受け入れた現実
誰かの助けなしには私は立ちあがれない。
立ちあがったところで何かを返せるような器だってない。
嫌なことがあればすぐ「どうせ自分なんて」と自分を蔑みすぐに諦める。
体も心も脆くて、すぐ折れていっぱいいっぱいになってしまう。
ただただ手が差し伸べられるのを待つだけの、ヒナ鳥のような私。
少しでも成長したいと思う。
何かを返せないのなら、せめて笑顔でいられるよう。
少しでも、手を差し伸べて良かったと思ってくれるよう。
それすら出来ないならば、最低限でも感謝の気持ちだけは忘れずにいようと思った。
感謝を伝えるのが口癖になるほど頼りきりな私は確かに情けなくて駄目人間だけれど、伝える努力だけは怠らないように。何回、何万回になったって、受けた好意に対しては漏らさず感謝したい。
だって、たったそれだけで喜んでくれる人がいる。
それしかない私を必要にしてくれる人がいる。
普通とは確かに違うかもしれない。
けれど、それが私なりに一生懸命考えて導き出した答え。
「ああ?別に良いじゃねえか、歩けなくなっても」
「いや、リハビリ手伝ってくれてたのマサ兄だよ?せめて歩けるようにならなきゃダメだよ、やっぱり」
「うっせ、過去は過去だボケ。移動したきゃ俺が運ぶ、それで解決」
「だ、駄目だって。ロイにも迷惑かけちゃうし」
「…あ?なんでこんなとこであの男の名前が出てくんだよ、ふざけんな」
「だって、ロイ正式に皇帝さんの右腕になること決まったしこれから忙しいよ。その上私の世話まで…んっ。んんっ」
「……お前の世話は俺が全部やるから良いっつってんだろが。少し黙れ」
「ず、ずるい…っ」
時間というのは不思議だ。
いらないと思う時ほど止まった様に感じるのに、必要だと思った瞬間にあっという間に流れる。
マサ兄とロイの想いを知った日からもう1カ月も経ったなんて、自分でも信じられない。
たかが1カ月、されど1カ月。
私の精神面での回復はあれから驚くほど進み、今では召喚前と同じくらい滑らかに話ができるようになった。つっかえることも、ゆっくりになってしまうことももうない。
起きている時間も増えてきて、2時間くらいは連続して起きていられるようになった。
体の方までもそうはいかなかったけれど。
立つまでは何とかできるようになった体。
でも、足を動かそうとすると中々言うことを聞いてくれない。
1カ月前とほとんど進歩のないままだ。
そしてついにはマサ兄がリハビリ中止宣言をしてしまったものだから、こうして何度も話合いと称した喧嘩をしている。
マサ兄は、あれからずいぶん新しい顔を見せてくるようになった。
ロイがマサ兄のことを依存と言っていた意味も少しずつ分かるようになっている。
マサ兄自身も吹っ切れたらしくそんな自分を隠さないようになった。
ロイの屋敷の中の私の部屋に今ではほとんど住みついているようなものだ。
私が他の人…主にロイだけれど、とにかくマサ兄以外に頼ろうとすると、すごく不機嫌になる。
いや、ロイの場合は名前を言うだけで怖い顔になるから、依存とは関係なく私がロイに関わるのが面白くないだけだろう。
思った以上に子供っぽいところのあるマサ兄。
独占欲が強くて、見栄っ張りで、逆駄々っ子。
何でも良いからとにかく頼ってくれと強請る顔に未だ動揺してしまう私。
毎日のようにボロボロと見つかるマサ兄の欠点。
見つけるたびに、どれだけ自分が今まで盲信的で他を見れていなかったのかと実感する。
けれど、そんなマサ兄も含めてとても愛しいと、そう思った。
「あー…ちょっと、君達。俺を痴話喧嘩のネタにするの止めてくれないかな?」
「ロイ!おかえりなさい」
「うん、ただいまアヤ。ってそうじゃなくてね」
「…一生帰ってこなくて良かったのに」
「聞こえてるよ、マサヒロ。はは、君は本当に今日もハエのようにアヤに付きまとって御苦労さまだね。本当邪魔くさい」
「ハエを見たこともないくせに何言ってんだろうな。邪魔なのはてめえだろうが、さっさと失せろや」
「失せるのは君の方だけどね。ここが誰の屋敷なのか分かってないのかな。馬鹿じゃないの」
「……彩美、どうにかしてよこの空気。胃が痛いんだけど」
「お姉ちゃん、こんにちは。その、どうしようもないというか…」
ロイもまた、私に隠しごとをあまりしなくなった。
思った以上にロイが毒舌家だったと知った時は驚いたものだけれど、意外とすんなり受け入れている自分が不思議だ。
きっとロイが私を助け出し世話をしてくれたという事実が大きいんだろう。
どんなロイでもロイはロイだという思いは今も変わっていない。
本当は、ロイとの関係も壊れてしまうのではないかと怯えたものだ。
マサ兄は本気で壊れてしまえと思ってるらしいけれど、私はそれは嫌だった。
ロイの想いと同じものを返せない私がそんなことを言うのは卑怯だと分かっているから、何も言えないまま悶々と悩んだりもした。
けれど、ロイは変わらない。
「言ったはずだよ、俺はずるいって。どう転んでも自分が美味しい位置に収まるよう動くだけ。アヤは気にしなくて良いんだよ」なんてカラカラと笑って言ってのけた。
未だにロイが私に依存していたなんて言葉を正直に言えば信じられない。
ただ、今はこうして絆が切れず繋がっているということに感謝したい。
「そう言えば、お姉ちゃんは皇帝さんとどうなの?」
「え、な、なに急に。別に何も」
「うん、後宮とか皇妃様とかの生活って実際どんな感じなのかすごく気になって」
「…彩美、あんたは気が早い上にちょっとズレてると思うわ。けど、なんだったら遊びに来る?久しぶりに私の部屋でお泊りしない?」
「「却下」」
「あれ、喧嘩終わったの?」
「…なんでこんな時ばかり息ぴったりなのよ、あんた達」
日本で出会い生まれた絆。
この世界で一度切れた絆。
そこから生まれた絆。
再び集まった糸達。
それらを抱きしめてみると、すごく重くて幸せだと思った。
ヒロインになれない私。
歪んでいて、ひねくれていて、脆い私。
それでもそれを受け入れて、掴んだ日常を生きていこうと思った。
最後までお読みいただきありがとうございました。