第9話 監禁(2)
クレモリーに監禁されてから、どれくらいの時間が経っただろう。
食事もお風呂も着替えも、すべて彼女が世話をしてくれる。部屋は毎日掃除され、食事も僕の好みに合わせて用意される。身体の調子が悪くなれば、すぐに気づいて治療してくれる。
不自由ではあるけれど、生活そのものに不満はなかった。問題は、僕の足につながれた鎖が外れないことだ。
「主様、お水を飲みますか?」
「ありがとう」
クレモリーが水を飲ませてくれる。彼女は僕の世話をするたびに嬉しそうに笑っていた。
この生活にすっかり慣れてしまったらしい。僕は何とかして鎖を外してもらおうと考えていたけれど、彼女はまったく聞き入れてくれない。話し合おうとしても、最後には必ず「主様は私のものですから」という結論に戻ってしまう。
どうしたものか。そんなことを考えていたときだった。家の外から魔力の反応が伝わってきた。
聞き覚えのある声が響いた。
「アルセリオは!」
ヴァネッサだ。
「落ち着いてください。彼はどこにいるんですか?」
ファティマの声も聞こえる。
「結界。こんなものを張れるなんて、なかなかの強敵。気を付けて」
最後はモルガーナ。
どうして三人がここに?
「お客様のようですね」
「クレモリー。手荒い真似は……」
「大丈夫ですよ、主様。私が対応しますから」
「俺の知り合いなんだ!」
クレモリーは笑顔で部屋を出ていった。
しばらくして部屋の扉が開いた。
「アルセリオ!」
ヴァネッサが駆け込んできた。続いてファティマとモルガーナも入ってくる。
「ヴァネッサ! ファティマ! モルガーナ!」
「よかった……! 本当に、生きてたんだね!」
ファティマが涙を浮かべて僕の顔を覗き込む。ヴァネッサも安心したように息を吐き、モルガーナは僕の身体をじっと観察していた。
「アルセリオ、怪我は?」
「大丈夫だよ。クレモリーが世話をしてくれているから」
「そう……」
ヴァネッサは僕の身体を見て、それから鎖へ視線を移した。
「……これは何?」
「えっと」
「どうして鎖でつながれているの?」
「それは……」
「主様は私のものですから!」
クレモリーが嬉しそうに答えた。いや、そこは説明しなくていい。
「クレモリー。これはどういうこと?」
ヴァネッサの声が低くなる。
「主様が夜中に勝手に外へ出てしまったので、鎖をつけました。もういなくならないように、家の周りにも結界を張ったんです」
ヴァネッサは僕を見た。
「アルセリオ。本当にこれでいいの?」
「よくはないけど、クレモリーにも事情があって……」
「事情?」
「主様は私のそばにいてくださるんです」
クレモリーが僕の言葉を遮った。
「私だけの主様です。私は主様のものですし、主様も私のものです。だから、ずっと一緒にいるんです」
ヴァネッサは黙っていた。ファティマはクレモリーと僕を交互に見つめている。モルガーナは顎に指を当て、何かを考えているようだった。
「……そう」
ヴァネッサが小さく呟いた。
「私も、もうアルセリオを一人にしたくない」
「ヴァネッサ?」
「ダンジョンで、私は何もできなかった。アルセリオが一人で戦っているのに、私は動けなかった。今度こそ守りたい。もう二度と、あんな思いはしたくない」
彼女の目には強い決意があった。
「だから、私もそばにいる」
「え?」
「ヴァネッサも、私と同じですね!」
クレモリーが嬉しそうに声を上げた。
「主様を守るために、そばにいるんですよね!」
「そうよ」
「ふふっ。仲良くできそうです!」
何だろう。嫌な予感がする。
「私も……」
今度はファティマが口を開いた。
「私も、アルセリオと離れたくありません」
「ファティマ?」
「あなたがいなくなってから、ずっと苦しかったんです。もう会えないかもしれないと思うたびに、胸が痛くて……。あなたと過ごした時間が、私にとっての楽園だったんです」
ファティマは僕の顔を見つめた。
「だから、もう離れたくありません。今度こそ、ずっと一緒にいたいです」
「ファティマ?」
ファティマは穏やかに微笑んだ。
「なるほどね」
モルガーナが僕の身体と鎖を交互に眺めた。
「つまり、あなたはここで保護されているわけね」
「保護というか……」
「怪我をしているアルセリオを一人で外に出すのは危険だし、再びあのような戦闘に巻き込まれる可能性もある。クレモリーが監禁という手段を選んだ理由も理解できるわ」
「いや、モルガーナ。そこは理解しないでほしい」
「それに、あなたの魔法についてもまだ調べたいことが山ほどあるの。あなたがいなくなってしまったら、研究を続けられないでしょう?」
モルガーナは真剣な顔で言った。
どうしてこうなった。
三人が顔を見合わせた。
「私たちも一緒にいるってことで、いいんじゃない?」
ヴァネッサがクレモリーに提案した。
「一緒に?」
「そう。クレモリーだけで世話をするのは大変でしょう? 私たちも手伝うわ」
クレモリーは嬉しそうに両手を合わせる。
「わあ! 主様のお友達が一緒にいてくださるんですね!」
何やら、話がまとまってしまった。僕だけが置いていかれている気がする。
「待って。みんな、少し落ち着いて話をしよう」
僕が言うと、ヴァネッサが僕の顔を覗き込む。
「私たちはあなたのことを大切に思っているの」
ファティマが微笑む。
「私たちが毎日お世話をします。食事も、着替えも、お風呂も。寂しくないように、ずっとお話ししますね」
「私も研究を進めながら、あなたの体調を管理するわ。必要なものは何でも用意するから安心して」
モルガーナまで話に加わった。
「鎖は外してくれるんでしょ?」
僕がクレモリーに尋ねる。
「外す必要はないんじゃない?」
なぜかヴァネッサが答えた。
「そうですね。アルセリオが勝手に外へ出てしまうと危険ですから」
ファティマも頷いた。
「拘束具の魔法構造は興味深いわね。もっと安全で確実なものに改良できるかもしれない」
モルガーナは鎖を見ながら、研究者の顔で呟いた。
やめてほしい。本当にやめてほしい。
「では、これからは四人で主様をお世話しましょう!」
「賛成!」
「私も賛成です」
「合理的な判断ね」
四人はすっかり意気投合していた。
僕は原作ゲームのことを考えた。『Rotten Eden(腐った楽園)』にも『共依存関係』にも、こんなルートはなかった。原作ゲームには存在しなかった新しいルートに入ってしまったのかもしれない。魔王化ルートで世界が滅びないだけマシなのだろうか。
「主様、これからはみんな一緒ですよ!」
クレモリーが嬉しそうに笑う。
「私たちがずっとそばにいるからね」
ヴァネッサが微笑む。
「もう寂しい思いはさせません」
ファティマも優しく頷く。
「あなたの魔法についても、これからじっくり調べさせてもらうわ」
モルガーナは楽しそうに笑った。
四人の視線が僕に集まる。誰も悪意を持っていない。誰も僕を傷つけようとしていない。全員が本気で、僕のことを大切に思ってくれている。
だからこそ、逃げ道がない。こうして僕は、クレモリーだけでなく、三人の仲間たちにも監禁されることになった。
彼女たちは幸せそうに笑っている。僕は鎖につながれた状態で思った。
……一応、ハッピーエンドってこと?




