第88話 ゴールデンウィーク一日目④
ようやく自分達の番が回って来ると、座席について心の準備を整える。
時雨のヘッドフォンと凛のポシェットは一時的に備え付けの簡易ロッカーに預ける。
「いざとなると、緊張するわね」
「ええ、私もこれに乗るのは初めてなので楽しみですよ」
時雨はこの手の絶叫マシーンは何度も経験しているので、恐怖より高所から眺める景色を早く見たい気持ちで一杯だった。
ジェットコースターがゆっくり前進を始めると、大半の人々は徐々に急勾配の坂を上っていく様子に「やばいよ」とか「これ死ぬかも」と口ずさんで戦々恐々としている。
時雨は隣に座っている凛の様子を窺うと、祈りを捧げているのに気付いた。
「天にまします我らの父よ……」
「凛先輩、大丈夫ですか?」
その様子に時雨は心配そうに声を掛けると、ジェットコースターは頂上付近で一旦スピードが緩まると急激に加速を始めて下降する。一定のスピードを保ちながら、カーブする度に身体はとてつもない重力と周囲から悲鳴に似た声が木霊している。
(この風を切る感じがたまらないなぁ)
時雨は酔い痴れながら純粋に楽しんでいると、万歳する形を取って全身で喜びを表現する。
「天にまします我らの父よ……」
隣にいる凛の様子を再び見ると、時雨の耳に入ったのは先程の祈りを捧げる言葉だった。
心なしか、口調は早くなって語気が強くなっているような気がする。
「あっ、これまずいな」
時雨は思わず声にしてしまうと、凛の目は血走っている。
多分、平気と言った手前、今更怖くて気絶する訳にはいかないと凛の中でプライドが葛藤して微妙な精神状態を保っているのだろう。
こうなっては、最早楽しむどころの話ではない。
ジェットコースターが走り終えるまで、時雨は凛に声を掛けて励ましていたが、その効果は薄かった。
時雨は肩を貸してどこか休める場所がないか探すと、フードコート内のベンチを見つけた。
「凛先輩、大丈夫ですか?」
「ああ……ごめんなさいね。気分は少し楽になったわ」
凛の背中を擦って気持ちを和らげようと努めるが、本調子には程遠い様子だ。
自販機でスポーツドリンクを購入すると、凛に水分補給をさせて顔色の血色は良くなった。
「グリフォンに乗ったのは本当よ。だけど、あんな激しく急旋回したりするのは反則よ!」
凛は悔しそうに弁明すると、飼育されているグリフォンは比較的に大人しく調教されて、人間を乗せても安全なスピードで飛行するのが主流だ。
ジェットコースターも安全装置はきちんと備わっているが、こちらは絶叫マシーンと呼ばれるだけあってグリフォンと比較するのは間違いだと気付くべきだった。
(でも、こんな必死な凛先輩はレアで可愛いらしいなぁ)
普段は品行方正の優等生な凛であるが、頬を膨らませている様子はまるで子供のようだった。




