこともできたはずだ」


「それを、あえてしなかった」


「はい」


 キャルロットは静かに頷く。


「すべてを暴けば、誰かが潰れます」


「ですが今回は――」


「“整えれば済む問題”に変えた方が、利益が大きい」


 領主は、ゆっくりと息を吐いた。


「……我々を敵に回さなかった理由は?」


 一瞬の沈黙。


 そして。


「敵にする必要が、なかったからです」


 まっすぐな答え。


 飾りも、嘘もない。


 領主は、わずかに笑った。


「なるほど。では今後は――」


「味方でいていただけますか?」


 その言葉に。


 空気が、静かに変わる。


「……ああ」


 短く、しかし確かな肯定。


(これで一つ)


 帰路。


 キャルロットは手紙を二通、したためた。


 一通は、第一王子へ。


『問題は軽微。すでに是正済み。大事には至りません』


 もう一通は――ローデリック侯爵へ。


『監査官は確かに機能していませんでした。ですが現在は改善されています』


 どちらも、嘘ではない。


 だが――


(どちらにも“本質”は渡さない)


 一方、王都。


「……なるほど」


 第一王子は報告書を読み、頷いた。


「期待以上、かもしれないな」


 ローデリック侯爵は、別の報告を受けていた。


「……誰も潰さなかった?」


「はい。ですが、完全に掌握されています」


 沈黙。


 そして。


「……そう来たか」


 小さく笑う。


(排除でも、暴露でもない)


(“構造そのものを書き換えた”)


「これは――」


 ゆっくりと、呟く。


「最も厄介な勝ち方だ」


 北方の風は、すでに落ち着いていた。


 誰も負けていない。


 誰も傷ついていない。


 だが確実に――


(全部、手の内に入れた)


 キャルロットは静かに目を閉じる。


(これで、次に進める)


 盤はさらに広がった。


 そして――


 彼女の手は、すでにその中心にある。

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