修行成果
途中から教室に入るという最悪に近い辱めを受けいれて、俺は授業に復帰していた。
『姉さん昨日はごめんなさい。』
『馬鹿。別に謝らなくていいのに。』
『喧嘩でもしたんですか?』
『詮索してくんな。』
『す、すみません。気になってしまって。』
スオラが慌てて頭を下げる。
『俺が姉さんにあたってしまったから、それに対して謝っただけですよ。』
『最近ヘクティスさんが思い詰めていたのは知ってましたのに…悩みがおありなら、些細な事でもお話しくださいませ。』
『あ、ありがとうラティス。あれ、クレオは今日休みですか?』
力強く手を握ってくるラティスを振り解いて話題を変えるためにクレオを探す。
『キアラさんと話した後直ぐに家に帰ったよ。あの様子だと大分調子も悪そうだったからね。』
スオラの返答を最後にオーゲンが戻ってきて授業が始まった。
訓練中に相変わらずラティスにボコボコにされかけたが、気分は晴れやかなものだった。もしかしたら知らず知らず自惚れていたのかもしれない。本来はもっと時間をかけて習得していくものなのだ。俺は俺とジュナイドを信じて努力し続けるしかないのだから。
帰路に着くとキアラが珍しく先に帰ってほしいというので。一人きりだった。
マリーナさんにお礼言わないとなとか考えながら歩いていると声をかけられる。
『ヘクティス君。何で此処に…。』
そこに立っていたのはクレオ・シスだった。
『クレオじゃないですか。具合はもういいんですか?』
『僕の事なんて気にしなくていい。それよりも君は大丈夫なのか?屋敷はどうなってる?』
『?…調子が戻ったので、今迄、養成所の方で授業を受けてました。君とは入れ替わりで出席していたんです。』
『じ、じゃあキアラさんは?』
慌てた様に捲し立ててられる。
『用事があるとか言って別れましたが。』
『もう手遅れかもしれない。ジュナイド様にしか助けてもらえない…。』
『クレオどうしたんですか?そんなに青ざめて…。』
『僕のせいなんだ僕の…。』
『落ち着いてください!』
俺はようやく唯ならぬ気配を感じて崩れ落ちるクレオに駆け寄り宥める。
『キアラさんが危ない。僕はただ言われた通り手紙を渡しただけなんだ…。』
『と、取り敢えず屋敷に行きましょう。』
胸騒ぎと共にクレオの手を引いて屋敷へと急いで帰る。
屋敷に着くといつも以上に静けさに包まれている。
『マリーナさんだだいま。』
いつもならマリーナが出迎えてくれるのに
反応がない。
中に入ると、誰かが争った形式少しばかりの血の痕跡が残っている。
『クレオ。知っている事を話してください。』
『僕は、僕はただ…。』
『いいから喋れよ!!』
焦燥として強いるクレオに対して逆効果なのは百も承知で声を荒げるのを抑えられない。
今日の朝、元気付けて貰ったばかりだ。帰ったらお礼をいってキアラと仲直りした事も話そうと思ってた。
何か今までに感じ事のない不安が急激に頭を沸騰させる。けれど今にも泣きそうになりながら怯えるクレオの表情が目に入る。
状況が悪ければ悪いほど冷静にならなくてはいけない。そして俺は未熟者だ。未熟だからこそ獲得したスキルがある。
『感情排除起動。ごめんなさいクレオ。ゆっくりで良いから知ってる事を全部教えてくれませんか?俺は絶対に君を責めないと誓う。』
俺には精神操作のスキルがある。感情を消して、急激に冷えた頭は冷静に言葉を紡がせる。
自分の事まで客観的に見えるみたいだ。
頭の中で行動の優先順位が決まって行く。
『ひぐっ。ぼ、僕は真眼を進化させているんだ。だからキアラさんのギフトが隠されている事にすぐ気づいたんだ。僕の家は王国で負けた継承権第二の皇子の派閥騎士の家系で、この国にいる派閥の騎士に命令が下されたんだ。逃げこんだ王族の血を引く者を探せって。』
『それで、どうしてジュナイドしか助けられ無いんですか?』
『第二王子派閥は次の神輿を手に入れればまた動けるだけの戦力があるんだ。剣将クラスじゃなきゃ勝てるわけない。』
『クレオは此処に残ってジュナイドが帰ってきたら、状況を伝えて。俺は俺のできる事をやるよ。話してくれてありがとう。』
急いでキアラの部屋のあいつがよくつけてるゴムバンドと脱ぎ散らかされた寝巻きを手に取る。
『ど、何処行く気だよ!?』
『キアラの後を追います。』
クレオの事を見向きもせずに急いで屋敷を出て、旅を一緒にしたバウの小屋まで急いで向かう。
『バウ、キアラの後追えるか?』
キアラの臭いが染み付いているだろう衣類の匂いを嗅がせる。
直ぐにバウは臭いを嗅ぐのを辞めて顔を上げ、返事の様に一声あげた。
バウの背中に乗り声をかけた。
『頼む。』
バウは町の中を俺を乗せて駆け出すと養成所の前々できて、地面の匂いを嗅ぎ、東門へと走り出した。
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キアラは馬車の2台の中で揺られていた。
『マリーナに何かしたら、私はあんた達に絶対に協力しない。』
目隠しと猿轡をかまされ、背中に回した手に手錠を回されている。
『しませんよ。貴方の協力を得るためのただの保険ですから。』
糸目の男は赤い制服に身を包んで、剣武クラスの称号を保持していた。王国直属の騎士に違いなかった。
既に森の中の景色は見た事のない様相を呈していた。何分ぐらい揺られているのか大分深くまで来たことがわかる。
『剣王国に向かってるんじゃないの?』
『少しばかり遠回りしてるだけですよ。』
『ねぇ、私は剣を持つつもり無いんだけど、それでも連れてくの?』
『これ…何かわかりますか?王族の血のみに反応する剣ですよ。王族の血を絶やさないために備えてつけられた血族の証明書みたいなものです。これを握って魔力を通し証明してくれればいいんです。』
『私はもう死んでも剣を握りたくないの。』
『握らないのなら、このメイドを殺します。』
『だから、マリーナに何かしたら私はあらゆる方法であんた達に協力しないって言ってるじゃん。』
『ふむ、でしたら一度私の理性が離れた所で交渉するしかありませんか…馬車を止めてください。』
『なに?なんで止めたの?』
馬車が止まると男はマリーナを無理矢理引き摺って外に投げ出すと浅く斬りつける。
『おいっ!…。』
『ほら、どうぞ助けてあげてください。大切なメイドさんなんでしょう。貴方がこの剣を使いこなせれば簡単はずです。』
血の匂いに集まったのか魔物達が木の間から顔を覗かせる。剣を近くに投げ渡し、馬車遠くへと騎士は気配を消す。
『ふざけんなっ!!私は負けない!』
マリーナの猿轡と目隠しを外す。憔悴したマリーナの目はしっかりと強い意志を宿していた。
魔力を流動させた右手で手錠を繋ぐ鎖を壊す。
『キアラ様。お逃げください。餌役ぐらいにしかなりませんが、私が時間を稼ぎます。』
『出来るわけないでしょ!マリーナ剣は使える?』
『多少は。ですが無属性なので期待しないでください。』
『充分よ。後ろは任せる。』
『かしこまりました。』
流石マリーナだ。もう決意を決めたみたいだ。いざとなったら剣を握ればマリーナぐらいは助けられるだろう。
剣を握らないのは私の我儘だ。ジュナイドとの約束だ。破らないで死ぬほどの事じゃない。
頭ではわかってるのに、多分私はマリーナを見殺しにしても自分を見殺しにしても最後まで剣を握らないのだろうと感じていた。
『くるよ!』
『はい!』
魔物達との戦いが始まった。
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バウは何の躊躇もなく木々の間を風の様に駆けていく。俺は超流動の修行の副産物で生まれた魔力を切り離して置く技術で木々に印をつけていく。
バウが嗅覚に優れている事を知っていたが、荷物が俺だけだとこんなに速いとは思わなかった。これなら追いつけるその確信があった。
木に印をつけながらバウにしがみついてあると魔物の鳴き声が一際強くなる。
誰かが魔物と戦ってる。
『大丈夫ですか!!』
俺はバウから降りると血みどろのキアラとマリーナの前に立つ。バウもキアラを庇う様に威嚇する。
『大丈夫なわ、けないでしょ…来てくれたのは嬉しいけどね…。』
血みどろのなのに憎まれ口が叩ける状態な事に少し安心する。
マリーナさんは既に口を聞けないほど憔悴している。
『ハイポーションです。丁度二本あります。使ってください。』
『マリーナに使うけど、もう一本はあんたのためにとっておきなさいよ。』
『いいから使ってください。僕一人じゃ切り抜けられません。』
『わかったわよ。』
剣気を殺気とともに飛ばして魔物を牽制する間にキアラがマリーナにハイポーションを使う。
『ジュナイドはこれそうなの?』
『わかりません。一様来てもらえる可能性は残してきました。』
『そう。其れは希望持てそうね。』
この森の魔物程度なら、俺とキアラ、バウがいれば切り抜けられる。
森の静寂がじわじわとゆっくり身体を蝕んでくる。日が沈んだら終わりだ其れまでに森を抜けたい。
『何だ。ジュナイドが連れていった無能がどうして此処に?』
気配なくモンスターの群れに混ざる様にして突然出て来た糸目の男は喋り始める。
『裏切り者でもでましたかね…まぁ、ジュナイドの気配もない。私的に好都合か。』
『キアラ、あいつは?』
マリーナをバウに乗せて括り付けたキアラはハイポーションを飲むと拳を構える。
キアラの足元には見慣れない剣が打ち捨ててある。
『首謀者って所。戦力はあいつだけ。だけど恐らく…。』
苦虫を噛み締めた様な顔で何かを言いかけるキアラを遮って糸目の男の殺気が増す。
『ほら魔物ども、私に殺されたくなかったら、さっさと襲え!!!』
糸目の男の殺気によって魔物達が一斉に飛びかかってくる。
『バウいけ!!!』
キアラがバウの尻を叩くとバウは都市に向かって走り出す。
何体かの魔物が括り付けたマリーナに反応してるのかバウを追いかけていく。
襲いかかってくる魔物を切り伏せる。
ジュナイドから貰った剣は今や手足の様に動かせる。
二体目の魔物の腕を切り落とす瞬間に、魔物の間をすり抜ける様に剣撃が飛んでくる。
頬の薄皮一枚ぎりぎり避けられる。
『思ってたより随分と動けるみたいですね。』
言葉と共に一瞬で魔物の群れの中に溶け込む様に消えてしまう。
何処からくるかわからない刃に魔物以上に精神を擦り減らされながら、じりじり後ろに下がらされ、キアラと背中合わせに息を整える。
『くっ、ヘクティス。あんた走れる?』
『逃げるつもりはありませんよ…。』
『じゃあ、ジュナイドが来てくれるまで死んでも死なないで!』
『感情排除起動。』
追い詰められている時程冷静さが必要だ。狭くなった視界が嘘の様に広がる。恐怖が消えるのを感じる。精神の疲れが嘘の様に麻痺する。
時間を稼ごう。それだけで充分正気がある。
『キアラ姉さん。絶対生きて帰りましょう。』
二人同時に気合を込めて魔物を切り伏せる。
油断は無かった。寧ろ、覚悟から何から全ての準備が整った瞬間の一撃だった。
その悪意の塊の様な刃は魔物の体ごと俺の腹を貫いていた。
胴体を真っ二つにした魔物影から糸目の男の醜悪な笑みが覗いた。
『ごはっ…。』
内臓を痛めてしまったのか口から血が噴き出る。
『ヘクティスっ!!!』
キアラが俺に気を取られた瞬間魔物に噛みつかれてしまう。けれど、俺の腹と魔物から引き抜かれた剣がキアラを食い殺そうとした魔物を微塵切りにする。
『はぁ、細かい命令が取れないのがこの戦法の弱点ですね。ほらもう用済みです。消えろ。』
殺気を飛ばされた魔物達が一斉に木々の間に消えていく。
『時間も大分かかってしまいました。キアラさんその剣で王位を証明してください。そうすれば、これは助けてあげますよ。』
魔物に噛みつかれた肩を庇うキアラの前に地面に落ちていた特徴的な剣が蹴り渡される。
『わ、私は…。』
『握らなくて…いいですよ。俺は痛みだけには自信があるんです…。』
キアラが泣いてる。あの傲岸不遜で、面倒くさがりで、自分勝手で、手が速くて、強くて、優しくて、決してブレない芯のもった自慢の姉が泣いている。
『じゃぁ、殺すか。影起動。』
恐ろしい程の魔力の密集が行われていく。
闇の力だ。魔力が闇にエネルギー変換され糸目の身体の周りを覆い尽くしそのエネルギーが剣に圧縮される様に収まっていく。
『い、いやっ。やだやだ…握るから私がっ、いうごどぎぐがら…。』
『嗚呼もっと、早く聞きたかったなぁ。ねぇ、こいつ殺した後言うこと聞かなかったら、次はメイド、次はジュナイドだ。本隊と合流したら全部奪うぞっ!!あははっっっ!』
『大丈夫ですよ。姉さん。』
涙に濡れた姉の目と合う。少しきょとんとキアラがあっけに取られた様な表情になるので可笑しくて笑いそうになる。
糸目の魔力は絶望を与えるには充分すぎる力だ。
けれど何故だろう。負ける気がしない。身体はぼろぼろ、相手は格上。この状況を喜んでいる。俺はこの死地をしってる。そして、守りたいと思えるものがこんなに近くにある。
確信する。この生死の境こそ、俺の価値を証明する場所だと!!
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腹から流れる血を抑えながら剣を構える弟分の目を見ながら、私は思い出していた。
2度と剣を握らないという誓い。
私は踊り子の母と剣王国父との間に出来た子だった。
母は弟が死産してから急に体調が悪くなっていった。
城下の民家に母と二人で生きていた。お金は知らない間に必要な分だけ届けてくれる人がいた。
母はお金を受け取る時に心苦しそうだった。
母は私が王族の血を引いてる事を教えてくれた。
弱っていく母はだだ、もう一度私と父と3人で会えることを願った。
手紙を渡しても、返ってくることはない日々が続き、遂に母が布団から起き上がれ無くなった日に母は私を呼んだ。
嬉しくて寄り添う私に母は言った。
『ごめんね…。』
それだけ言って事きれる母に私は何も感じなかった。
父親の顔は見たことも無い。けれど母はいつも父の話しをしていたし、私はギフトを隠して生きていなければならなかった。
そして、ジュナイドが来た。ジュナイドは言った。
『すまない。こちらの事情により君のギフトを封印しないといけないんだ。』
ジュナイドは多分、私の才能が隠れてしまう事を純粋に悲しんでくれたのだと思うが私は嬉しかった。
『私は唯のキアラになれるの?』
『唯のキアラ…?』
『王様の子じゃなくて、お母さんの大好きな唯のキアラになれる?』
私は嘘偽りなく嬉しかった。多分この時、母を失って直ぐにも関わらず心からの笑顔を浮かべたと思う。
『嗚呼。そうだな。唯のキアラだ。才能封印起動。』
ジュナイドの人差し指が胸に置かれると、身体が何だか重くなった。
『剣を握らなければ解けない様に封印した。これでキアラはキアラだ。』
私は安心してジュナイドの手を握った。
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『消し飛べ。』
糸目が高速の踏み込みと共に振り下ろしてくる。
俺は確かにその剣の軌跡を追っていた。勝ちを確信した人間の真正面の一太刀に賭けていたのだ。
剣はすでにこの導線状においてある。
魔力と魔力がぶつかり合う時。思い出していた。
超流動とは限り無く静止した魔力操作を覚えるための通過点でもあるが其れ単体でも魔力操作の奥義の様なものだ。
自分が生み出した魔力とは関係のないエネルギーの方向性も、性質も違う力を押し出す技術。
点と点が繋がるように。置かれた剣に流動させた魔力は相手の魔力にかき消されるのではなく混ざるように飲み込まれる。
その一瞬一瞬の魔力の感覚を何故か感じていた。
混ざりあった俺の魔力は糸目の圧縮した魔力の必要な魔力を内部から相反し弾き出す。
俺の剣が粉々になる瞬間。糸目の顔が歪む。俺にぶつけるはずの魔力が俺の小さな魔力に押し出され糸目の腹にぶちかまされる。
自身の最大威力の魔力に吹き飛ばされ太い木の幹に叩きつけられるのを見ていた。
『ご、ごんば事があっ、あっでだまるかぁ…お、おばえは、おばえはごろず…。』
受けるための魔力を残しておかなかったのか、埒外の俺のカウンターによって腹が血塗れになった糸目は、ゾンビの様に起き上がりその糸目を細く開けて睨んでくる。
俺はキアラの前にある剣を拾い上げる。
『キアラ姉さん、今の2対1なら…あいつに勝てるかな…。』
集中切れ、血液切れ、魔力切れの中ただアドレナリンのみによって俺キアラの前に庇う様に立ち塞ぐ。
『ヘクティス。勝とう。』
涙を拭いたキアラが呼応して立ち上がる。何故かキアラが立ち上がるとそれだけで勇気が出る。姉というのは偉大だ。
『もう一回今のできる?』
『多分…無理です。』
『使えないわね。まぁ、あんたらしいけど。』
俺とキアラは既に慢心相違だ。それでも、最初の状態よりは随分ましだ。
『わだじがおばえらなんがに…。』
ゾンビの様に歩いてこようとする開眼した糸目は驚愕した様に目を見開く。
『間に合ったか。よくやったヘクティス。』
フードを外し、怒りを滲ませた汗だくのジュナイドが立っていた。
俺はそれを見ると安心して意識が遠くなっていくのを我慢できなかった。
キアラが最後、抱く様に抱えてくれたのを見ながら目を閉じた。




