"地中のパレード"
セロットに見つかった鬼。
2人が居る後部甲板には、他の人形や乗客達も何人か居た。
「随分暇なんですね? セロットさん」
「失礼な! 今まさに大忙しさ!
これから僕は君とトイヴァーを見て回るっていう大仕事がね~」
「それを暇してるって言うんですよぉ」
「そんなこと言っちゃって! 本当は寂しかったんでしょ? ねぇねぇねぇ」
セロットは鬼の背中を人差し指でツンツンつつく。
「鬱陶しい知り合いになっちゃいましたねぇ全く……」
ため息交じりに呟く鬼。
(私の行動を監視するためとはいえ……もっと他にもやることありそうですけれどねぇ?
こちらとしては好都合ですが)
2人共、それから他愛のない話しかしない。
互いに敵であるとわかるような言葉は一切発さず、周りの気配を常に把握していた。
(セロットさんが警戒してるのは人形ではなく他の乗客。
トイヴァーという船伝いに昨日の会話が漏れている可能性がある……人形達には既に監視されていると考えた方が良いでしょう)
(私にとってはどうでもいいことですけれども)
「あれ?
ねぇ鬼! なんか前の方光ってない!?」
セロットは甲板の柵越しに、進行方向の奥に何かを見つける。
「あぁ、多分アレですねぇ」
「どれさ!?」
「トイヴァーの"演目"のうちの1つ、"地中のパレード"ですよ」
洞窟のあちこちには船を上部から照らす小さな球体の照明がいくつか設置されていたが、セロットが見た方向の奥には比べ物にならない程の量の照明が設置されていた。
そして、その洞窟の壁からひょっこりと1人の人形が半分だけ顔を出した。
(そろそろ開幕だナ)
「チャイムの準備しロ!」
「了解ッ」
人形は顔を引っ込め、壁の中に造られた小さな小部屋でもう1人の人形に指示する。
そして、小部屋の中にある伝声管の目の前へ来ると隣にある大きな木製のダイヤルを回した。
伝声管の根元を掴みながら、人形は配備された他の人形達全員に声を届ける。
「全員、準備はいいナ?
チャイムが鳴ったら"地中のパレード"を開始すル」
「今回は特別な演目ダ。
絶対失敗するなヨ!」
やや緊張しながらも、仲間を鼓舞するよう自信をまとわせた言葉を送ると、人形はダイヤルを元の方向へ回し伝声管のスイッチを切った。
洞窟内に、金属の管を打ち鳴らす綺麗な音色が3回に分けて響いてきた。
トイヴァー全体、そして内部にもその音は響き渡る。
3階にある展望台に居る縞、タノスにも。
2階の客室に居るワッシュにも。
1階に居たユーラとダビットにも。
地下室で慌ただしく動く人形達にも。
地下2階にある、誰も居ない小さな部屋にも、その音が伝わる。
鬼に案内されて甲板前部に来たセロットは、その光景に目を輝かせた。
両側の壁は綺麗な建造物が埋まっているかのような造形になっており、その中で人形達が舞い踊る。
やや下部、そして上部にとあちこちに楽器を演奏する人形達が見え、それぞれが完璧なタイミングで音を鳴らし曲を奏でる。
壁の中から突如飛び出した人形達が数名、甲板の先に飛び降りながらも踊りを披露。
そして、奥から人形達が一斉に声を出し合唱曲が始まる。
「わ~!!」
セロットは目の前で突然始まったショーに思わず声を上げる。
「いつもどんな内容になるかはわからないようですよ?
前回は、行方不明になった友達である森の妖精を探すというお話でしたが……今回はどうでしょうねぇ」
「すっごいワクワクしてきちゃった!」
「お?」
左右の建物を繋ぐ木製の簡単な橋が奥にあるのを見つけるセロット。
(あの橋、このまま行ったら船の2階部分に当たりそうだけどどうするんだろ?)
そう思った時だった。
『『吹く風は 稚児の 頬を冷たく撫で』』
合唱する人形達が歌い始めた。
『『稚児は いつしか 意思と共に歩き出す』』
バイオリンの音をメインに、木琴の音が混じった落ち着いた曲調。
同時に、寒そうな様子で建物から出て来た小さな人形が橋の上を渡り、中央へやってきた。
マフラーを巻いた軽装の小さな人形は、震えながら辺りを見回す。
『『寒さなど 構わない その子は街へ繰り出した』』
震えた様子の人形は、満面の笑みで両手を広げる。
同時に、両側から色とりどりの服を着た人形達が一斉に現れ橋の上で踊る。
中央に居る人形は、その場で歩き続けているかのような動きのまま、甲板に居る客達の方に手を振り続ける。
いつの間にか陽気な曲調に変わっており、フルートの音色がメインになっていた。
甲板には既に20人近い客達が集まっており、客だけではなく周りで音楽に合わせて軽やかに踊る人形達も居た。
「洞窟をそのまま使った劇場か」
3階の展望台からショーを見るタノスが呟く。
「すっげぇなこれ……」
隣に居る縞が目を輝かせながら言う。
「俺の祖国でも大がかりな芝居をして旅する一団が居たんだけどよ?
規模が違うぜ規模が!」
はしゃぐ縞を横目に、タノスは人形達を観察する。
(船内だけじゃなく洞窟の中にも人形が大量に居る。
人形全てが敵となればどこに居ても包囲される……)
ショーには目もくれず、人形達の出てくる位置や数を把握しようとするタノスに気付く縞。
(全くしょうがねぇ奴だなぁ)
しかし、縞は何も言わず目線を前に戻す。
(目の前の情報見るのに集中してるってことは……)
(今、背後は俺に任せてるってことだもんな)
背面への気配の確認をしながらも、縞はショーを楽しむ。
『『街を知り 人を知り その子は心のままに』』
中央に居た小さな人形が、天井から伸びて来た糸に操られ浮く。
周りに居た他の人形4体も同じように、糸によって宙に浮き――
それ以外の人形は自然な動きで両端の建物の中へと入っていく。
(霊力の糸だ。
――あっ!)
非常に見えにくい糸を視認したセロットは、動いた仕掛けに驚く。
木で出来た橋が中央で分離し、重力に従って両方とも壁の方へ戻っていく。
戻ってきた橋を人形達がキャッチし、船に当たらないよう収納し――
浮いたままの人形達は、更に奥にある橋へと踊りながら移動していった。
(わ~!!)
橋の上に着地した人形達が音楽に合わせ踊ってから3秒後。
『『そして ある日 病がその子を蝕んだ』』
中央の人形は胸を抑えうずくまり、苦しそうな様子を見せる。
周りの人形達は心配するかのような素振りでその人形を見下ろし――
『『病は 奪い取った その子の心だけを』』
悲しげな曲調が流れ、周りの人形達は後ろ歩きで建物の中へと入っていき、中央の人形だけが残る。
これまで感情豊かに表情を変えていた人形。
生きている人の子供のような雰囲気を客達に与え続けていた人形。
『まるで人形のよう』
合唱ではなく、たった1人の人形の高い声が洞窟内に響き――
立ち上がった人形が、無機質な表情で客達の方を見下ろした。
曲が鳴り止み、辺り一帯が急に静かになる。
立ち尽くす人形の与える空虚な迫力が、客達の視線を人形に釘付けにした。
『その子は 心無きまま 知った街を歩く』
無機質な人形がその場で歩き続ける。
橋が分断し、人形は糸で浮きながら更に奥の橋へ到着した。
橋の上に既に居た他の人形達は、先程と同じように感情豊かに踊り続けるが、主人公の人形は無機質にただただ歩き続けているだけだった。
『人の 形をした その子は』
『『やがて 彼となる』』
再び合唱の歌声が響き、曲調のテンポが速くなり始めた。
セロットは、首だけを動かし後ろ……3階にあたる方向を見た。
船の屋上から高い声を届けているキルシカの姿を発見する。
(聞いたことのある声だと思ったらやっぱり!)
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「おぉああ……キルシカちゃんの声だあぁ……」
涙を浮かべながら、甲板前部へ早歩きで向かうダビット。
(やばい、またこいつ元に戻るだろこれ!)
同じく早歩きでダビットについていくユーラは一抹の不安を覚えた。
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屋上には乗客はおらず、人形が6人のみ。
歌うキルシカの後ろには4人の人形が見守るように立っており――
反対側、やや離れた場所で寝っ転がるディシフは、動かずにキルシカの方を見ていた。