赤との舞踏会
迫ってきた赤い人形の方を向き、ワッシュが話しかける。
「こいつは今私の能力で動けなくしている。
あとは縛り付けるなり好きにしろ」
その言葉を聞くと、赤い人形はピタリと動きを止めた。
ワッシュがやや横へ歩き、距離を取る。
3秒後、走り出し一気に距離を詰めた赤い人形が動けない男の頭部を両手で掴む。
男の頭部を高速で左右に揺らし、脳震盪を引き起こした。
「おあぁっ」
人形は、意識を失った男を担ぎ上げる。
3秒して、ワッシュの方を見ながら赤い人形が喋り出した。
「……能力を解け」
(!)
無機質だが、低く唸るような呟き。
(紋章の場所は頭部から足裏へ移した。
見えてはいない……はずだが)
(もし僅かな魔力の揺らぎで能力の発動を感知していたとしたらハッタリは効かないだろう。
ならば――)
「お前がノクゥなら聞きたい事がある。
最近トイヴァーに乗船した客の中にドーグルという男が居たはずだが、その男について何か知らないか?」
赤い人形は黙り込む。
ダフニはワッシュの言葉を聞きながらも表情を変えない。
「能力を解け」
ワッシュの質問に答えることなく、威圧的に同じ言葉を繰り返す赤い人形。
(……)
ワッシュはトイヴァー中から聞こえてくる音に耳を澄ます。
男の体内に潜り込ませた第1の杭を消滅させたワッシュ。
赤い人形はそれ以上何も言わず、ワッシュの能力が消えたことを確認した。
倒れているもう1人の男も担ぎ上げ、奥へと去っていく。
「人形にそんなこと聞いたってしょうがなくないか?」
肩をすくめながら言うダフニ。
ワッシュはダフニの言葉を無視して逆に質問する。
「お前はこの船へ何をしに来たんだ?」
ダフニは寄り掛かっていた壁から離れ、自分の部屋のドアを開けた。
「……暇つぶしさ」
廊下に1人取り残されたワッシュが小さく呟く。
「随分やる気の無い嘘だな……」
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「とにかくこっち来い!」
「あ、あわわわわ」
青ざめた顔のヤツガシの元へ来たユーラ。
頭を抑えうずくまっていたヤツガシは、慌てながら立ち上がりユーラの方へ走り出す。
「走れ!
あのバリアの中だ!」
何度も頷くヤツガシとユーラの走る方向には、薄ら白いオーラのようなもので出来た半球形のバリア。
バリアを作り出しているセロットの後ろには、鬼、縞、タノス、ケバット。
「妙な動きをすれば撃つ」
「こんな時に仲間割れはダメですよぉ」
冷や汗を垂らす鬼と、背後から圧をかけるタノス。
「お前と仲間になった覚えは無い……」
「そうイライラしないでさぁタノス~!
同じ船に乗った者同士、みたいな言葉もあるんだしさ? 豪華客"船"だけに?」
バリアを作り出している右手はそのままに、身体ごと振り返りニヤリと笑うセロット。
「そんなこと言ってる場合じゃないですヨ~!」
慌てながらも動けずに一緒に居るケバット。
メインホールで起きている赤い人形達とブンダオ達の戦闘から飛んできた流れ弾が、セロットの頭の真後ろからバリアに突っ込んだ。
わかりきっていたように首を曲げて弾丸を避けたセロット。
弾丸は、薄ら白いオーラに着弾するとゴム素材にめり込んだように衝撃を吸収される。
セロットの頭の真横で、弾丸によって伸びきった白いオーラが2秒程で元に戻る。
緩やかに跳ね返された弾丸は、すぐ近くの床に落下した。
「便利ですねぇ~」
「でしょでしょ?」
セロットは、嬉しそうにしながらも右側を見る。
流れ弾からヤツガシを守り続けたユーラが、バリアまで到着した。
「さぁ入った入った!」
そう言うと、ユーラとヤツガシの目の前にあるバリア部分だけに大きな穴が開く。
2人が入ったところで穴は塞がり、流れ弾は全てバリアにめり込み中へは届かない。
「無傷か?」
「1発喰らったが平気だ」
確認する縞、即答するユーラ。
「後で治すよ。
ていうかあの程度の魔力込めた弾丸じゃユーラの筋肉は貫通しないだろうし大丈夫だろうけどね~」
呑気に言うセロット。
ヤツガシは、ユーラの右肩後ろ側に弾痕があるのを見つけた。
「あっ!?
ご、ごめんなさいっ! 僕のせいでっ……」
「気にすんな、俺の身体は頑丈だしすぐ治る」
ケバットは、咄嗟に避難を提案した自分を責めていた。
(思えばワタクシ達は舞台に近い場所。
避難しようにも扉が一番遠いんでしタ……)
(お客様に守ってもらうなんて申し訳なイ……!
しかも近くに居たヤツガシ様の救助まデ……)
「せ、セロットさン!
本当にヤツガシ様だけで大丈夫なんですカ!?」
ケバットが心配そうに聞く。
「うん! 大丈夫」
「ツインテールの女の子は出口が近かったから、他の人形達と一緒にすぐ廊下に出たみたいだし。
ビホン達も、スマイルとポーカーもその後出て行ったかな。
ダビットは音楽団達と一緒に裏へ避難していったし安全だろうね」
セロットは、横目で壁付近のテーブルを見る。
「それで、あのおじいさんはね。
距離が離れてるってのもあるけど――」
「手出ししなくても大丈夫」
座って俯いたまま、さっきまでと同じように動かないでいる老齢の男性。
戦闘による大きな音にも一切反応せず、近くに居る案内役の人形が声をかけ続けていた。
「ま、まさカ……
もう既ニ……」
「いーや、流れ弾1発も当たってないしそれは無いんじゃないかな?
今このタイミングで寿命を迎えちゃってるかどうかはわかんないけど」
「洒落にならないことを言わないでくださいヨ!」
「ところでさ、あの人形達に任せたままで大丈夫そう?」
「それはもちろんでス!」
「トイヴァーで有事の際に動く戦闘人形、"レッドマン"!
彼らのおかげデ、敵意を持った人達は幾度も返り討ちにしてきましたかラ……!」
ブンダオ達は押され始めていた。
床に転がる赤い人形の残骸、4体分。
そして、メインホール内でブンダオ達を襲う赤い人形、13体。
魔力を込めた弾丸も一発では致命傷にならず、ブンダオの仲間達はナイフと銃を駆使して戦い続ける。
赤い人形の懐に入り込み、首元に手のひらで触れようとしたブンダオ。
「っ!」
赤い人形は、危険を察知してか一瞬で後ろへ跳び距離を取る。
そして右方向から2体の赤い人形が手を伸ばし、ブンダオは両拳でそれを弾き飛ばした。
(舞台裏へ入り込んで地下へ侵入する計画が……クソッ!)
(あの音楽団が裏へ引っ込んでいくのと同時に赤い人形共が裏から足並みを揃えて出て来た。
増えすぎる前に片付けようと4体破壊したはいいが――)
(致命傷を喰らわないよう防御に徹しながら隙を伺ってくるせいで一気にやりづらくなった!)
最も人形を破壊する力のあるブンダオには、必ず3体以上の赤い人形がまとわりつく。
他のブンダオの仲間達は、2体以上を相手にし続けておりどの人形も防御に徹した動きをしていた。
ブンダオ達は誰も、能力を発動する特殊な銃をまだ1度も使っていない。
(最初に出て来た時と明らかに動きが違う。
確実にノクゥが操り、戦況を判断して人形達の動きに細かく命令を出している)
身を屈めて人形の手をかわし、別方向から来た蹴りを小さく跳んでかわす。
("時の弾"はまだ使えない。
対処方法がバレれば意味は無に帰す!)
ブンダオは、他の仲間達の動向を確認し続ける。
仲間達のうち誰かの元へ行こうとすれば、誰とも戦っていない赤い人形数体がブンダオの移動を阻止する。
絶妙な位置を保ち続ける赤い人形達を前に、ブンダオに焦りが出始めた。
(ダメージを受ける前提で1体破壊するか!?
いや……これだけ俺のことを"視て"いるノクゥのことだ。
俺の動きが鈍れば一気に攻撃してくるだろう)
ブンダオは、左手で左耳につけた小型の機械のスイッチを押した。
「パツァ。
加勢しに来い」
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「こちらは終わりました、ノクゥ様」
呆然と立つ赤い人形に向かって言うシュラーヤ。
そして、その横で倒れ込み動けずに居るパツァ。
(声も……出せねぇっ……!!)
パツァの身体のあちこちが、小刻みに震え痙攣を起こしている。
腕と背中に、一か所ずつ切り傷があった。
シュラーヤは左手に持っているパツァが耳につけていた小型の機械から声が聞こえたことに気付き――
握り潰し、破壊した。
赤い人形が口を動かし、声を発する。
「こちらももうじき終わる。
回収はレッドマンにさせる、お前は一度地下へ戻れ」
「……?
メインホールへ加勢しに行きます」
「レッドマンだけで事足りる。
私が指示したとはいえ爆弾のほぼ全てを取り外す危険な任務にお前を就かせた」
「少し休め」
「休む?」
シュラーヤは当然であるかのように言い返す。
「私は人形です。
疲れることなどありません」
「それに……任されておきながら私が見つけられなかった爆弾がありました。
任務を全う出来なかった私には尚更休む権利などありません」
自分を責めるシュラーヤは、少しだけ声が小さくなった。
そしてすぐに走り出そうとし――
赤い人形に手を掴まれたシュラーヤ。
「ノクゥ様――」
「ダメだシュラーヤ」
「今メインホールへ行くな」
「……え?」
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舞台の高い段差へ吹っ飛ばされ、激突したブンダオ。
「ごはぁっ!!」
折れた左足の激痛。
折れたあばら骨が肺に刺さり、呼吸が激しく乱れる。
「はぁっ……かはっ……」
メインホールに居たブンダオの仲間達も全員、赤い人形に取り押さえられ動けなくなっていた。
(何だ今のはっ……)
(手のような何かにいきなり足を掴まれた……っ!)
増える赤い人形に対処出来ず、倒れていく仲間達。
焦りながらも動きを乱さないブンダオの足を何かが掴み、体勢が崩れた所を赤い人形に殴り飛ばされたブンダオは大きなダメージを負った。
迫る3体の人形が、じりじりと距離を詰めてくる。
(!
……このザマになってもまだ警戒を緩めないのか?
恐ろしく慎重な奴だ……ノクゥ……)
(お前は正しい)
赤い人形達が、足を止めた。
倒れ伏す仲間のうち1人が、ブンダオを見て確信する。
(頭領、使うんですね)
(……そうだ。
それこそが俺達が貴方についてきた理由だ)
ブンダオの身体から流れ出る魔力は、自己再生には全く使われなかった。
外へ流れ出た魔力が紫色の粘液のように変わり、舞台と床をゆっくりと侵食し始めていく。
「そうだ……
元々金など目当てじゃない……」
「俺達はただ……お前ら人形を破壊出来ればそれでいい……」
血を口から垂れ流しながらも、不敵に笑うブンダオ。
「聞いているかノクゥ。
俺の能力について悪い知らせが2つある」
「1つ。
この能力は一時間以内にトイヴァー中を埋め尽くし……触れた物体を全て腐食させる」
「2つ……
この能力は俺が死んでも効力を失わない」
赤い人形達が、全員同時に身構えた。
「今、なんテ……」
思わず声を漏らすケバット。
バリアを解いたセロットが、ブンダオの方を見た。