03 勇者と魔王。
コンコン。
またもやノックされるドア。
「魔王って言ったか? 三年前に倒したはずだろ」
「倒したけど……とどめはさしてないのよねー」
怪訝な顔をして歩み寄るフォティに向かって言いつつ、私はドアを再び開けた。
「勇者」
「魔王」
勇者と呼ばれたから、魔王と呼び返す。
確か、三年前の初対面の時もこうして呼び合ったっけ。
魔王は、純黒の長い髪を真ん中分けにして垂らしているが、右目部分は隠される髪型となっていた。左の頭部には、とぐろを巻くような黒い角がやや後ろに向かって伸びている。
唯一、見える左目は、血のような深紅の色。静かに見据えてくる。
同じく純黒のマントを纏っていた。夜なら溶けて見えなくなりそうだ。
それなのに、肌は白い。恐ろしく美しい黒衣の男。彼が、魔王だ。
私がこの世界に召喚された元凶。世界征服を目論んだ悪の王。
禍々しい魔力を感じ取って、フォティが毛を逆立てた。そして、動き出す。
「灰になりやがれ!! シヴァテル! ヴォメンフェーゴ! マヴログンフェール!!」
この世界の魔法の呪文を、唸るように唱える。
いきなりの大技か。いやでも、魔王相手なのだ。当然とも言える。
魔王は大きく後ろに飛び退いた。
着地した途端に、地面が黒炎に覆われる。黒炎のフェンリルの魔法だ。
ただ静かに燃え上がる黒い炎が、魔王を包み込む。そんな炎も、一振りで消えた。
純黒のマントに吸い込まれたかのように、黒炎は消えてなくなる。
「あなたの黒炎は、魔王には効かないのよ」
「っ!」
「私が片付ける」
だから、魔王との決戦では、フォティには外れてもらい、魔王城の外で魔王軍の残党の殲滅を頼んだ。
黒系の魔法は無効化する魔法アイテムのマントを装備している。加えて言うなら、黒系の魔法を吸収して使い魔を出す。
マントをなびかせると、使い魔を三体出現させた。長身で細身の黒い人影。腕は鋏のように尖っている。
次は、私が動く番だ。黒系炎魔法を得意とするフォティに魔法を使われては黒い人影の使い魔を延々と出されてしまう。
邪魔になるスカートをべりっと引き裂き、地面を蹴って飛び出す。
両手をついて側転したあとに、一体の人影を脚で挟み込み、首をへし折り捻じ伏せた。
飛びかかるもう一体の人影の鋏のような腕を、頭を傾けて軽く避ける。その腕を掴み、肘で首をへし折った。
最後の一体は、後ろから飛びかかった。
足を振り上げて頭を吹っ飛ばす勢いで蹴る。頭が取れないのは、残念だ。腕が鈍ったかしら。これの場合、足か。
「姿を消したと聞いたが、戦闘能力は健在だな」
「それはありがとう」
魔王に褒められたから、髪を払い退ける。
「……あなた、この格好に驚かないの?」
「美しい足だ」
「いや、女の格好だけど」
足を褒めるのはいいけど、そっちじゃない。
「勇者、お前は女だったのか!? って反応はないの?」
「初めて会った時から、女だと知っていたが?」
「それはすごい」
びっくりだ。しれっとしたこの魔王に、私の渾身の男装が見破られていたのか。
「お前ほどの美しい女を、男だと思うか?」
些か不思議そうに小首を傾げる魔王。
それ、私を異世界から召喚しておいて男だと判断した人々と、何年も旅をしていて気付かなかった仲間達にも言ってほしい。あとキャーキャーと黄色い声を上げてきた女性陣にも。
「嬉しい言葉をありがとう。でもそれを言いに来たわけじゃないでしょ?」
「ああ、お前に言いたいことは別にある」
わざわざ私を見つけ出した理由はなんだ?
復讐ならノックすることなく家ごと破壊したはず。それとも、正々堂々戦うつもりか。決闘の申し込み。
三年前、仲間には雑魚は任せて、魔王と一対一で勝負をした。
第二ラウンドをご所望か。
「我はこの世界を征服するつもりだったが……」
魔王は告げる。
「気が変わった。我の嫁になるなら、やめてやる」
「は?」
「あ?」
ポカンとしてしまう。
今私は決闘の申し込みではなく、結婚の申し込みをされたのか。
いや、結婚の申し込みにしては、横暴すぎる。
後ろに立っているフォティが、低い声を出す。完全に殺気立っている。
「あの、魔王」
「なんだ、勇者」
「一回、あなた、私を殺したよね?」
「そうだな。あの攻撃を受けて立っていたのは、お前だけだ」
「初見殺しな魔法を放って私を殺したわよね? 不老不死だからかろうじて立ってたけど」
確認のために尋ねた。まるで、いい思い出のように振り返る魔王が、私の心臓を貫く魔法攻撃をしたのは全然いい思い出ではない。あれは絶対に初見で、避けられない魔法だった。なんとか心臓を治癒しながら避けて、態勢を立て直して制圧したのだ。
ガルルルと吠えるフォティの怒りが頂点に達したようだけれど、頭を押さえ込んで止めておく。
「いくら不老不死でも一回自分を殺した相手に嫁ぐと思う?」
「お前ほどの強く美しい女を欲してしまうのは、当然だろう。不老不死なら、笑い話にもなる」
「あはは、一回あなたに殺されたわねー……なんて、夫婦で笑い話をするの? 嫌よ」
「それとも、我以外に相応しい強者でもいるのか?」
「んー……そうね。あなたは確かに強者だけれど、でもだからって夫候補にはしないわ」
ぐぐぐっとフォティを押さえ込む。
「では世界を征服する」
きっぱりと魔王は言った。
魔王に世界征服をされるか、または魔王に嫁ぐか。
そんな二択を迫られても。
「言っておくけど、敗者にそんな選択を迫られる筋合いはないわ」
「ふん、ならばお前を敗者にするまでだ」
「あー……私は勇者をやめたんだけど」
右手を上げた魔王が、長く伸びた爪で私に狙いを定める。
私の心臓を射抜いた魔法をまた放つつもりか。
「今は魔女。平穏に暮らしたいだけなの。だから、あなたと第二ラウンドはしない。お引き取り願うわ」
スカートを摘まみ上げて、会釈をした。
「ふん、平穏? 我と戦うお前は美しかった。血を流しながらも、好戦的に笑うお前が、平穏を望むのか?」
心底鼻で笑った魔王に、私は言っておく。
「確かに楽しかったけれども、私は十分戦ったから、あとは平穏に暮らすの」
この十年で結構血の気の多い性格になってしまったことは認める。無双は楽しかった。
けれども、ここでまったりと平穏に暮らすと決めたのだ。
「それなら……我にとどめをさすべきだったな」
「敗者のくせに、要求が多いこと」
今度は、私が鼻で笑ってやる。
押さえ込んだフォティが、ついに手を振りほどいた。
「ふざけんな!! この魔王が! リーナに指一本でも触れてみろ!! 噛み殺してやる!!」
大狼の姿に変身したフォティが間に立ち塞がるから、白銀と漆黒の毛がまざるもふもふに触れて撫でつける。
「先に噛み殺してやろう、犬風情」
魔王は純黒のドラゴンに変身した。とぐろを巻いたような一つの角を持った純黒のドラゴンは森を軽く破壊する巨体。
睨み合うフェンリルとドラゴンを見て、私は平穏な魔女生活が上手くいきそうにない予感を覚えたのだった。
書きたいところだけ書きました!
お試し、以上です!
20200508