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幕末陰傳 飛頭蛮  作者: 猛士
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銃姫


 年が明けると程なく千代の奉公が明けた。


 千代と仁吉の祝言が執り行われたのは、それからひと月も経たぬ良き日であった。千代の父である辰之進が、身代を仁吉に譲った後も辰野やは変わらずの繁盛である。


 まだ祝言を上げたばかりだというのに、二人のおしどり夫婦っぷりは町で評判である。現に今も、千代と仁吉は夫婦そろって店先まで客を見送り、驕ることなき商売と仲睦まじさを醸し出していた。


 そんな二人の姿を物陰から見つめ、葛城は満足そうに頷いた。


「本当にあれで良かったんですかい」


 傍らの男が、苦笑交じりに声を掛けた。まるで仁王像のように肉厚な葛城と比べると、柳の木のような線の細さである。


「上出来だよ。別に瓜二つである必要は無ぇんだ。いい仕事っぷりはだったぜ」


 にやり――と笑うと、葛城は懐から軽くはない包みを出し、男に手渡した。


「へへ、こりゃどうも」


 男は掌の上の重さに満足したように頷く。


「あっしはなんでも構わねぇんですがね。まぁ、なにかあったら声をかけておくんなさい」


 細面に調子のいい笑みを浮かべると、男はその場を後にしようとした。


「どういうことか、説明してもらおうか」


 そこへ冷たい氷のような声がした。背中に冷や水を掛けられたように、男は身を竦ませ飛び上がった。


「ずいぶんと早いお出ましだな」


 苦笑交じりに葛城が振り返ると、そこには能面のような顔をした市が立っていた。


「納得のいく答えをもらいたいものだな、葛城(・・)殿()。そして――」


 ()()さん――と、市の瞳に殺気が走る。


 ひっ――と、息を洩らしへたり込んだ男は、あの(・・)()、市の見かけた()()であった。店先で千代と共に客を見送る仁吉とは、似ても似つかぬ優男である。


「あっ、あっしはこれでぇぇ」


 這う這うの体で、男は逃げるように立ち去る。


「今思えば、折重の変装は完璧だったってわけか」


 その後ろ姿に、面白くもなさそうに吐き捨てた。


「おや、だれも彼奴が仁吉とは言ってなかったと思うが」


 葛城が惚けたように首を傾げる。


「ならば逃げる必要もないだろう」

「美人が凄むと怖ぇからな。奴は臆病なんだよ」

(はか)ったのか」


 市の切れ長の瞳が、葛城を睨みつける。


「勝手に勘違いしたのはそっちだぜ」


 ()()が腰を抜かすほどの眼光を微風ほどにも感じず、葛城は口元を歪めた。


「そうだそうだ。お(・・・)ちゃん(・・・)にも、約束の金を払わなきゃな――」

「そんな金――」

「いらん。とは、言うなよ」


 葛城が言葉を継がせなかった。


「納得がいこうがいくまいが、あんたは俺の仕事を受け、無事にこなした。だから正当な報酬を受け取れ。それをしないのであれば、あんたは只の凶徒だ」

 葛城の真っ当な言葉に、市は言葉を詰まらせた。


「不測の事態はあったようだが、あの通り二人は無事に夫婦になり、店も順風満帆。八方全て丸く収まった。そうだろ」


 そう言って金を差し出す葛城の顔に、なんともいえぬ太い笑みが浮かんだ。


あっちほうはどうなったのだ」

「気になるか」

「いや」


 関わらぬと決めたのだ。必要ない。

 のれんの奥に引っ込む若夫婦を見つめる市の眼尻に、柔らかな皺が浮かんだ。


「またなにかあったら頼むぜ『雑賀の市』さんよ」

「二度と御免だ」


 金を受け取ると、市は吐き捨てるように背を向けた。だが、その紅い唇に笑みが浮かんでいることに、市は気が付いていなかった。


 



 まずは、最後までお読みいただきまして、ありがとうございます。

 この「飛頭蛮」は『第101回オール讀物新人賞』におきまして、一次通過させていただいた作品です。一次を通過できただけでも青天の霹靂…驚天動地の大金星(笑)

 いつも応援してくださっている方々から、光栄にも「読みたい」との声を受けまして、公開させていただくことに致しました。

 極力、応募したままの作品を読んでいただこうと思い、手直しは一切しておりません。

 ただし、WEBでの公開になりますので、読みやすくする為に、改行と部分と一部のルビのみ調整しております。

 もしよろしければ、忌憚のないご感想やご批評などいただけると嬉しく思います。

 なにより、楽しんでいただけましたならば幸いです。

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