第三話 「謎」
「……冗談だよ、冗談」
凍りつくような沈黙のあと、エマはふっと肩の力を抜いて、からからと笑った。
だが、その笑い声に温度は一切ない。
「そんなに怯えなくても、すぐにどうこうしたりはしないさ。せっかく拾った『仮様』だもんね。もう少しだけ、その……使い道を考えてあげる」
「は、はは……ありがとう」
引きつった笑みを返すのが精一杯だった。生贄という単語がこれほどリアルに響く世界があるか。
「で、だ」
エマは話を切り替えるように、腕を組んで周囲を見回した。
「水がないなら、自分たちで何とかするしかない。アーリノ村の住人たちを総動員して、南の方に井戸を掘りに行かないと。君も手伝ってもらうからね。神様、じゃなくて『仮様』?」
「……喜んで」
こうして、異世界生活二日目は、過酷な肉体労働とともに幕を開けたのだった。
井戸を掘るのを手伝いに盆地の低地へ移動したのだが、
やはりと言うべきか、何と言うべきか、村人の俺に対する態度は最悪だ。
結論から言おう。
信用のしの字もない状態だ。
「おはようございます。あの、まずどこから手伝えば……」
「ん、あぁ。仮様はそこで座ってて」
「また壊されたらたまったもんじゃない」
「ちょ。あんまそういうこと言わないの。何されるかわかんないよ?」
何もしねぇよ?強いて言えば魔法陣を壊したくらいだが……
「あの、エマ?」
「ん?どうしたの?」
「俺、嫌われすぎじゃね?」
「いや妥当だと思うけど……」
「確かに魔法陣壊しちゃったけど昨日ちゃんと雨も降らせたし、ここまで嫌われるもの?そんなにヤバいの?」
エマは少し眉をひそめてうつむきながら
「いやまぁ、生活基盤だったしね。あの魔法陣。飲料水とかくらいならさっきみたいに魔法でなんとかなるけど、生活用水となるとね……」
「そんなに……」
「うん」
俺が雨を降らせないから……
そんな適当な嘘で丸めてポイッで済ませるほど、この人たちの命は軽いのか?
俺は絶対に死にたくない。
でも、そのせいでほかの人間が死ぬのは……
(いやだ)
またウソを重ねるのか?今度はもう取り返しがつかないかも。でも俺は
──彼らの神であり続けなければ
「聞け!皆の衆!」
「?なんだよ、仮様。余計なことはすんなって」
「いきなり言葉遣い変わってキモいし」
「まさか昨日みたいに雨を降らせてくれたり?」
「すまない。昨日のように雨を降らすことは叶わぬのだ」
「え……」
「じゃあもう……」
「井戸だって全く当たらないってのに」
「昨日のようには無理だ。」
「やっぱりそうなのか……」
俺は今一度腹に力を入れて
「だが!」
「だが?」
「……水脈なら探せるかもしれぬ」
「?!」
「それは本当なのか?!」
「あぁ」
──ザワザワ
「でもこれで今日中に掘れなかったら今度こそおしまいだぞ!それなのにあんなヤツを信じるってのか?」
「確かに……」
「でも、もう信じるしか」
「……そうだな」
エマは大声で
「では、投票を取る!仮様にかけるやつは手を挙げろ!」
一瞬の沈黙。
そして──
ざっと見ただけで8割以上は手を挙げていただろう。
俺が村の、この人たちの命運を……
──ドックン ドックン
「……てことだ。これが私たちの総意。頼んだよ、仮様」
俺は今一度、決意を胸にはっきりと言った
「──あぁ、任せろ」
俺たちは再び、始まりの場所へ戻ってきた。
「え?ここって」
「あぁ、俺が召喚された場所──もともと水の魔法陣のあった場所だ」
「まさか、自分を犠牲に?」
「いやいや!そういうことではなくて」
「?」
「お前ら、ここにずっと水の魔法陣を置いて使ってたんだな?」
「?そうだが」
あくまで推測だが、長年魔法陣を使ってたことで、多少なりとも地下に染み出してるのではないか?
さらにその水をためるため、ここは周りよりくぼんでいる。雪解け水などもここに流れて染み込んだ可能性が高い。
問題は……
「地層か」
「どうしたんだ?ここにあるのか?」
「すまん、こっちの話だ」
地下に砂とかの層が厚くなっていると、水は深くにたまってしまう。
まぁここは、
(賭けだな)
俺は深く息を吸い込んだ。
「水の神アクアよ!この干からびた大地に確かに存在せし、オアシスを教えたもう!」
──シーン
(なぜみんな黙る)
沈黙を破ったのはエマだった。
「……わかったのか?」
「あぁ、おそらくだがこの真下にあるはずだ」
「……わかった。皆、ここを掘りまくれ!」
しゃあーー!
そして──
「クソっ、だめだ」
「やっぱり嘘だったのか……」
(なんでだ。なぜでない。やはり地層がダメなのか……)
「おいお前。出ねぇじゃねえか」
「もう少しだけ掘ってくれないか?」
「無理だ。もう日も暮れ始めた。」
「夜は極寒だ。死者が出るかもしれない」
「ならせめて、シャベルと何か羽織るものを1枚くれないか?」
「なんでだよ」
「──俺が一人で掘るからだ」
「違う。なんでお前に貸さなきゃいけないんだ。盗まれるかもしれないだろ、嘘つきめ」
「なっ……」
くっそ、やはり俺ではダメなのか。
「なら私が見ていよう」
そこで乗り出してくれたのもやはりエマだった。
「な、なんで村長がそんなことを」
「そうです。させられません」
「私は村長だ。村のために、少しでも可能性があるなら、それに賭ける」
「……分かった。あんたがそこまで言うなら、貸してやる。ただし、明日の朝までに掘り当てられなければ、その時点でお前を殺す。いいな?」
「──あぁ、それでいい」
そういうと彼らは、一人分のコートを丁寧にたたみ、もう一人分のコートとシャベルをこちらに投げ捨てた。
「……ありがとうな。さっき」
「勘違いするな。私はあくまで村のために動いたまでだ。それより」
声のトーンが下がった。
「……なぜだ」
「?」
「なぜあんな真似をした!」
「なぜって」
「いきなり言い出して外れたら非難されることくらいわかるだろう。だいたい、君の信頼なんてないに等しいのに。私を通して言わせたりとか、もっとうまいやり方はいくらでも」
暗くて良くは見えなかったが、エマの目は少し涙ぐんでいた──気がする。
「そりゃあっただろうな。俺も失敗したとは思ってるが」
多分、これは本心とカッコつけが混じってると思う。
ひどく偽善的な行動だったのも承知の上だ。
──それでも俺は
「俺は、俺のせいでこんなになった皆に少しでも安心してほしかったんだ」
──フフッ、ははは!
聞こえたのはエマの笑い声だった。
「安心させようとした結果がこれか」
「う、うるせぇよ!」
「すまんすまん。それにしても面白いな」
「そんなに面白いか?」
「ああ、すごくね。ここまで来て嘘を貫き通そうとしつつ、自分のエゴが暴走してる君が滑稽で滑稽で」
あれ?バレてる?
「嘘?俺は神だぞ。嘘なんかついてない」
(ここで殺されるのか?いやだいやだ!死にたくない)
「あぁ、そうだったね。じゃあ仮様、私からも一つお願いを」
「……なんだ?」
「私に掘らせてくれない?井戸」
(まて、どういう意図だ。まさか、シャベルで俺を?)
「そんなシャベルで君を……なんて顔しなくてもいいよ」
「……じゃあどういう意図なんだよ?」
「意図も何も私が掘りたいだけだよ。嘘つきで正直者な君に少しだけ心動かされた私がね」
「?」
「それに、君のそのヒョロヒョロの体型じゃいつまでたっても無理そうだからね」
「痛いとこをつくな」
なぜだろう。
悪い気はしない。
朝までにでなければ殺す殺されるの関係に逆戻りのはずなのに。
──チュン チュン
夜が明けた。
朝日が俺たちと
──さわ さわ
静かな水面を照らす。
「さすがに夜通し交代しながらの作業はきついな」
「そうだね」
そうしてるうちに村人たちが集まってきた。
「まじか」
「……やった。やったーーーーー!」
「俺たちは救われた!」
「ありがとう。仮様!」
「昨日はなんというか、すまなかったな」
「いえいえ、そんなこと気にしないでください」
「よぉーし!今日は宴だー!」
宴が始まった。
とは言っても、パンや現代のヨーロッパの家庭料理を思わせる料理が並ぶ、簡素なものだが。
それよりも重大な問題がある。
それは、
「仮様は酒飲まねえのか?」
「俺はまだ飲めないので……」
どうやら俺はまだ仮様であって神様ではないらしい。
そりゃそうか。
水脈を当てたくらいで神呼ばわりされてたら簡単極まりないしな。
ただ、
「せっかくだしよ〜。一口だけ。なっ?」
俺に対する態度は幾分か改善されたようだ。
少なくとも俺はある程度生命の危機からは脱したらしい。
「まあまあ、その辺にしといてあげなさい」
ありがとうエマ。さすがに宴会のダル絡みの対処は知らないからな。
「だが意外だな。君はもうてっきり15歳を超えてるものだと」
「いや、17だが」
「なら飲めるぞ」
「そうだったのか。すまん。それでも酒は遠慮しておく」
そういうと別の村人が
「そう言えば村長は今年で20だな」
「そう言えばそうだったな。もう152年か。早いな。時の進みというのは」
ん?152年?
「その152年というのは今年の暦か?」
「?そうだけど」
この水の少ない村でも中世レベルの農耕文化はあることから、おそらく盆地の外にいた頃から農耕文化はあったのだろう。
農耕と暦は切り離せないから150年前には農耕をしていたことになるが、150年で中世レベルの農耕文化はかなり厳しい。
だとすれば、150年以上前には何か別の暦があったのか?
150年前に、何があったんだ?
しかも、スルーしてたがこいつらは雪どけ水の利用が曖昧だったり、気象情報にもあまり詳しくない。
あまりここに来て時間が経ってないのか?
だめだ。
謎が多すぎる。
果たして皆はこの事実に気づいてるのか?
気づいてるとして、なぜスルーする?
謎は深まるばかりだが、ひとまずはこれでよしとしよう。
「おい飲めよ〜」
「しかたない。一口だけですよ。」
──ゴクゴク
「苦っ。なんだこれ」
「お子ちゃまだね。仮様は。私はもう余裕だけど」
馬鹿にされたり色々あるがひとまず、この空気を楽しもうと思う。
こうして俺の異世界ライフpart2が始まろうとした。
俺は彼らにとっての神で居続けなければいけない。
──俺が、彼らの救いでいる限り。




