金髪の同居人
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その日もラインツは、毎朝の日課である山登りを終えて、家に帰ったときだった。
玄関を開けて台所へ向かうと、食卓に見知らぬ女性が椅子にかけていた。村では一度も見たことのない、変わった格好をしている。ラインツが、腰の剣に気付くのとほぼ同時にその女性はこちらに気付いて立ち上がった。
「初めまして、私はヴェスティア帝国シュリーツベルク軍所属、特殊調査部隊隊長のエルナ・ハッセルブラッドだ。任務中に野営の道具を失くしてしまい、しばらくの間この村に滞在させてもらう。住民の不便を掛けぬよう配慮するゆえ、よろしく頼む」
敬礼の形をとって、彼女はよく通る凛とした声で名乗った。
短く切り揃えた金髪に意志の強い眉と目。彼女の鋭い眼差しが、黒い軍服によく合っていた。
「初めまして。ラインツェールトです」
緊張した声で応えた。
「君があの……、いや失礼。ラインツェールトか、いい名だな」
「ありがとうございます。グレタが付けてくれたんです」
「ラインツっそれは」
グレタが慌てて止めようとする。
なにか知られたくないのだろうか、と聞く前に、
「なるほどグレーテル殿が……。では私も君のことをラインツと呼ぼう」
彼女は納得したような顔をして言った。
そのままの流れでグレタが朝ご飯を作り終えたため、三人で朝食をとりながら、会話を続けることとなった。
「それで、隊長さんはなぜうちにいらっしゃるんですか?」
ラインツは、フォグをちぎってスープにひたしながら聞いた。エルナはそのままかじっている。
彼女は二、三回咀嚼し飲み込んでから、さも当然かのように応えた。
「それは無論、グレーテル殿とは旧知の仲だからな。しばらくこの家の世話になるぞ」
「えっ、じゃあ……しばらくうちで過ごすってことですか?」
「さっきから言っているだろう、よろしく頼むと」
それと、と付け足す。
「私も君のこと、ラインツと呼ぶから君も私のことは名前で読んでくれ。仲良くしようじゃないか」
グレタのほうを見ても、どうしたの?と首をかしげるだけで、助けてはくれなかった。
彼女の好奇心に当てられたラインツは、ただただ混乱するばかり。三人での生活が、どうなるのか想像もつかなかった。
◇
ラインツの心配は杞憂に終わった。
あれから一週間経つが、いつもの生活にエルナが入るだけで、これといって変わるものはなかった。しかし、ひとつだけショックを受けたのは、夕飯のときだった。
その晩はラインツの当番だった。朝食よりも具材の多いスープを食卓に並べていると、エルナが帰ってきた。
彼女はエプロン姿の彼を見ると、
「君が調理したのか?」
と、物珍しそうにスープと交互に目を向けて聞いた。
「そうですけど、何か食べられない野菜とか入ってましたか?」
「いや、そうではないが。……すまない、今夜は用事ができたから私のぶんはいい。朝には戻る」
玄関の扉を閉めると同時に言い切り、それ以来ラインツの作る料理を彼女が口にすることはなかった。
それ以外はむしろ、彼に興味があるようで、顔を合わせる度に言葉を交わした。というより、ラインツが質問攻めにあっているだけではあるが。
ある日ラインツが家畜小屋でフゥの産卵を見守っていると、
「へえ、フゥはそうやって卵を産むのか、一度にひとつしか産まないんだな」
またある日は勝手に覗いていたり、
「キャビッツって、本当に大きいのだな」
珍しそうに感想を述べたりする。
「こどもの頃は小さいですよ、今はもう成熟してるから大きいだけで……」
「私は本でしか見たことがないんだ。家畜が生きている姿を見るのは滅多にないからこの光景は色々と珍しい」
いったいどこのお貴族様だよ。その悪口を飲み込んで話題を変えることにした。
「ところで、この前は任務の途中って言ってたけど、仕事しなくていいんですか? ずっと家にいるじゃないですか」
「そうか? まあ、庶民の生活を知るのも国に仕える者としての義務であると私は自負している」
「そうですか、……で、本当に付いてくるんですね、シルタッハまで」
隣村へ行く荷物の整理も終わり、先程からずっと側で見ていた私服姿のエルナに目を向ける。
「ああ、君達がいつも行っているという村を一度見てみたくってね。 足手まといにはならないさ。」
「……ウインク、あんまり上手じゃないですね」
ラインツは半ば諦めたようにため息をついた。
第三者の介入・・・