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幕末陰傳 飛頭蛮  作者: 猛士
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桜散門


 くすんだ綿ほこりのようなものが、視界を埋め尽くしていた。


 灰を塗りたくったような雲の下に雪が降っている。

 視界が悪い――可とも否とも思わず、市はただ内心呟いた。


 季節外れの雪だった。

 いくら冷え込むといえど、上巳の節日である。そもそも雪になることが珍しい。そのような状況であっても、大名を乗せた駕籠は行列をなし、粛々と進んでいく。


 辰の刻の太鼓が鳴り響き、城門が開かれ各藩の諸侯たちが登城を始めているのだ。


 どことなく遠慮しながらも、沿道の脇には武鑑を手にした町民たちがひしめいている。だが市の潜む樹上からではその様子を判別することは難しいほど、雪は激しい。

 しかしこの程度の荒天など、江戸の町民にしてみれば娯楽を取りやめる理由にはならないのだろう。ましてや、目前を通過しているのは天下の尾張藩の行列である。町民たちはさすがに伏して遠慮しているが、心中その興奮の程は計り知れない。


 すぐ隣に牙を潜めた獣が隠れているなど思いも知らず、呑気なものである。それを愚かしいとも思わないが、理解も出来ない。

 邪魔だけはしてくれるな――市は樹上でそんなことを漠然と思っただけだった。


 間もなくである。


 布をどけ、脇に置いてあった黒鉄の銃を手にした。筒にあしらわれた翼を広げた鳥を指でなぞる。ひんやりとした氷のような感触に、鳥肌が立つ。

 だが市が深く息を吸い臍の下に氣を落とすと、掌から銃に向け、じんわりと温もりが染み出していく。

 黒鉄と木の塊が、己の血肉を得て一体化していくようなこの感覚――良し。紅い唇が吊り上るのは無意識だ。


 そのうち、彦根藩邸上屋敷の門が開き、彦根橘の紋をつけた提灯が姿を現した。

 いよいよか――と、市は前髪をかき上げた。


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