悪夢の正体
エルナの私服はスカート
二人で山を越え、川を渡り道を進んでいく。エルナはラインツの後ろを黙って付いてきていた。
隣村へ着くと、早速クララが出迎えて来た。
家事の途中だったのだろう。空の桶を抱えながらこちらに手を振ってくる。
「ラインツさん、お久しぶりです!」
「久しぶり、クララ」
相変わらずな元気な姿にほっとする。
しかし、ラインツの息が吐ききらぬ間にクララは後ろの人物に気が付いてしまった。
「あれ? 賢女様じゃない女の人……?」
二人はクララの家の玄関前で一息つくことにした。
さて、ラインツがどう説明しようか考えあぐねていると、エルナが先に口を開いた。
「私はシュリーツベルク軍所属特殊調査部隊隊長の、エルナ・ハッセルブラッドという者だ。しばらく彼の家で世話になっている。よろしく頼む」
「よ、よろしくお願いします。…………って、ええ…!? 一緒に住んでるんですか!?」
「そうだ」
クララは口元に手を当てて、あわあわと動揺した。桶を地面に下ろすと、慌ててラインツに駆け寄ると耳打ちしようと彼の耳に手を伸ばす。
「ちょ、ちょっとラインツさん、まさかの掛け持ちですか!?」
彼女は興奮した顔をして、小声で精一杯叫ぶように問い掛けた。
「そんなわけないだろう。彼女がいきなりうちに来たんだ。それに、俺が好きなのはグレタだけだ」
「きゃーー! それ賢女様に伝えたんですか?」
「いや、まだ……」
「ちゃんと言わないと、いつまで経っても伝わらないままですよっ、こういうのは男から言うものです!」
なぜクララに説教されなければならないのだろう、しかもグレタが好きなことがナチュラルに受け入れられてる!!
クララの乙女心に燃える目線に当てられ、ラインツは自分の顔が熱くなるのを感じた。
恋をするという感情が自分にもあるのがどうしようも恥ずかしい。そしてそれを見抜かれているようで、二重に羞恥心に襲われた。
と、そこに意外な助け船。
「ふむ、クララ殿にもお相手がいるのだな」
「…………へ? え、ええっと、彼とはまだ、そんなっ……」
今度はクララが顔を赤くしたり、表情をころころ変えて、忙しそうである。
「エルナさん、クララをあまりからかわないでください。俺は村長の家へ挨拶にいきますけど、あなたはどうします?」
「私用で来たのだし、ここで待ってる」
「そうですか、では」
ラインツがその場を去った後も、二人はしばらく会話をしているようだった。
「クララに彼氏がいるなんて知らなかったなあ」
村長への挨拶ついでに外で薪を縄で縛る手伝いをしていると、クララの楽しげな声が聞こえてきた。
「まだしゃべってたのか。よく続くなあ」
シルタッハのような山奥の田舎に村人以外が来るなどめったにない。そのため久しぶりの客人にとても感動し、興奮しているのだ。
ラインツも初めは珍しがられたものである。
最も、目以外の怪我が治った彼がグレタに連れて来られた当初は言葉だけでなく両目を包帯で覆っていたため話し掛ける者はほとんどおらず、借りてきた猫のようになっていた。
縛り終えた薪を積んでいると、今日はもういいからと帰宅を施された。
「でもまだ少し残っています」
「いや、いい。君が家に帰るころには暗くなってしまう。いつもやってもらっているからもう十分だよ」
隣村の初老の男性に言われ、そのまま帰るのもなんとなく気分が乗らず、ラインツは足元にいる男性の孫たちのほうを向いた。先程からそばをうろついていたのだ。
「ラインツ! 鳥さんごっこしようっ!」
「鳥さん! 鳥さん! ねえラインツにいちゃん!」
自分たちがラインツを独占できるとわかった瞬間、わあっと跳び跳ねてラインツをひっぱりあう。
鳥さんごっことは、子どもの脇の下を掴んで両手で持ち上げてバンザイさせる、いわゆる高い高いである。村の中でも背の高いラインツはこの遊びの格好の的なのだ。
「うわあ! たっかーい! 父ちゃんより遠くが見える!」
身をよじってあちこち向こうとして激しく動く子どもを支えるのは容易ではない。しかし今この場では子どもの命を預かっている身であり子どももまたラインツを信頼している。決して落とさぬよう神経を集中させた。
「こらっあんまり動くと危ないよ。ほら、交代だ」
「つぎわたしわたし! おにいまだあ?」
子どもの相手をしているときの彼は、ラインツとしての喜びを感じていた。元の世界ではきっと一生出来なかったであろう、日常的な幸せ。
恭兵は自分の手に余る幼い子どもが嫌いで、近所の子どもも辛気くさい顔をした恭兵を道すがら陰口を叩き馬鹿にしていた。
恭兵はもういない。ここにいるのはラインツェールトという名の男だ。
「いつか、俺も子どもが欲しいなあ」
家に帰っていく子ども達の小さな背中を見守りながら、ぽつりと呟いた。
「ラインツ、そろそろ帰らねばグレタ殿が心配してしまうぞ」
「ああ、待たせしまってすみません。少し急いで帰ります」
いつからか、すぐ近くにいたエルナと共に山を越え、ちょうど日が沈みきるころようやくラインツ達も帰宅した。
案の定拗ねた顔をしたグレタに出迎えられて。
夕食中はやや静かであったがラインツが自室に戻る頃、グレタとエルナは食卓に残って会話をしていた。暖かいハーブティーの香りとは裏腹に、二人して神妙な面で向かい合う。
二人に何の話をしているのか聞いてみたが、詳しく教えてもらえないため、ラインツはあえて気にしないことにした。
「最近グレタとあんまり話せてないなあ、なんか忙しいみたいだし……」
ベットで横になっているうちに疲れからか眠くなり、今夜も悪夢の繰り返しが始まる。
お守りの眼帯を大事に握って。
「ラインツはもう寝たみたい。夢にうなされている間は大丈夫よ」
「悪夢、か。研究所でのことか」
グレタは手元のカップに入ったハーブティーをじっと見つめながら首をゆっくり振った。
「いいえ、彼は何も覚えていない。だからあなたのこともわからなかった」
「では一体何に怯えているのだ?」
恐怖や緊張とは無縁の彼女にとって、他人の恐怖は一生知り得ないもの。だからこそ知りたい。その正体を。
「目を怪我したときの記憶がトラウマになっている。わたしがもう少し早く気付いていれば…………」
なんだ、とつまらなさそうに呟くと残りのハーブティーをすべて飲み干した。
「盗賊なぞ皆あんなものだ」
「けれど……」
自責の念を抱いているのか? まさか、この女に限って…………
「まあいい、本題に入ろう。決行は二ヶ月後だ」
空になった二つのティーカップは既に冷たくなっていた。
念のため・・・クララの彼氏はラインツではないです。




