第49話 従士アルエット
「お兄様、わたくしあの人苦手です」
「お前が初対面で苦手じゃない相手なんてそうそういないだろ」
「それは……そうなんですけれど……あの人はまたちょっと別と言いますか」
「いい加減その人見知り直せよな……」
船室に戻った途端これである。我が妹ながら難儀な性格をしている。
基本的に相手の人となりが分かるまでは、先程のような貼り付けた笑みで聞き役に徹するのが、この妹の習性である。それを乗り越えるとようやく、清廉潔白品行方正の仮面を被った上でのコミュニケーションが取れるようになる。そこから砕けた態度が取れるようになるにはもう一段壁があるのだが、これが家に帰るとあのぐーたらダウナーギャルになるのだから本当に分からない。
「オルエッタ様から言伝を預かって参りました。従士のアルエットです。冒険者さま、戸をお開けくださいませ」
船室のドアの外から感情の起伏の無い平坦な声が届く。先ほどの騎士、オルエッタの傍には2人の傍付きがいたがその片方だろう。ドアを開けると、オルエッタの身の丈の半分もないのではないだろうかという小柄な少女が立っていた。
その背には明らかに体格に不釣り合いな大剣が負われている。俺が普段使いしている牙の大剣よりも更にごつい。流れで名前横のレベル表示を見ると66とある。従士というのだから地位としては下なのだろうがレベルは同格らしい。
「かしこまらなくてもいいよ。貴女が本気でその剣を振れば、俺たちなんか一瞬で消し飛ぶ程度のものでしかないんだし」
「ご謙遜を。いにしえに伝え聞く冒険者さまは、たとえ相手が倍以上の力量であろうと打ち倒したと聞いております。れべるなどと云うものは単なる身体機能の差でしかありません」
彼女の言うことは当たらずとも遠からずだ。実際俺がデザバスで最後の相手に選んだゼルギオスのレベルは300と、プレイヤーのレベル上限であった150を倍する数値をしていたが、しかしそれが勝敗を分けるものではない。俺があいつに勝てたのは、バグに近いシステムの穴を突いての一回こっきりの反則で、それまでの敗北はステ差の暴力ではなく技量の差だった。
この少女がどれほどの腕前かは不明だが、極端な話、攻撃に当たりさえしなければ死なないのだから、勝ちの目はあると思う。正面からの一撃では防がれる気しかしないので背後、それも下方からの奇襲ならおそらくは取れる。しかし悲しいかな、混人種を選んでしまった以上、剣士と忍者の両立は出来ない。影潜りからの奇襲、アレは良いものだったのに。
「……いや、本気で勝ち筋を探さないでくださいお兄様。しかも奇襲して勝つつもりでしょうその表情」
「……失礼な。影潜りのスキル無しで、どうやって後下方からの一撃を成立させようかを考えていただけだ」
「そんなだから大会形式の決闘だと雑魚なんです。わたくしに一撃くれることも叶わないのは流石に妹としてもがっかりなのですが」
「……絶対いつか泣かす」
「それはベッドの中で、ということでよろしいでしょうか?」
「公衆の面前でだよ馬鹿野郎!」
「公開プレイだなんてそんな……でも、お兄様がそういった趣向が好みだというのなら、このエタニティ、全力でお相手仕ります」
「公開プレイ言うな……お前が際どい発言を他人にしてないか不安になってきた」
清廉潔白品行方正はどこに行った。俺たち兄妹の漫才じみたやりとりを見ていたアルエットは、ついて行けずに目を丸くしている。身内の恥を見せてしまって大変申し訳ない気持ちでいっぱいだ。そもそも初対面の他人がいる状況でここまで馬鹿をやる妹ではないと思っていたのだが。
「こほん。お見苦しいものを見せた。オルエッタさんからの言伝だったね」
「はい。このままドラコニス水系を北上し、ミドラ運河へ船を入れ、そこから直接皇都の港へと停泊します。私たちが先導しますのでごゆるりと続いていただければ。その後、帝城にて歓待をさせて頂きます」
「あら。歓待ですってよお兄様。ここはご厚意に甘えてもよろしいのでは?」
目をキラキラとさせたエタニティが顔を覗き込んでくる。なんだかんだそういう煌びやかなイベントは好きな子供っぽさも持ち合わせるのがこの妹だ。俺としても断る理由は無い。
「ご厚意に感謝する。しかし俺たちはしがない冒険者ゆえ、礼服などの用意は無いのでそこはご容赦を願いたい」
「そこはお気になさらず。オルエッタ様はその辺りには寛容な方です。何せ彼女自身常に鎧姿ですので」
「……常にあの格好なのかぁ」
「常在戦場の心境とでも言うのでしょうか」
「では、失礼します。何かありましたら、私にお申し付けください。私はこちらの船の船首で待機しておりますので」
そう静かに言うと船室を出て行った。
これはあれだろうか。待機というのは建前で監視されているのではないだろうか。
隣のエタニティにアイコンタクトを取ると、首を横に振っている。
「言葉に悪意のようなものは特に感じませんでした。本当に監視することが目的であるならば、わたくしなら船員に紛れ込ませます。彼女は流石に目立ちすぎます」
「だよなぁ。ま、乗ると決めた話だ――と、クエスト受注のアイコン?」
「あら、こちらにも」
手元のウィンドウにサイドクエストの受注の可否を問う一文が出現している。
サイドクエスト、『皇都動乱-皇帝side』を受注しますか?
どう見てもこの後ろくでもないことが起こると、クエスト名が告げていた。




