第五十話未来への第一歩【完】
「おはよう、シャーリー」
「おはよう、マックス」
新婚旅行として、再びあの山上にある別荘に来た二人。何気ない日々の生活を重ねる事の幸せを噛み締めている。
まずは、王都へ戻る時に『今度一緒に行こう』と約束した池で、魚釣りをした。その夜、シャーリーがムニエルにしてくれ、二人で舌鼓を打った。
木登りは流石にできなかったが、木陰でピクニックをし、放牧される牛からミルクを分けてもらった。
そして、ここに来てから大きな変化もあった。シャーリーは、少しだけだが魔法を使えるようになったのだ。
家事魔法と言われる、昔は、主婦の人を中心に、とても重宝されていたものらしい。
魔法学園に入学しなくても、皆、親から教えられて普通に使っていたものだ。
マックスが言うには、国法で、魔法学園への入学は、一定量の魔力を持っていないと駄目だって決められてるが、この程度の事なら、田舎では意外と風習として残ってるらしい。
水も、火も、何でも直ぐ手に入る王都と違って、田舎では全て自分でしなければならない。水汲みも、火起こしも。
ここでの生活は、王都ほど設備が整っていない為、マックスに頼み込んで教えてもらったのだ。一度使うと、その便利さは手放せないものとなった。
国も、家事魔法まで禁止したら生活に困る人が出るからと、特例として許可を出してる。
いつか、家政科をメインとした家庭魔法の学校が作れれば、きっと沢山の生徒が来るだろう。料理人にも、需要ありそうだなとシャーリーは考えている。
「シャーリー、また考え事?」
「え?」
「名案が浮かんだって顔してる。折角二人で居るんだから、もっと構って」
マックスに、ほっぺをムニュッと摘まれて、痛くは無いけど、シャーリーは、ちょっと恥ずかしい。彼の手から逃れて、彼女は、頬を摩った。
「そんなに分かりやすいかしら?」
「うん。まぁ、俺は、ずーっと君を見てるからかも知れないけど」
「もぉ!揶揄わないで!」
夫婦になったが、恋人期間が短かったせいか、マックスは、ずっとこんな感じで甘い言葉をポンポン投げかけてくる。
その度にシャーリーは、一人アワアワさせられて、なんか悔しい。
でも、反撃すると倍返しで返ってくるから、不用意にもやり返せない。幸せすぎて悩ましいシャーリーだった。
「シャーリー、今日は、遠乗りしようか」
「えぇ!お弁当を作るわね!」
風光明媚なエンジェル伯爵領は、森に川に湖に、様々な景観の美しい場所がある。綺羅びやかな服より、ワンピースが似合う場所。
いつか、我が子も連れてきたいな…そんな、かわいい妄想をしている時期が、シャーリーにもあった。
「え?シャーリー様が、ご懐妊?」
結婚式から半年が過ぎ、あと少しで卒業式という時期に、孤児院へ、更に嬉しい知らせが届いた。
「きゃー!素敵!うちの子と歳も近いし、一杯遊ばせるわよ!」
先に出産を終えたクイーンは、ベビーベッドに寝かされている赤子の手をそっと握り、
「よかったでちゅねー。うれしいでちゅねー」
と興奮気味に語りかける。
「クイーン、落ち着けって。あちらは貴族。こっちは平民。そんな簡単な話か?」
「何言ってんのよ。シャーリー様の子供よ?放って置いても街に飛び出すわよ。いっそ、うちの子と一緒の方が危険がなくていいんじゃない?」
アブアブ
同意をするように、二人の子供、スペードが声を上げる。
クイーンに似て大柄、ジャックに似て丸っこい。既に、クイーンが抱っこする時、腕が痛くなるほどの巨大児だ。
「この子なら、棍棒持たしゃ、負け知らずよ!」
「はぁ・・・まぁ、そう言われれば」
「ねぇ、女の子?男の子?」
「知るかよ!俺らだって、生まれてくるまで分からなかっただろ」
言われてみれば、そうだったとクイーンも思うが、はやる気持ちは、抑えられない。
「そーだけど、お包みとか、肌着とか、作っておかないと!サラ!マリア!」
「「あい!」」
「超特急で、取り掛かるよ!」」
「「あいあいさー!」」
チビッコ達が、布と糸を求めに倉庫へ走っていく。自分より小さな存在に、お姉さんぶりたい年頃なのだ。
きっと素敵なオムツカバーを縫ってくれるだろう。
「もぉ、折角披露宴に参加しようと思っておりましたのに」
卒業式の日、同級生だった皆が、椅子に座るシャーリーの所へ来てくれる。
ジョンが心配し過ぎて、特注で作られたクッション性抜群の巨大チェアーが学園に運び込まれた時、学園側に申し訳なくて、何度も謝ってしまった。
過保護伯爵と、街では呼ばれているらしい。
それに競うようにマックスが、シャーリーの指輪に今まで以上の防御力を掛けようとした時は、流石に断った。
あのまま許していれば、過剰防衛過ぎて、誰も近づけなくなりそうだった。
「本当にごめんなさい、テルル様」
テルル・マンガン公爵令嬢が居てくれたことで、シャーリーは、この女学園に慣れることが出来た。
最初に声を掛けて下さった気持ちを、これからも忘れずにおこうと心に誓っている。
「でも、貴女の体が一番大事よ。産まれたら連絡してね。お祝いに駆けつけるわ」
「ありがとうございます。その時は、この子を抱っこしてあげて下さいね」
シャーリーは、まだ、殆ど目立たないお腹を摩った。この中に、マックスと自分の赤ちゃんがいる。
実は、シャーリーが我が子に気づいたのは、通常よりもかなり早かった。何故なら、水魔法で花瓶に水を注いでいたとき、いつもの三倍もの水量で溢れ出たからだ。
へその当たりから、魔力が湧き上がっている感覚がして、もしやと思い検診を受けた。すると、尋常ではない魔力が発生しており、胎児の存在を確認できたのだ。
マックスを上回るやもしれぬ存在に、既に魔道士団の団長シュリーマンも手ぐすねを引いている。
「シャーリー!」
教室のドアから、マックスが顔を出した。妊娠が判明してから、彼は、毎日妻を迎えに来ているのだ。
「シャーリー、疲れてない?」
「大丈夫!大丈夫だから、抱き上げようとしないで!余計危ないから!」
隙さえあれば、シャーリーを抱えて運ぼうとする旦那様。
「もぉ・・・困ったお父様よね」
お腹に触れると、まだ動く時期じゃないのに、お腹の中の子が、笑ったような気がした。
完




