修行1
キアラの膨大な魔力操作と精密さを指摘する事は憚られた。
剣を握りたくないと公言しているのだから、秘密なのだろう。
手刀を叩き込まれてから、スオラは大人しくオーゲンとキアラの言う事聞く様になった。若干キアラの子分の様になってしまっていた。
『あっ、キアラさんおはようございます。』
『おい、ヘクティスにも挨拶しろよ。』
『ヘクティス君おはよう。』
『お、おはようございます。』
スオラのキャラ崩壊具合がえげつなかった。きびぎびとした動作で入室してくる。
そして何事も無いかのように、キアラの隣にスオラは座ると、キアラの事をまじまじと見始める。
『なに?』
眠そうに机の上に突っ伏していたキアラはその視線に耐えられず、心底嫌そうに声を漏らす。
『俺はギフトで真眼を持っているのですが、キアラさんの属性が見えなくてどうしてだろうと思いまして。』
待ってましたとばかりのスオラの顔から質問が投げかけられる。
『そんなの私が魔力操作で外部から覗かれない様に膜を張ってるからに決まってるじゃない。少なくとも、自分の魂を知覚してないと無理だけどね。』
『そんな事が可能なんですか!?』
『余裕よ。まぁ、あんたの真眼が進化すれば突破出来る様になるかもしれないわね。』
『なるほど…。』
そう言って頷くと今度は俺の方をまじまじと見てくる。
『どうしました?』
俺は困り気味に反応を返した。
『ヘクティス君はずっと魔力を動かしてるけど、それってどう言う意味があるのだろうと思って。』
『ええっと、無属性は知っての通り魔力の運用力が低いので、皆さんが無意識で出来ることも、日々意識的に練習していないと身につかないんです。だから毎日練習しています。』
『なるほど…それなら取り入れられそうだ。』
そう言うとスオラはすぐに魔力を意識して動かして始める。
『あっあれ、結構難しいな…。』
すぐにスオラの額に薄らと汗が浮かぶ。
『無意識になってしまっていた処理を意識的に見直すのってすごい新鮮だ。他者の話を聞ける様になって視野が広がったみたいだ。ありがとう。』
俺はその言葉に恐怖を覚えた。1を言えば100が出来る者は天才だ。その言葉は理解できる。けれど、足し算を教えたら、掛け算を理解してしまう様な。不可能を可能に出来る才能の恐ろしさを静かに感じた。
スオラが意識的に自信の魔力操作を見直し始めたのを見守っていると、ラティスとクレオが教室に入ってくる。
誰が声を発するよりも速く、スオラが席を立ちラティスの前に駆け寄る。
『ラティスさん。昨日は本当に申し訳なかった。』
スオラの本気のお辞儀に、顔を引き攣らせながらも、ラティスは意を決したように口を開く。
『もう気にしてませんので、仲良くして欲しいですわ。』
『そう言ってくれると助かるよ。』
ラティスは軽い会釈をすると一直線にこちらに来る。
スオラはクレオにもしっかり挨拶していてクレオも困り顔だった。
『キアラさん、ヘクティスさん昨日はありがとうですわ。』
『気にしなくていいわよ…。』
キアラは相変わらず、突っ伏したままくぐもった声で答えた。
『俺は吹き飛ばされてただけですので。』
『そんな事ないですわっ。』
ラティスが凄い勢いで俺の片手を両手で握りこむ
『ええ…?あ、ありがとうございます?』
突然の事に面を喰らっていると、突っ伏したまま顔を回してみているとキアラと目が合う。
『いつまでそうしてるつもり?』
『ご、ごめんなさいですわ。』
ラティスは慌てて手を離し俺の席の隣に座る。
昨日は俺が優先して席に付いたため、キアラが合してくれて端っこの席を取れた。今日は眠そうなキアラが先に席を選んだためど真中をとっている。そのため両隣り空いていた。
クレオとスオラが戻ってきて席についた。
横一直線の並びに座った何だか中のいい事だった。
『おーいお前ら、おはよう。』
『おはよう〜。』
『おはようございます。』
『おはようございますですわ。』
『おはようございます。』
『おはようございます。』
『よしよし。じゃぁ、授業始めてくぞ。』
その日1日、オーゲンが笑いを必死に堪えながら授業をしていたのが印象的だった。
急に仲良くなった俺達はお互いのスキル系統や、剣術練習、魔力操作方法を交換しあった。穏やかな時間が2日程過ぎる。
休みの日、ジュナイドに徹底してみてもらおうと意気込んで朝食に向かった。
朝食の準備をしてくれるマリーナさんに挨拶の後ジュナイドの事を聞いた。
『ジュナイド様は用事で朝早くから出払っています。』
長い日本三つ編みが動きに合わせて揺れる。
『ジュナイドは忙しいのか…。』
朝食を食べ終えたら、庭で訓練しようと決めた。
キアラにも手伝ってもらうか。やすやすと手刀でスオラの魔力集中を貫通して物質まで砕き破る鮮やかなまでの魔力流動。
剣を持ってもらい受けてもらおう。
歯磨きや顔洗いなどを済ませ、起きてこないキアラの部屋をノックする。
『キアラ姉さん起きてください。』
反応がない。
『入っていいですか?』
俺は意を決して扉を開く。俺の部屋より広い二人部屋だった。ダブルベッドの上に布団に包まって寝息をたてるキアラの姿があった。
『姉さん。手伝ってほしい事があるんですが起きてください。おーい。』
キアラの肩を揺すってみたり、頬を軽く叩いてみたり、遠慮なく起こしてみる。
しばらくするとキアラが急に起き上がり、力一杯に布団に引き摺り込まれると抱き枕状態にされる。
とんでもない力で振り解く事が出来ない。
『zzz…まだ…もう少しだけ…。』
『いや、姉さん起きてください。』
少女とは思えない万力の様な力で抑えられ、悲鳴の様に声を上げ続けた。
抵抗を諦めようとした時ようやくキアラが目を擦りながら身体を離す。
俺は瞬時に体勢を整える。
『あれ、ヘクティスなんで一緒に寝てるの?』
本当に疑問を浮かべながら、気怠るに欠伸をした。
『起こしに来たら、姉さんに羽交締めにされて身動き取れなくなっていたんですよ。』
『へっ?今日、休みだよね?』
まだ寝惚けているのか、直ぐに身体をベットに倒し直す。
『休みですけど、俺が練習に付き合って欲しくて起こしに来ました。』
『練習に?えー面倒い。ヘクティスも寝直そうよ。』
『剣に魔力を密集させて置くだけでいいのでお願いします。』
『私、剣は握らないよ。はい〜、お休み。』
取り付く暇もないとはまさにこの事だった。
一人授業においてかれる恐怖を感じた事がないのだろう。俺の1日の遅れは致命的なのに、キアラは余裕なのだろう。
このままでは本当に時間の無駄だと諦めて、大人しくジュナイドが帰ってくる事を祈って自主練しに庭まで降りた。
練習していると、あっという間に時間は過ぎ昼食になる頃、ジュナイドが帰ってきた。
『ジュナイドおかえりない。』
『ただいまヘクティス。』
ジュナイドはいつもと変わらず掠れた低音で話しフードで顔の傷を隠していた。
『いきなり何ですが、午後は空いてますか?修行を見てもらいたいのですが。』
『嗚呼、構わない。そろそろだと思っていた。』
昼食を食べ終えて、早速中庭に二人で行く。キアラはまだ起きてない。
『いいぞ。』
ジュナイドが剣に魔力を密集させる。それに対して即座に振り抜いて剣を砕いた。
『出来た!!ジュナイド出来ました!』
自分の成長を実感できる瞬間に打ち震えながら思わず喜びを噛み締める。
『見事だ。頑張ったなヘクティス。』
『では、次の修業にうつれるんですね!』
『嗚呼。超流動と呼ばれる操作修練になる。先ず見せる。』
ジュナイドは剣を右と左に一本ずつ持つと左の剣を前に出す。
『剣を下に重ねてくれ。』
言われるままに出されている剣の上に剣を合わせる。その瞬間、右手の剣で俺の剣を叩く動作すると、その下の左手の剣が砕けた。
『鎧通しを魔力でやると言えばわかりやすいか。』
『既にある魔力を通過して自分の魔力を通したってことですよね。』
『分かりやすく言えばそうなるな。取り敢えず一度やってみてくれ、問題点がわかるはずだ。』
俺は言われた通り取り敢えず通過するイメージを持たせて、魔力を這わせた剣を叩きその下の剣に魔力を透過させようとした。結果は打ち合った剣を砕いただけで下の剣には何も起きなかった。
今までの魔力操作は、相手が用意した魔力よりも多くの魔力を全身から瞬時に移動する事で凌駕できるというものだ。けれど、今回は魔力で自分の剣を守りながら受け切ったあとの余剰の魔力を相手が密集させた魔力の間に流し込んで貫通させているということになる。
訳がわからない。感覚を探す事から始める必要がある。
『超流動と師匠が名付けていたこの操作技術を言語化するなら、魔力の押し出しだと思っている。』
『透過では無く押し出しですか?』
『嗚呼。魔力と魔力が接触する瞬間に一方の魔力を押してしまえれば密集させらられた魔力は気づかずに置換されてしまい。弾き出された魔力が衝撃を起こすだと思っている。』
2段階目で難易度が上がり過ぎだと感じたが、これが出来れば理論上はあらゆる攻撃を通す事が可能になるはずだ。
『押し出す…。』
ジュナイドが伝えてくれた事を頭の中で反芻して何とかシュミレーション出来るようにイメージを固めていく。
『ヘクティスこれを握ってみてくれ。』
投げ渡されたのは魔力が渦巻いているボールだった。
『握ったままその中の魔力を押し出せれば、剣を通して接触した瞬間にも出来るようになるはずだ。』
試しにボールに魔力を込めてみると自分の魔力が中に行かず外側を覆ってしまう。中の魔力密度が高すぎてまるで影響を与えられなかった。
ボールに魔力を込めているだけで一日が終わってしまった。遂にキアラは起きてこなかった。
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肌身離さず1ヶ月程魔力を押し出そうと力を加えていたが全く、ボールの中の魔力を外に出す事に成功していなかった。
スオラもクレオもラティスも魔力操作を意識的に行う事で、めきめきと成長していた。
無意識で出来た事を意識的に洗練させていくだけでより効率よく魔力を操作出来るよになり、ギフトが進化する可能性を秘めているのだから。
俺は頭一つ抜けていた魔力操作を追いつかれ、ラティスにも勝てなくなっているのに、
未だに超流動のきっかけを掴めてすらいなかった。
『ヘクティス、根を詰めすぎだよ。』
キアラが部屋に入ってくるなんて珍しい。
『夕御飯。呼んでるのに気付かないみたいだったから、態々きてみたけど。』
『…もうそんな時間ですか…。』
『ジュナイドが話があるから来て欲しいって。』
『…直ぐ行きます。』
未だに何の影響も及ぼせないボールを右手で握りしめながら、部屋をでてゆっくりと階段を降りた。
夕飯にはジュナイドとキアラが待っていた。
『お待たせしました。』
『ほら、食べましょ。』
キアラが待ちきれないという感じで食を促す。
いただきますをしてキアラが食べ始めるのをみるとジュナイドは話しだす。
『王位継承戦が終わり第一王子が王位を継いだ。私はまた忙しくなるが二人とも注意してくれ。万が一を潰しに行くが、何があるかわからないから。』
王位継承争いのいざこざが故郷で起きているとか、あまりの関係の無さに甘えた気持ちが押し勝つ。
『ジュナイド、また修行を見て欲しいのですが…。』
忙しいのは聞いたわかってた、だが言わないわけにいかなかった。
『すまない。あれ以上の説明が出来ないんだ。』
『もう一ヶ月も何も変わりが無いんです…。』
『まだ一ヶ月だろう。』
『もう一ヶ月ですよ!!みんなどんどん成長するのに俺だけ一度躓いたら、取り残される。不安で仕方ないんです!!』
声を荒げるのを抑えられない。隠してきた気持ちが決壊する。キアラの純粋に驚愕した顔が更に端くれだった心に追い討ちをかける。
『キアラ姉さんはいいですよね。授業は寝ながらでもついていけるし、訓練は必要ない。あんたなんなんだよっ!!』
『私は…。』
『キアラ言うな。ヘクティス私はお前の段階を終わらすのに5年かけた。お前は充分凄いんだ。』
ジュナイドの哀れみの顔とキアラの悲しそうな顔が見えて急激に頭が冷える。
『ご、ご馳走様でした。』
ご飯を一緒に食べるのも気不味くなり、急いで部屋に戻った。
部屋に戻ると落ち着いた。
前世みたいだ。自分だけの空間がある幸せ逃げ込める場所がある幸せ。
直ぐに明日、朝一番で謝ろうと心に決める絶対謝ろうと神に誓う。
何時迄も卑屈になっている訳にはいかない。そう思い直すと意識が落ちるまでずっと右手のボールに魔力を流し続けた。
朝。部屋から出る気になれなかった。どんな顔して挨拶すればいいのだろうか。キアラにあたってジュナイドに甘えて。謝っても俺のとった態度が消える訳ない。そんなつまらない葛藤をしていると扉をノックする音が聞こえる。
『ヘクティス。朝よっ、起きないと遅刻するわよ。』
『ああ、姉さん…今日は休むよ。体調悪いみたいだから。』
顔を合わせたくないと気持ちが勝り咄嗟に嘘がでる。
鍵をかけていた扉が蹴破られる。
『本当に気分悪そうね。まぁ、あんた頑張りすぎてたし、丁度いいかも。』
驚いた俺を置いて一人納得するとキアラは部屋を出て行く。
キアラの変わらぬ姿を見てしまったら、急にお腹が空いてくる。
扉の鍵は壊れているのだ。籠る必要もない。堂々と下に降りよう。
『お待ちしておりました。』
マリーナさんが出迎えてくれる。
『おはようございます。昨日は夕飯残してすみませんでした。』
キアラはとっくに養成所にむかったのだろう。此処には今俺とマリーナさんしか居なかった。
『大丈夫ですよ。ジュナイド様とキアラ様からヘクティス様のことを気にかけて欲しいとお願いされてしまいました。お二人ともヘクティス様の事がとても大切みたいですね。』
『何でそんなに優しいんだろ…。』
温かいスープを一口飲んだ。
『ジュナイド様とお会いした時、今程ではありませんが、既に古い傷跡だらけでした。そして、この屋敷と私を救ってくださいました。』
『昔からジュナイドは優しかったんですね。』
『…ジュナイド様は以前おっしゃられました。傷の数だけ誰かを助けられても、傷の数だけ弱く、脆くなっていくと。けれど貴方達を連れて来たあの方の眼差しは強く、出会った時の様に凛々しく美しい表情に戻っていました。ヘクティス様はジュナイド様が唯一弟子としたお方。自分を信じてあげてください。』
自分を信じる。心が弱くなった時にいつの間にか見えなくなる言葉だ。いつの間にか否定してまう言葉だ。
『マリーナさん俺。今からでも養成所行きます。ご馳走様でした』
温かいご飯でお腹を満たしたらとんでもない気力が湧いてきてしまう。手早く用意を済ませ制服を着る。
『行ってきます。』
『いってらっしゃいませ。』
日中の日向の中を駆け足で向かった。